翌朝、朝の心温まる光景に一部は引いていた。
「起こすなら揺すって起こしてくれよな!」
「最初はそうしたんだよ。でも何度もやっても起きなかったくせに」
「だからって普通、蹴り飛ばすか!? だろっ、ロア?」
「まぁ、アルバートとバースも落ち着け。それよりアルバート、顔はもう平気か?」
「おうよ! 回復とタオルが効いてへっちゃらだぜ★」
「それより、アルバート」
 ジョニーがいつもよりも色気を増した声でアルバートのことを呼ぶ。
「今日は朝からアタイから特別にプレゼントしちゃうわ……」
 にっこりと微笑んだまま差しだれたのは、緑色の液体。どう見ても美味しそうには見えない。
「アタイの特別ジュースよん。ほら健康には気を使わなきゃダメじゃない。だからアルバートには特別に大ジョッキで用意してみました★」
「じ、ジョニー……朝からちぃっときつくね?」
「おだまりっ! 乙女の恨みは十年! この特別ジュースの味に悶絶するがいいわ!」
 昨日のアルバートとバースのハプニングに、ジョニーの怒りは頂点であり何が何でもアルバートに復讐をしないと気がすまなかった。
「さぁ、お飲み! よくも理想と……理想と……悔しいっ!!」
「何でそんなに怒ってるんだよ!? やめろ、くんな! 助けて、助けてくれぇぇぇ!!」
 鬼に変身したジョニーに追いかけられるアルバート。
 ソフィーはそんなアルバートの様子を見ながら一人首をかしげている。
「おかしいなぁ、確かに昨日何かあった気がするんだけどぉ……アルバートの取り合いをバースちゃんとロアちゃんがしてて……で、その後確かに何か……」
「よ、よいではないか、ソフィー。とにかく皆が円滑な人間関係を築けたのだから……」
「えー、でもソフィー大事なところを……」
「気のせいであろう」
 流石に昨日ことを詳細に話すわけにはいかないのかケイは言葉を濁し、彼女をその話から引き離そうと試みている。
「バース! ロア! 助けてくれ!! 俺達、仲間だろ!? 今、まさに仲間のぴ、ピンチ!!」
「イヤだよ、自分でどうにかしたら? ……ふふっ、にしてもあいつホント朝から元気だね」
「まったくだ……。見てるこっちも元気になりそうだよ」
「かもね」
 バースとロアは互いに微笑む。
 今日はなんと穏やかな日だろうか。
 仲間と笑いながら過ごすことなど決して想像していなかった。温かい感情に満たされることなく、毎日血の匂いを体にしみこませながら過ごすのだろうと思っていた。
 だからこんな日が訪れようとは思いもしなかった。
 ……ふと、我にかえる。
 この生活も長くない。いつか終わりを告げ、別れがくるのだ。
 別れの時に寂しくなる。
 ただの別れとは違う。もう笑いあう日々のこない永遠の別れ。
「ねぇケイちゃん……絶対になんかあったよぉー」
「いや、お主の気のせいだ! 間違いない」
「お待ち、アルバート! アタイから逃げられると思って!?」
「ぎゃぁぁぁ、匂いキツイ! 匂いキツイ!!」
「ほら、しっかり逃げないとジョニーに捕まるよ?」
 隣でバースが愉快そうに笑い、周りの雰囲気もどこか穏やかだ。
 でもこの穏やかな日もいつか必ず……壊れる。
 そう思うとこの時を大事にしたいと彼は強く願った。


 どれだけ登っても頂上は一向に見えはしなかった。
 朝の穏やかな時から一転。六人は険しい山道をただひたすら登り続けていた。
 新しい街に行くには、この山を越える必要があったからだ。
「長い、長すぎる! 一体どこまで登ればいいんだい!!」
「恐らく今日中には着けるだろう。皆、辛いとは思いが正念場だ」 
 ケイは鎌を持ちながら、山を登っているので見た目から一番辛そうに見える。
「いやぁん、もうソフィー歩けないぃ。アルバート……」
 ソフィーは地面に座りこみ、アルバートの名前を甘く呼んでみる。本当ならすぐにでもアルバートがすっ飛んできてお決まりのいちゃいちゃが始まっただろう。
 だがアルバートはというと
「それでよ、俺はな……」
「はぁ、本当にお前って飽きないね。よく町でそんな変なもん見つけようとするよ」
「それで結果はその服はあったのか?」
 すっかり和解したバースとロアの二人と楽しく話している。ソフィーの声など聞こえていないのか、以前あったことを楽しそうに二人に話しかけていた。
「……むぅ」
「いやぁ、高くてさ……ソフィー? ソフィー!」
 やっとソフィーがいないことに気付き、アルバートはソフィーの元へ駆け寄る。
「悪かったソフィー、この俺としたことが……」
「嫌よ! アルバートはソフィーとのピンクの愛より、バースちゃん達の青春のほうが大事なんだわ!」
 実際、三人が仲良くなって一番衝撃が大きかったのはソフィーである。途中、気絶をして三人に何があったのか詳しく覚えていないが、とにかく三人は急に仲良くなった。この三人の心情に動揺したのは事実である。
 ソフィーは自分が一番でないと気がすまない。故にアルバートの中で一番がソフィーでないと困るのだ。
「ソフィー、俺はソフィーを……」
「嘘よ、嘘! もうアルバートなんて知らないんだからねっ! 一番に思ってくれないなら意味ないんだもん!」
「待てソフィー! 冷静に俺の話を聞いてくれ」
「アルバートの寒い口説き文句なんてもう聞き飽きたんだからねっ!」
「なっ……! ソフィー……」
「教えてあげるわ。今日からソフィーのダーリンは……」
 ズカズカと歩き、彼女の言うダーリンとやらの前に立ち止まるとソフィーはそのダーリンの腕と自分の腕を絡ませる。
「バースちゃんよ!」
「はっ? お前、何考えるの? 痴話喧嘩にオレを巻き込まないでよ」
 あっさりソフィーの腕を振りほどく。
 それは僅か数秒のこと。
「……酷い、バースちゃんはソフィーのダーリンじゃないのね……」
 じゃあと、今度はもう一人のダーリン候補にしがみつき
「ソフィーのダーリンはロアちゃんだもん!」
「わ、私かい? ソフィー……」
「ロアちゃん、ソフィー足疲れちゃった。おんぶして」
 ソフィーは上目遣いで甘えるようにロアを見る。
 ロアは選択を迫られていた。答えるか、否かであることを。
 これは誰がどう見ても痴話喧嘩であり、本当に二人が破局を迎えるとは到底思えない。ジョニー達はロアがそのような答えを出すのか、固唾をのんで見守っている。
「ソフィー、おんぶだなんて私にはできないよ。そんな可愛らしい女の子の足を男の私が触れるわけないだろう?」
「もう、ロアちゃんってばぁ……ソフィーが凄く可愛いからって照れちゃって★ ソフィーはね、相手がダーリンだったら別に足を触られても平気だもん」
「ははは、君がよくても私が駄目だよ。でもずっと歩き詰めで疲れたんじゃないかい? 大丈夫、あと少し頑張ったら休憩にしよう。そこで甘いお菓子でも食べるかい?」
「ロアちゃんって優しいぃー。どこかの人とは大違いvv」
 顔を歪めたのは勿論、アルバート。ロアはアルバートの様子を気にしながら、極力ソフィーの機嫌を損ねないように、そして二人の仲を取り持つようにやんわりソフィーの要求を断ることにした。
「あら、随分お優しいのね」
「その声……!」
 後ろを振り向くとそこには優雅に立つ地禽(ちどり)の姿があった。
「御機嫌よう皆さん。旅は順調でして? でもその旅もここでおしまいですわ、わたくしに最後を迎えられる運命ですもの」
 柔らかい表情とは裏腹に言っていることは残酷である。
「こんなところで……しかも『地』属性であったな。つまり地禽にとって有利な場所であるということか。でもそれは我らとて変わらぬ。ソフィーが同じ『地』属性である限り……!」
「そうだもん! ソフィーのほうが強いんだからね!」
「まぁ、元気なお嬢さんね。でもわたくしに本当に勝てると思っているのかしら?」
 手にしていた扇を華麗に一振りする。一体これが何の意味があるのか最初、ジョニー達にはわからなかったがすぐに彼女の行動の意味を知ることになる。
 扇を振った途端に地面が盛り上がり、そこから何体もの土でできた人形が出てくる。
「いくらなんでも六人を一気に相手にするのは大変ですわ。だからこちらも多少の戦力は作らさせていただきますわね」
 土人形は地禽を守るように前に立つと、六人目掛けて攻撃をしかけてきた。こちらの戦闘準備が整うよりも地禽の行動は早かった。
「先制攻撃か……雑魚のくせにウザイんだよ!」
 バースのバーニングアーツが土人形を燃やすが、あまり効果がないように見える。
「なっ……効いてない!?」
「ふふふ。炎で土の中にある僅かな水分を蒸発させて、砂にかえようとお考えになったのかもしれませんけど、この土人形はそこを考慮して作っておりますの」
 そして物理攻撃も効かないと地禽が言うように、ジョニーがムチで払おうとも、アルバートが剣で斬っても土人形は何度も蘇り彼らを襲い続けた。
「地禽の言うとおり、物理攻撃が効かぬということか……」
「じゃあボクなんて何もできないじゃないかっ! だってボクは魔法なんか使えないし!」
 魔法戦重視となると自然とソフィーが基準の闘いとなる。だが、地禽と同様の属性を持つソフィーでは相殺し合い、魔力の力比べとなってしまう。
 正直、魔力のぶつけ合いと続けると先に根をあげるのはソフィーだろう。彼女の魔力は折り紙つきだが、持久戦となると話は違う。
 山登りで体力を酷使しているソフィーでは短期戦で決着をつける必要があった。
「属性なら私の『風』が」
「確かに『風』と『地』は反発属性だから攻撃は効くだろう。だが、それはこちらとて同じ。ロアの魔力と地禽の魔力では明らかに向こうが上回っておるぞ」
 地禽は魔法を得意とするのは彼女の動きを見れば判断できる。逆にロアは魔法使いより、剣士寄りのタイプである。だから魔法戦になればソフィーよりも早く根をあげることとなるだろう。
「しかし今はそう言ってる場合でもないだろう。ここは多少のリスクはあっても……」
「平気だもん! ソフィーがこてんぱんにしてあげちゃうんだから。ロアちゃんは何もしなくていいーの。オカマちゃんも無理だし、ケイちゃんやバースちゃんだって魔法向きじゃない」
 ソフィーはちらっとアルバートを見るが何も言わず、視線を前に戻し
「地禽! ここは魔法使いとしてソフィーちゃんと勝負しなさいよ!」
「わたくしとお嬢さんが? 別に宜しくてよ、魔王になるべき者の力を見せてさしあげますわ」
 土人形を一度土に返し、地禽は扇を構える。
「無理よ。地禽が魔王になることなんてできない」
 小さくそう呟くとソフィーも杖を再び構えなおす。
 アルバートは天雷に特別な感情を抱いたように、ソフィーは地禽に特別な感情を抱いていた。地禽に負けることは魔王としての本能が許さない。
 ソフィーは六人の中でも魔王らしさが薄いほうであるように見えるが、意外にもソフィーは魔王としての性が大きいのかもしれない。ソフィーが一人で地禽に戦いを挑む辺りが、魔王としての性を少し覗かせているように思える。
「始めましょうか、お嬢さん」
 地禽の言葉と同時に、二人同時に土魔法が発動し合いぶつかりあっては消滅を繰り返した。
「無駄です、このわたくしに……」
 扇を優雅に仰ぐ地禽の頬に紅い筋が入る。それは温く、そっと触れてみると血だった。
「いつまでも余裕そうにしてると痛い目にあっちゃうもんね。ソフィーちゃんを馬鹿にするからよっ」
「……この小娘が……。人間ごときがわたしに怪我を負わせるなんていい度胸してるじゃない!」
 今まで微笑み続けていた地禽の表情が一変し、瞳孔を開いたままソフィーを睨んでいる。
「殺してやる! わたしのこれをもって……!」
 ゴゴゴゴと地面が大きく揺れ、ソフィーはバランスを崩しかけた。しかし地禽を前に醜態は見えられないと持ちこたえ地禽を睨み続けることをやめない。
「な、何!? 凄い……地震みたい……っ!」
「この地龍を相手に同じことが言える? 地龍はさっきまでの人形とはレベルが違うわ」
 地の揺れに相対するように一匹の龍がソフィーの前に立ちふさがっていた。それはあまりにも大きく、ソフィーだけではなく、六人をそのまま覆ってしまいそうな大きさである。
「何さあれ! なんかでかい龍とブリ娘のもぐらじゃ相手にならないって!!」
「やはり我らも加勢を……」
「邪魔よ。残りの雑魚はこの小娘を倒したあとに倒すんだから、大人しくしてなさいよ」
 地龍の口がゆっくり開き、口の中から光が帯びてくる。
「これに耐えられるかしらね?」
 ソフィーは反撃よりも防御に徹し、素早く防御魔法を唱える。
 地龍から放たれたブレスとソフィーの防御壁が激しくぶつかり合う。
「きゃっ……! でも、負け……な」
 杖がブレスの勢いに耐えられず、弾き飛ばされそうになるのをソフィーは両手で杖を掴みながら必死に耐えている。万が一、杖を手放そうものなら防御壁はとけ、ソフィーと彼女の後ろに立っている五人共々、ブレスの餌食になる。
 それだけは意地でも避けておきたかった。
「ダメだ! ソフィーっ!」
 しかし、彼女の力がブレスの威力にもたなかった。
 微かにできた防御壁のヒビが、ブレスの威力によって完全に壊される。
 六人に見えたのはブレスの光のみ。
 それはほんの一瞬の出来事であった。


「うふふふふ……あら、やっぱり人間ごときがわたしに勝てるはずないのよ」
 地禽は満足そうな表情で倒れる六人を見下ろしながら言い放った。
「愚かな人間はそうやって地にひれ伏してるといいわ」
「おの……れ、みな……へい……きか」
 ケイは周りに問いかけるが周りの反応は薄い。微かにもれる息で生きていることだけは確かだが、あまりいい状況とは言えない。
「まだ、だもん……まだ……」
「人間のあがきなど醜いわ。だからもう静かに死になさいな」
――嫌だ。
 ジョニーは心の中で叫ぶ。
 しかし体は思うように動かなく、せめてこの傷みだけでも取れればよいと思っていた。
 回復をする術を持っていたらと。
 術を持つソフィーは杖に手を伸ばすことでやっとであり、そしてもう一人術を持つロアは反発属性である『地』の力を受けたせいで他の誰よりもダメージを多く受け、彼の目は今開いていない。
「ボ、ボクに……も……」
 あればいいのに。しかし彼は魔法を使える血筋ではない。
 魔法を使える基準は主に血筋であり、彼の両親はどうみても魔法を使える人間ではなかった。
 でも、今はそんなことを言っている次元ではない。
 このまま大人しくやられるよりも、足掻くだけ足掻いてみたい。
 例え魔法が使えないとわかっていても、使えるようになりたいと強く望んでみたかった。
――思えばこんなこと思うのは初めてかもしれない。最初は生きるために嘘ついて旅なんか始めたけど、気がついたら仲間も増えて……こんな風に大勢で一緒にいたのは初めてかもしれないな。
 なら少しくらい、仲間のために本気で願ってもいいのかもしれない。
―それにボクはまだ女優にもなってないし、女優の夢も誰にも言ってないや。

 意地でも諦めない。
 ジョニーは強くそう思い、拳を握る。
 彼の手は何故か不思議と熱かった。先ほどまで熱さを感じなかった手のひらが熱さを訴えている。
 その熱は心地よい温かさに変わり、体全身に伝わってくるのをジョニーは感じた。そしてその温かさは自然と痛みも和らげ、体が軽くなったような感覚を覚えさせた。
「……オカマちゃん、それ……」
 ソフィーはジョニーの『何か』を見抜き、驚いた表情を浮かべたまま彼を見ている。
 だがすぐに何かを思いついたような表情になると杖を取り、呪文を唱えていく。
「まだやるの? 無駄なのに……いいわ、また痛い目に合わせて絶望の淵に追いやってしまいましょう」
 地禽はソフィーの呪文をわざと見逃し、邪悪な笑みを浮かべながらソフィーの詠唱が終わるのを待っている。
 ソフィーはジョニーの『何か』を媒体にしながら、回復呪文を唱えていた。ソフィー一人で全員に回復魔法をかけるより、誰かと力を半分に出し合えばそれだけを消費を抑えることができる。
 今は少しでも消費を減らさないと、地禽に勝つことができなかった。
 まだジョニーは自分の『何か』に気付かないまま、ただ温かさが体の中を駆け巡るだけだ。
 この力を利用しない理由はないだろう。
 ソフィーはそう考え、咄嗟に呪文を唱えていたのだ。
「……回復魔法……」
 バースが呟くようにソフィーの唱えた回復魔法が六人全員に行き渡り、やっと六人に体の自由がやっときくようになってきた。
「皆、もう平気!? 絶対、ソフィーがこてんぱんにしちゃから、皆見ててね」
「待ちなよ、一人に任せる気ないし。オレ何もしてないんだから、少しくらいやらせてくれてもいいだろう」
「……ありがとうバースちゃん。でもやっぱり地禽だけはソフィーが相手したいの」
「待てよ」
 アルバートが静かに立ち上がり、杖を持つソフィーの手に自らの手を添える。
「手、痛いんだろ? まったく一人で無茶しやがって……俺はな、俺は決めてんだよ! 絶対に……ソフィーを守り抜くって。このまま大人しく見てるほど俺達は甘くねぇんだよ!」
「……アルバート……ソフィーのこと怒ってて……」
「怒る? 何の話だ、それ。今、ソフィーがすることは地禽を倒すことだろ。で、俺はソフィーの杖を代わりに持ってやる男、それだけだ。さぁ、早いところがつんとやっちまおうぜ、地禽も随分待たされて暇だったろ? 悪かったな、でもソフィーはマジ……強いぜ?」
 アルバートはふっと笑い、地禽はそれが負け犬の遠吠えにしか思えなかった。
「よく言うわ。なら再び確かめてみるまでよ! おゆき地龍、今度こそ小娘をずたずたにするがいい!」
「次はさっきのようにはいかないから」
 その時、ソフィーの瞳が変わった。だが、この彼女の変化に気付いたのは真正面にいる地禽くらいで、ジョニー達の位置からではアルバートの背でソフィーの姿が隠れている。そして彼女の声は地龍の唸り声で近くにいるアルバートにしか聞こえなかった。
「なにをごちゃごちゃと……! 雑魚の集まりのくせに!」
「……地禽、ソフィー達に歯向かった事をすぐに後悔させてあげる。……でも本当に誰だが気付かないってお馬鹿ちゃんよねぇ」
 魔法を唱えていた杖が威力を増し、地龍の頭を砕いたのはそれからわずか数秒後のことである。
「ソフィーちゃん……ううん、魔王に本気でかかってこようなんて愚かな人」
 ソフィーの雰囲気に地禽の目が大きく開く。
「え……そ、そんな……まさかまおう……様」
「もう遅いわ」
 くすりと微笑む。
 顔のない地龍がソフィーから地禽へゆっくりと方向転換をしはじめる。
「この地龍、そのままそっくりかえしてあげる。特別仕立てでね」
 地龍であったものは激しい音をたてながら、大きな拳へと姿が変わっていく。
「作りものは……潰れなさい」
 拳が震える地禽を捉え、地禽は拳に大きく地面に叩きつけられた。
 彼女の姿は大きな岩に隠れ見えそうにない。
 ただ見えるのは大きな岩の山が地禽のいた場所にできているだけである。
「……や、やったぁ! さっすが可愛いソフィーちゃんね★ もうソフィーちゃんに『地』属性で勝とうなんて本当にお馬鹿ちゃんなんだから★」
 魔王の雰囲気を完全に消し去ったソフィーは、いつものソフィーの口調に戻りジョニー達に向ってポーズをとっている。

「な、なによそのブリ口調は!! さっきまで苦戦してたでしょーが!!」
「いやだぁ〜、オカマちゃんったら可愛いソフィーちゃんを心配したのね? もう可愛いって困っちゃうんだからぁ」
「誰がいつ心配した!? このブリブリブリ娘が!!」
「なによ! このいつも臭い香水ばっかつけてるオカマちゃん!」
「なぁんですってぇぇ!」
 毎度お馴染の喧嘩が始まると、ケイは呆れた表情を浮かべつつもどこか安心した表情で、
「……落ち着きがないとはあのことを言うのだな……」
「でもこれでオレ達は二人目の四天王を倒したことになるんだよね」
 『光』の天雷、『地』の地禽。残るは必然的にあの二人ということになる。
「残りは邪鵠に幽霞か」
「あのさ、幽霞と戦う時はオレに任せてくれない? あれはオレが仕留めたいから」
「バース、君は……」
「あいつ等だって自分達でケリつけたじゃない。ならオレだって同属性の幽霞を殺さなきゃ」
 あの屈辱を決して忘れはしない。
 幽霞を確実に自分の手で消すまでは絶対に。


 部屋での読書が邪鵠(じゃこく)にとって好きな時間であった。読書をしている限り、不要に話しかけられることもないためである。だから一人で過ごすには本を読むのが一番よい手だと彼は思っていた。
 しかしそれをどうとも感じないものは、何も考えずに邪鵠の邪魔をすべく部屋に入ってくる。
「ホント、陰気くさいわね……邪鵠。何よ? 何かあたしに文句でもあるわけ?」
「別に……。それで何か用でも?」
「あ、そうよそう。ついに四天王が二天王になったわ」
「地禽殿が倒されましたか。まぁ相手はあの人間達でしょうな」
「そうね、一応天雷倒した奴らだし。ていうかあたし、地禽って嫌いだったし。あのお嬢様口調がはっきり言ってうざいのよ」
「ふふ、死んだから言いたい放題ですな。(ゆう)()殿は」
「あらいいじゃない、言いたいことは言わなきゃ。まぁ最初から魔王になれるなんてあたしや邪鵠くらいの腕じゃなきゃ無理ってことよ」
 幽霞はテーブルに座ると足を組み
「ところであんたって目が見えないはずよね? なのに何で本なんか見てんのよ」
 これはいつも幽霞が思っていたことだが、何故か邪鵠は目が見えないのにも関わらず本を読むという変わった趣味を持っている。
「まぁ目に見えるものがすべてじゃないと言った感じでしょうな」
「は? 全然ワケわかんないわ。まぁ陰気な趣味でも趣味は趣味だから仕方ないのかもしれないけどね」
 幽霞がテーブルから降り、部屋から去っていくことを邪鵠は感じると開きっぱなしでいた本を閉じテーブルに乗せる。
 嵐が去ったと思い、邪鵠は一旦休憩を入れようとした。
 その時、
『邪鵠。幽霞は去りましたね』
「おや? その声は冥夢(めいむ)殿。声はするが姿が見えないようで……今度はどこに隠れているのかな?」
 冥夢と呼ばれた女の声が、部屋に響き渡る。
 どう見てもこの部屋には邪鵠の姿しかなく、他の者などいない。唯一、出入りできる扉も幽霞が出て行ったきり変化はなかった。
『どこかって? 貴方の影の中ですよ』
「私の中に、なるほど……。それで例の件はどうなっている?」
『これといった進展は……。でも必ず捜し出してみせます。そちらも抜かりないようにお願いします』
「問題ない、あの幽霞の相手くらい大したことではない。ただ問題が発生したらこちらもこちらで対処させてもらうがね」
『えぇ、そうして下さい。そこは貴方に任せますよ』
「本来は私も捜しに行きたいところだが今、私まで出かけたらすべてが台無しになる」
『そうですよ、だから貴方はここにいて幽霞の相手をしているのでしょう? ……あまり長話をしてる身分でもないので失礼します。それでは……』
 冥夢の気配が消える。どうやら邪鵠の影の中から去ったようだ。
 再び、部屋に静寂が戻る。
 邪鵠は額をさすりながら、今度の行方を楽しむように笑みを浮かべた。


 旅を始めて半年はゆうにたっているのだが、ジョニーは時々寂しくなることがある。別に女に早くなれなくて寂しいという気持ちではない。もっと別の寂しさである。
「その年でホームシックなのオカマちゃん!?」
「違う! ただ今夜みたいに新月だと思い出すことがあるだけなんだってば!」
「新月の夜に?」
「そうだよ。……妹のことだよ、ボクの」
「妹!?」
 声をあげたのはアルバートとソフィーだけであったが、他の三人も驚きの表情をジョニーに向けている。
「なにさボクに妹がいたらおかしいのかい!? でももういないよ、死んだから」
「……すまぬ。驚いたりなどして……その妹はどのような者だったのだ?」
「妹? 妹の名前はロザリーって言ってね、いつも元気で笑っていたよ。小さい頃のボクは今のボクと違って内気だったんだ。そんなもんだからロザリーがいつもボクを元気づけていてね、自分が死ぬ直前でもだよ? 一体どこまで元気だったんだか……。苦しいのにずっと笑ってて、あたしは大丈夫だからって言い続けて……。嘘言ってさ、馬鹿なロザリー。でももし……」
「願うなら、もう一度会いたい?」
 全身、掠り傷だらけの少女がジョニーに問いかける。
「君は? それにその傷……」
「ねぇ、奇跡の華って知ってる?」
 少女はジョニーの問いに答えず、逆に問いをかえす。ジョニーはその華を知らないので、知らないとそう答えると少女は
「数百年に一度咲く華のことよ。その華を摘むと空から青白く輝く雪が降るの。そして雪が降っている間、華を摘んだ者が一番会いたいと思う死者に会える奇跡」
「そんな馬鹿な。死者に会えるだって?」
「皆はそれを嘘だと言うの。でも私は信じてる! 死んだお兄さんに会いたい……」
 少女の掠り傷の原因は華を探していた結果だろう。このような場所で小さい少女が奇跡を信じ、傷だらけになりながら華を探す姿にジョニーは心うたれた。
「君も家族に……。じゃあボクも手伝うよ」
「ジョニー!?」
「ボクはこの子を放っておけない、家族を失った悲しみが十分にわかるから」
 ジョニーの決意は固く、誰に何と言われようとも引く気はなかった。
「よし、じゃあ俺達もやっか!」
「アルバート……いいのかい?」
「なーに今更言ってんだよ。他の奴だって十分やる気だぜ」
「じゃあその奇跡の華の特徴を教えてくれないかな? ……傷だらけで痛かっただろう? すぐに回復をかけるよ」
「あ、ありがとうお兄ちゃん。……ごめんなさい、華の特徴はわからない。でも見た瞬間にこれが奇跡の華だってわかるらしいの! 場所はこの辺りで間違いないはずなんだけど……」
「とにかくしらみつぶしに探すしかないってことか。まぁ場所が限定できあたりいいけどさ」
「でも、そこのおじさんはいいの? 妹さんに会いたいんじゃ……」
「ボクはまだお兄さんです!! それに君の話だと会えるのは摘んだ人だから一人だろう? ボクは君より年上だからね。だから君に譲るよ」
「おじ……お兄ちゃん、優しいね」
「どうなんだろうね。ボクは君の痛みを嫌っていうくらい知ってるからじゃないのかな?」
 こうして少女を加え、七人は奇跡の華を求め辺り歩き回った。タイムリミットは夜が明ける数時間。これを逃すともう生きている間に奇跡の華を見つけることが不可能となる。
 ジョニーは焦った。何としてでもこの少女の為に奇跡の華を見つけようと……。

「いかん、あと少しで夜が明けるぞ」
「ソフィー、疲れたし眠い……」
「皆、疲労が激しいな。どうする? 少し休憩を取ってからまた再開させるかい?」
「いや、ボクはいい。皆は休んでていいからさ、ボクはあと少し頑張るよ」
 美容の為にと体調には一番気にかけているジョニーが、体調管理を投げすててまでも華を探すことに固執している。
「オレは徹夜とか平気だし。こんなことで根をあげるとでも思ってるワケ?」
「アルバート様の体力をなめんなよぉ? 体力だけでは誰にも負けないぜ」
「もうー、これ終わったら甘いココアでも飲もうっと★」
「ほら、皆諦めが悪いだろう? ジョニー一人に探させる真似はしないよ、だろう? ケイ」
「無論だ。人数は多いほうがいい、もう少し探すぞ」
 この五人の思いを裏切りたくないとジョニーは思った。ジョニーは起こした腰を再び屈め、草木の間に両腕を入れるとがさりと草木をかきわける。
 草で腕を切ってもジョニーの探す勢いは衰えることない。何度も草木を掻き分けた後、ジョニーの腕が止まった。彼の目の前には一輪の花が風で揺れている。
 見たこともない、名も知らぬ花。
 でもジョニーにはそれが奇跡の華ではないかという考えが巡っている。
「……ねぇ、皆この華って……」
「お主もそう思うか? 実はわらわも」
「あった、奇跡の華! これが奇跡の華なのね……」
「なら、早く摘みなって。早く摘まなきゃ夜が明けちゃうよ」
「……私はいい。私の代わりにお兄さんが摘んで」
「どうして!? さっきも言っただろう? 君に譲るって」
「私じゃできない。だって私……私……」
 少女の姿がうっすら消えかかり、目の錯覚だとジョニーは目をこするが少女の姿は更に消えかかっている。
「もうこの世にいないもん。だから会えないの……」
 人ではない。
「ありがとう、一緒に探してくれて。私のかわりに会ってね……」
 消えゆく少女を必死で掴もうと、手は空気を掴むだけで掴めぬまま少女は笑みを浮かべたまま消えてしまった。
「未練がなくなったから無事に成仏したのか。ジョニー、あの者の心を無駄にするでないぞ」
 ジョニーは静かに頷き、華に近寄ると優しく摘みあげる。摘んだ瞬間、空気が冷たくなり空から何か降ってくる。決して降ることのない、青白い雪がふわりふわりと降ってくる。
「この雪……じゃあジョニーは」
 ジョニーは一人、先を見ている。
 そこにはジョニーと同じ髪の色をした少女が立っていた。
「ロザリー……」
 ロザリーと呼ばれた少女はジョニーをただじっと見つめていた。

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