「今まで我らは奪うことしか知らなかった」
 ジョニーは泣き疲れ、ケイの膝になだれ込むように寝入っている。
「人の命を何の躊躇いもなく奪う我ら。あの時は命の重さなどまったく考えもしなかった」
 だが今は違う。
 ついさっき目の前で『命』というものを見たから。
 誰かを失う悲しみを実際に見て、命の大事さを知ったケイ達は今、大きな戸惑いを感じていた。
「……何度も我らは向ってくるものを殺した。命を奪った、その奪われた者を大事に想う者もいたというのに我らはそれを何も思わずに奪って楽しんでいたな」
 魔王であった時の記憶が蘇り、ケイは自分の手のひらを見つめる。
「この手は何人を殺めたのか。もうわらわは覚えておらぬ。……我らは正しいと思うか?」
「えっ?」
「このまま魔王に戻ろうとする我らの行動は真に正しいことか? それが今のわらわにはわからぬ。最初は人間であるジョニーを囮として魔物達をおびき寄せようとしたが、今のわらわにはきっとそれはできぬだろう。もう捨てていい命としてジョニーを見れそうにない」
 出会った頃と違う感情を抱いていることをはっきりケイは自覚していた。出会った時にはない、何か温かい感情をジョニーに抱いていることを。
 それは信頼なのか、慈しみなのかケイにもわからない。
 だが明らかにジョニーを冷たい目で見ることはなかった。
「じゃあ、ケイは魔王に戻りたくないって言ってるのか!?」
「かもしれぬ。今は魔王には戻りたくない、まだ戻るには早い気がする……」
 魔王に戻らないという言葉を言えるようになったのもジョニーと一緒にいたからだろう。
 彼に会わなければ何の躊躇いもなく、魔王に戻ることができる。
「……もしオレ達の中で魔王に戻りたい奴がいるとするよ。そうしたらケイはどうするのさ? 少なくとも奴とケイは敵対関係になるんだよ?」
「ならわらわは……それを防ごう。そしてその者の説得を試みるかもしれぬな」
「ケイ、そこまで……」
「私はケイの気持ちがわかる……と思う」
「ちょっと、ロアちゃんまで!」
「これはきっと人間と付き合っていたからだと思う。私もジョニーを軽く捨てていい命とは思えない。でも魔王に戻らないというのは無理だろうね。私達の中にある『魔王』がそれを決して許しはなしないから……」
 胸元に手を当ててみる。とくんと心臓が音を奏でるだけであるが、それが妙に静かで逆に恐ろしい。忘れそうになるが、ケイ達は元々『魔王』という人格が五つに分裂したものであり、本来はケイ達の人格が生まれることはなかった。
 ケイ達は魔王ではあるが『魔王』ではない。
 『魔王』とケイ達は明らかに別格であり、『魔王』が今のケイ達を快く思っていなくてもおかしくはないだろう。
 『魔王』には命を大事にするなどという感情は持ち合わせていない。つまり人間を軽く捨てられる命として見ているからだ。
「我らが魔王に戻るのは必然か……。しかしこのままジョニーを引き連れたまま魔王に戻ったりしたら……」
 恐らく最初の犠牲者となるだろう。
「……しかし今ここでジョニーを一人にするわけにはいかぬ。それに我らには戻る方がないのだ、だからまだこの者といても問題はなかろう?」
 ケイの問いに誰も答えを出すものはいなかった。
「……う……ん」
 ジョニーは頭の重さで目が覚めた。目が腫れぼったく、体が異様にだるい。
「……ボク確か」
「眠りが浅かったのか」
 やけにケイの声が近くで聞こえる。
 というのもケイの膝で寝ていたら自然とそうなる。
「…………! な、なんで!!」
「何で? あのまま泣き疲れて寝ていたのだぞ」
「な、泣き疲れ!?」
 慌ててケイの膝から退き、平然を装いながら
「ははは、ついもう二度と会えない人と会ったせいかな? 年甲斐もなく取り乱して……」
「わらわは決してそうは思わぬぞ。わらわはお主の行動を恥とは思わぬ。それは皆も同じこと」
 五人が静かに頷き、ジョニーを見ている。ジョニーはその様子に少し心が軽くなり自然と柔らかい表情を浮かべていた。
「……うん。それでこの後ボク達はどこに向えばいいんだい?」
「この後か? ここから少しいったところに小さな町があって、そこを越えるとこの大陸の中で一番南に位置する城下町に辿り着くぞ」
「へぇ、南か。じゃあ少し温かいところかな?」
「そこまではわからぬがな。ただ噂によると、その城下町には二つの城があるという。だから相当栄えているところであろうな」
「じゃあそこに着くのが楽しみだね。まぁまずは城下町の前にある小さな町を目指さないといけないけどさ」
 ジョニーはケイに視線を合わせないまま、一気に話を切り上げると後ろを振り向く。
 柔らかい表情を浮かべてはいたが、やはり彼の内心は動揺しきっておりケイの膝で寝ていたという真実が一番のダメージであった。彼は一人、自分は決してロリコンの気があるわけではないのだと悶絶し、正常だと言い続けていた。
 心の中で。
――ロザリーといい、ケイといいどうしてボクは年下に……いや、違うぞ! 絶対! ボクの理想はバースなんだ! バース!
「どうした? どこか具合が悪いのか?」
 ケイが覗きこみ、ジョニーの心臓は大きく動く。
「ギャー! 何でもないから! 頼むからやめてくれぇ!!」
 暫く彼は自分について悩んだ……。


 クリスティーヌ・ミサワはジョニーの一番好きな著者である。
 ミサワの書く書籍は主に、美容に関することでありジョニーはミサワの本を読んでここまで立派に成長したといえる。
 そもそもジョニーは美容に関する為なら数々の本を読むが、特に愛読しているのがミサワである。
 そして今ジョニーはいるのは大きな書店。そこにミサワの新刊が出たという噂を聞いて、さっそく新刊を買いにジョニーは訪れていたのだ。
 大型書店だけあって、ミサワの本はすぐに見つかった。平積みにされたミサワの新刊を上から三冊目から取り、ジョニーはほくそ笑んだ。
――この本を読むのは宿に戻ってからさ。勿論カバーをつけて汚さないようにね。
 彼なりのこだわりなのか、大事にしている本は絶対にカバーをつけ、人に貸したりはしない。
 ミサワは彼にとって大事な本に分類され、今までミサワが出した本は実家で大切に保管されている。
「……旅でどこまで綺麗に保存できるかまさにボクの腕の見せ所★ なんてね」
 会計を済ませ本屋を出て行こうとしたジョニーはふと、ある本が目に付く。
 それは今まで読んだことのない歴史書。
 きっと読む機会などこないと思っていた歴史書だが、今のジョニーにはこの歴史書を読む理由もあった。
「……そういえばボク、何も知らなかったけ」
 本を手に取るとジョニーは改めて会計に向う。
 予想外の出費に少し懐が寒くなったが、今はそんなことを言っている暇ではなかった。歴史書は買った直後、近くのベンチに座りこみページをめくっていく。
 とにかく知りたいのは『一体どんな人物であるか』ということだ。
「これ……まさか一人の力? こんなの相手にできるわけ……!」
 このことを皆は知っているのだろうか。いやきっと知っているだろう。
 でも聞かずにはいられなかった。
 そう思うとジョニーは皆の待つ宿に走っていく。
 走りながらジョニーは、
――何も知らないってわけはないだろうけど、この力を知ってまでも皆は魔王を倒そうとするんだろう……。でもどうして皆はそこまでして魔王を倒そうとするんだ?
 きっと自分には魔王を倒すなど無理だ。ケイと出会ってから随分、肉体的・精神的にも強くなったと思っているが、それでも魔王には勝てないという気持ちに変わりはない。
「ちょっ、皆!」
 ドアを勢いよく開けると、皆は驚いたようにジョニーを見た。テーブルには人数分の緑茶。ケイがお茶を淹れていたのだろう。
「……何を慌しい。せっかく淹れた茶に埃が入るだろう……茶、飲むか?」
「え、ありがとう……じゃなくて、これだよこれ!」
 バンっと買ってきた本をテーブルに叩きつける。
「これは……魔王に関する歴史書か」
 僅かにケイの表情が曇る。
「珍しいー、オカマちゃんがこんな本買ってくるなんてー」
 ソフィーはいつもの口調で場の空気を変えようとしていたが、今のジョニーはそれですぐに変わるほどふざけていなかった。
「そんなこと今はどうでもいいんだって。ねぇ、本当にボク達は魔王を、この人数で! 倒さないといけないのかい?」
「何を今更。お主は初めてわらわに会った時、倒すと言ったろう?」
「確かにそう言ったけど、それは魔王の強さを知らなかったから言えたことであって、今改めて知ったらこんな少人数で魔王に挑むなんて無茶だ!」
「なに、じゃあ逃げるんだ?」
 バースはわざとそうジョニーにけしかける。
「だから! ……逃げられるものなら逃げてるさ。でも君達は逃げないんだろう? きっとボクが何を言っても魔王を倒そうとしてさ、ならボクも行くしかないじゃないか。だって、一緒に倒すなんて言っちゃったんだし」
――多分、ここまで来たら後には退けないでしょ? 勿論、女優になることは諦めてないさ! だから女優の前に一度英雄にでもなっておこうみたいなきっとそんな感じ。
「でもボクが気になったのはどうしてそんなに魔王を倒そうとするのさ? ケイは以前に怨んでるって聞いて、多分アルバートは勇者だから倒すとか言うと思うけど他はどうなのさ。どうしてそこまで危険を冒してまで戦おうとするのさ」
「それは……」
 元の姿になる為にとは言えない。
「ソフィーはアルバートが一緒ならどこにでも行くもん。それだけアルバートのことが大好きなの! 何があってもずっと傍にいるんだもん……」
 魔王になり、一人に戻ることになると知っていても彼女はアルバートについていくことをやめはしないだろう。アルバートの指を掴んで、ソフィーはそう言う。
「ジョニーが一緒に旅がしたいっていうからオレは付き合ってるんだろ? もう忘れたわけ」
「でも君は魔王と本当に戦うのかい?」
「別に魔王がなにさ。うざいのをずっとこの世に残すのもむかつくし、あの幽霞との決着つけないし。あいつ倒すなら魔王倒す旅続けたほうがいいし」
「……私は皆が心配だからかな? 少しでも力になりたい、その為なら魔王倒しもできるようなそんな気がしたからね」
「……皆揃いも揃って馬鹿だ!」
 ジョニーは指をびっと指し、叫ぶ。
「命は一つしかないのにそんなことしちゃってさ! 何かあったらどうすんのさ!? あの魔王なんだよ、大陸を一つ潰したあの魔王なんだよ! このお人よしに自分勝手にブリ娘! こんなメンバーなんだからボクだってずっと一緒にいるのがわからないのかい!? あーもう何でもやってやるさ、泣き言なんてボクは言わないからね。ここまで来たら一蓮托生で最後まで君達と一緒だからね! だって……ほら、何て言うんだい……友達だし」
 最後はぼそりと言って、自分の台詞の恥ずかしさに自然と目を背ける。
 ジョニーは恥ずかしさで五人の顔を見なかったのが幸いであった。五人はジョニーの台詞に嬉しさを滲ませながらも、どこか辛い表情をしていたからだ。
 絆が深まれば深まるほど、自分の首を絞めていることに気付く。
 でもそれをやめようとしないのは、『絆』という蜜に甘えているせいなのかもしれない。


「おっ、遂に着いたぜー。やっほい!」
 本の一件以来、彼らは表面上ではまったく変わっていないように見えるが、内心は戸惑いで心が埋め尽くされていた。その周りの心境にアルバートはこんなときだからこそ普段のように振舞おうと、街を見つけると大きな声を出して喜んでいる。
「いっちばーん♪」
 アルバートは、門番の前を横切ろうとするが彼を門番達がさえぎる。
「はい?」
 いきなり門番にさえぎられるようなことをアルバートはしていない。そもそも門番と言っても結構暇そうなのか、以前違うところで出会った門番はジョニー達の姿を見てお菓子をくれたくらいだ。
「失礼だが、旅の方。ここを通るには条件がある」
「条件? そんなの初めて聞いたぜ」
「おいおい、訪れた人間に条件を突きつけるのかい、この街は?」
 ジョニーは腕を組み、怒りをあらわにしながら門番達を見ている。
「待て、そう怒るなジョニー。一応、条件を聞くだけ聞いておこうではないか。それで、条件とは何だ?」
 ケイがなだめるとジョニーは渋々、引き下がり門番の言葉を待っている。
「……感謝します。実はこの町では恒例の行事が行われている最中で、その都合で今着ていらっしゃる服装を変えてもらわねばならないのです。あ、でもご安心を。その服装はこちらで用意いたしますので、一切費用はかかりません。そうですね、何かのアトラクションを楽しむような感覚でいると我々も有難いのですが……」
「で、その衣装は?」
「衣装というより、貴方方にしてもらうのは……男装と女装なのです」
 皆が突きつけられた条件に唖然とした表情で固まるなか、ジョニーだけはやや嬉しそうな顔であった。
「へぇ、女装ネェ……。それってドレスもあるってことだよね?」
「衣装が貸し出し中でなければあると思いますよ」
「それにしてもどうしてこんなことをしているのだ?」
 街に入る条件で男装と女装を突きつけられるなど、前代未聞である。
「ここには二つの城がありますよね。一つは女王が治め、もう一つは王が治めているのですよ。女王の城では女性が多く、王の城では男性が多い。そこで二つの城の交流が自然と多かったんですよ、男女ですからそれなりにはね……。その交流が長い時を経て、この時期になると双方衣装を変え、交流をするというしきたりができたんですよ。おかげで我々はこの時期、旅人に同じことを言っては怒られたり笑われたり苦労します」
「……おぬし等も大変なことだな」
「もう慣れましたから。それでは旅の方、どうぞ我らの町に。お好きな衣装を着まして、楽しんでいってください」
 大きく門が開かれる。
 城下町はすでに男装、女装した街人で溢れかえっており、異様な光景である。
「仮装大会みたい……」
「ようこそ、客人! もう話は聞きましたね? さっそくですが衣装の変更をお願いします。お嬢さん方は私に、殿方はあちらの案内人に衣装場に連れてもらってくださいね」
 男装した女性がにこやかに話す。
「じゃあ着替えたらここに戻るということにしよう」
OK、じゃあ後でね」
 手を振り、ジョニー達はそれぞれ衣装場へ向った。

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