よく耳を澄ませてみると、バースの声が聞こえる。
「バースか……なら我らが止めに行ったほうがいいな」
「そうだね。理由は知らないがこれ以上周りに迷惑はかけられない」
 周りは騒動にざわめきたち、優雅な交流会が一転してしまっている。兵士もバース達を止めに入ろうとするが、飛んでくる食器の数々に苦戦していた。
「そこの貴方達、おやめなさい!」
「貴女は……」
 女性の声が大きく会場に響き渡り、騒ぎ立てていた者達ははっとその女性を見て、歩きやすいように自然と道を作っている。
 先程、ロアに微笑みかけたこの女性。この男装した女性こそが城の女王であった。
「これ以上の騒ぎは私が許しません! 今すぐ大人しくしなさい」
「んだとぉ……うせぇ! 女は黙ってろ!」
 だがこの言い方に腹を立てた野盗は、大人しくなるどころか攻撃の対象をバースから女王にかえ、手に持っていたフォークをナイフ投げの要領で投げつける。
 どうやらナイフ投げの経験を持つのか、野盗の投げたフォークは綺麗に女王に向って飛んでいく。
「私の傍を離れないで下さい、女王」
 ロアは女王の前に立ちふさがると、手を前に突き出す。
「貴方、それ……」
 風の力でフォークは宙に浮いていた。
「驚きましたか? でも咄嗟に女王様を守るにはこれしかなかったので」
 静かに微笑むとフォークは近くのテーブルに降ろす。一方、野盗は兵士に押さえつけられてなにやら騒ぎ立てていた。
「俺は、あの方が女王様なんて知らなかったんだよ! 頼むから見逃してくれよ!!」
「煩いぞ、お前の悪事はこの男性からすでに聞いているんだ。猥褻行為と女王に手をあげた罪、しっかり償ってもらうぞ」
「だ、男性……女の姿なのに、それでもボクは男扱い……」
 ジョニーは以前に野盗と問題を起こしたせいで結果、仲裁にも加勢にも入ることができなかった。なにせ彼は村の金品を奪いそのまま逃亡していたので、仮に野盗がジョニーを見つけてこのことを話されると厄介でしょうがなかったからだ。
 しかしこのままにしておくのも気が引けるので、こっそり兵士に告げ口をするという方法を取った。大きなつばの帽子を被っていたせいか、後ろを振り向けば野盗からはジョニーの顔や髪に至るまでほとんど見えない。
「猥褻ってそんなことされたのかい……」
「未遂だけどね。あの男、人のスカートに手入れようとしてたし」
「なるほど、しかし騒ぎを大きくすれば周りにも迷惑がかかるぞバース。それにしても何故、お主はバースを止めようとしなかったのだ?」
「えっ、いやちょっと……あ! それよりロア、女王様を口説くなんて隅に置けないじゃないか」
 余計なことを詮索されるよりも、先手を打つと言わんばかりにジョニーはロアにスポットを無理矢理当てた。そして騒ぎに関わりたくなかったアルバートとソフィーも背後から姿を現す。
「皆ぁ、何であんなに騒ぎ立てちゃうかなぇ? 騒ぎ立てたらこの可愛いおヒゲに埃がついちゃうから、ソフィーは絶対イヤだもん」
「……ロア、そんなべっぴんさん捕まえてやっぱ男としては逃せないってか?」
「あのね君達は何をどう考えたらそうなるんだい。それにアルバート、このお方は……」
「あら本当? 嬉しいわありがとう。人に綺麗って言われるとやっぱり嬉しいものね」
 女王はロアの言葉を遮り、笑みを浮かべながらアルバートの褒め言葉を素直に受け取っている。
「それにこの交流会は身分も関係ない、無礼講の交流会ですから。だから友達に話しかける口調でいいのよ」
 女王の言葉にケイは素直に感心し、
「それより、先程は我らの仲間が迷惑をかけた。そのせいで他の者も自然と帰ってしまっているな」
 辺りを見渡すと交流会は終わる雰囲気である。勿論原因はさっきの騒ぎであろう。兵士に見送られ、皆は帰っていく。
「いいのよ別に。それより一つお願いがあるんだけど……実はこの男性を暫く話し相手にしたいから借りてもいいかしら?」
 女王はロアの腕を掴み微笑み、ロアは女王の相談に一瞬、時が止まった。
「ということは……嘘! ロア、女王様とデート!」
 ジョニーの反応は早い。
「しかし……」
 断ろうとするロアに対し、ジョニーは行けと何度もロアに囁きかける。
「ボク達は平気だって、ほらこの服装気にいったし。それよりお城の話を沢山聞いてあとでボクに教えてね。あとで参考にするから」
「行ってこい、行ってこいって。俺はソフィーと一緒にいるもんなー」
「ねー、アルバート。ロアちゃん、少しだけずるいけどソフィーもアルバートが傍にいるならいいもん。それにソフィーもこのお洋服気にいっちゃったから、もう少し着たいし」
「別にわらわはどちらでも構わぬが。恐らくその女子は助けられた礼が言いたいのであろう、ならその気持ちを汲み取ってやるのが一番だな」
「オレは……別に勝手にすればって感じ。ロアが行きたいなら行けばいいし」
 思いのほか、ジョニー達は非常に寛大であり皆が行けと彼に言う。
「ですって、いいわよね?」
「……では少しだけ」
 ここまできて退くこともできず、ロアは女王の誘いを受けた。


 ロアが通されたのは女王の私室であった。やはり王族の私室なだけに部屋は豪華絢爛で、隅々まで掃除の手が行き届いている。だが彼女が言うには、あまりこの部屋を使う機会がないらしい。
「……なにか匂いがするね」
「きっと部屋の香よ。それよりロアって旅人だったわよね。やっぱり楽しい?」
 女王、シーアは席に座るなりそうロアに問いかけた。日々、城の中で生活しているシーアにとって、外を自由に歩ける旅人が羨ましかった。
「色々な場に行けるといいのはいいが、あまり第三者との深い交流ができないかな。ずっと同じ場にとどまれないから」
 思わず苦笑する。仲間としか交流を深める機会のなかったロアにとって、第三者であるシーアとの交流は新鮮であった。以前に第三者との交流はあったが、それも随分昔の話だ。
「でも私は旅をしてみたいの。だって色んな人と話す機会があるでしょ。女王じゃなくてシーアとしてとして私を見てほしい。だからこうしてロアと普通に話せるのが嬉しいのよ」
 シーアはロアの顔を見つめながら、そう言う。ロアもシーアに微笑み返すものの、香の匂いが気になるのかこの不快感を悟られないように表情を崩さないことに集中していた。
「私達が普通に他の人と話せるようにしたのが、あの女装と男装の交流会。あの交流の場だとほら、皆女装と男装でしょ? だからちっとも偉そうに見えないの」
 女王と話しているといより、普通の女性と話しているようなそんな気がした。シーアは決して気取らず、ありのままの姿をロアに見せている。
「実はもう一つ秘密があって……今回の交流会は私の婚約者を捜す為の会でもあるのよ。そして時間がないの。私にはもう……」
 ロアの頬にシーアの手が触れる。シーアの手は温かく、明らかに自分以外の体温を感じる。
「お願い、ゆっくりでいいから私のこと好きなって。私、ロアが……」
 指が耳の裏側をそっと撫でる。
 ロアは断ろうと声を発しようとするが、声がまったくでない。そして体の感覚が麻痺してきており、シーアの手すら退かせない。
「あの……香……」
 香が体に異変が起こすものだと気付いたときには遅かった。
 熱っぽく見つめるシーアから視線を外すことがもう出来ずにいた。


「遅いよな」
「そろそろ迎えに行ってみようか? だって話せばきっと中まで入れてくれるだろうし」
「ていうかもう中に入ってるけどなー」
「ねっ」
 アルバートとジョニーは笑いながら城内を進む。仲間の色恋が楽しいのか、すでにロアをからかう気満々でいた。逆の他の三人はあまり興味がないのか、ただ城の内装を見ながら歩いている。
「どうするよ? なんか二人がいい雰囲気になってたら」
「それで彼女と結婚するって? それはないよ、流石に。でもあの女王様って女性の割には結構身長あったよね」
「こうキリっとした美人さんだし」
「むぅ、アルバートはあんな人が好みなの??」
 ソフィーは頬を膨らまし、可愛らしくアルバートを睨む。
「ふはははは、俺はソフィー一筋だぜ。そんなの当たり前だろ、マイハニー」
「通路でいちゃつくな、うざい」
 バースは二人の世界に入るかけるアルバートとソフィーにしっかり釘を刺す。それはどこか不機嫌で、歩き方もやや大股だ。
「もうバースちゃん、不機嫌ー。いいじゃない、そんな可愛いお洋服着れてるんだからぁ」
「着たくない! それにロアも遅すぎるよ、早くこんなところ去りたいのにさ」
「そう言うでないバース、わらわはあの女王は好きだぞ。なかなかいい心をしておる」
「オレは別に何とも思わないけどね」
 五人はシーアの命によって、奥まで通されていた。どうやら一般人は入れない場所らしいのだが、今回は特別ということらしい。
「あ、あれって女王様とロアじゃない?」
 ジョニーは大きく手を振ると、二人もジョニー達の存在に気付き向ってくる。
「ようこそ、貴方達を待ってたのよ。どうしても知らせたいことがあって……ね、ロア」
 シーアがロアに体を寄せると、当然のようにロアはシーアの肩を掴んでいた。彼の行動にバースがいち早く違和感を覚える。勿論、ジョニー達も次々と違和感を覚えていた。
「実は……彼女と共にいようと思うんだ」
「……共に」
 ジョニーは彼の言うことが理解できず、思わず声を聞き返すがロアはそんなジョニーの様子を気にもとめずに、
「結婚しようと思うんだ。私はシーアの傍にいたい、ずっとね」
「ちょっと、いくらなんでも冗談が過ぎるって! だって前にロアはボク達と一緒に旅するって言ったじゃないか」
「確かに言ったよ、でも気が変わった。ついに大事な人を見つけたんだ。勝手なこととはわかってる、でも君達にはこの結婚を祝福してほしいんだ」
 ロアの顔はやや申し訳ない表情をしていたが、結婚に関しては至極真面目のようである。
「それで婚姻の儀を今日中にやろうと思って、是非貴方達に見て欲しいのよ。だって貴方達はロアの大事な友達ですもの」
「そんな問題かよ、ロア!」
 アルバートがロアの前に立ち、胸倉を掴む。アルバートは下からロアの目をじっと見る。
 真意を探るようにしっかりと。
「一緒に行くって言ったくせにここでやめるのかよ! お前、そんなすぐに約束破る奴じゃないだろ! 何、変なこと言ってんだよ。早く行くぞロア、旅に……」
 ロアは静かに息をはき、アルバートの手をやんわりとどかす。
「すまない、私にはもうできない。私は居場所を見つけたんだ……アルバート、もし私のことを友と思うならこの結婚を認めてほしい。頼む」
「……っ」
 アルバートはロアからやや視線を逸らし、小さく声を漏らす。これ以上の言葉が見つからず、ただ視線をそらすことしかないでない。周りもアルバートと同じ気持ちで、二の句が告げないまま事の終わりを待つようであった。
「……今から約五時間後に、城の大広間で婚約の儀を行なう予定なの。その時は是非来て」
 シーアの声が非常に遠い場で聞こえたような気がした。それだけ五人はあまり彼女の言葉を理解しようとしなかった。


「どうなっちゃうんだろうねロアちゃん」
 一旦、城から出てソフィーはおもむろに呟く。
「あんなのロアじゃない。いきなり結婚なんて! 絶対に旅を勝手に放棄するとは思えない……」
「アルバート……?」
 ジョニーは一人、皆の輪からやや離れて立っていたアルバートの元へ向う。
「あのよ、あれどう思ったよ? 普段のロアならそんなこと言わねぇと思うんだよ。ロアと和解してからさ、少しロアのことわかったんだよ。いつも俺達をまとめててさ、疲れるだろうにとか思ってたけど全然そんな素振り見せねぇし。むしろ当然って言うようにまとめて……。ほらなんつったけ? 縁の下の力持ちか! それ思ったとき、あぁ絶対俺にはそんなのできないって……」
「……もうすっかり仲良しになったね。会った頃はあんなにいがみあってたのに。アルバートがそこまでロアのことを知ってるなら、きっとロアもアルバートのことを知ってるよ。でもボクも君と同じ意見だね。ボク達の知ってるロアならきっとあんなこと言わない」
 だが外見はどう見てもジョニー達の知っているロアであって、偽者には見えない。しかし何度考えても、ロアの行動はおかしい。
 旅の目的を知りながらいきなり結婚を宣言するような、無責任な男だからだ。
「例えばロアが脅さてれるとか? 黙って結婚しないと何かするぞーって」
「又は操ってるとか……な。多分、俺達がすべきことって奪還しかねぇと思う。こうなったらあの城を敵にまわしてでもロアを連れ去るまでだ!」
 アルバートが拳をジョニーに見せながら、力強く言う。それを聞いていたバースは二人の会話に割り込み、
「なに、面白い話してるのさ。それ、オレもやってあげてもいいよ?」
 聞いていたのはバースだけではない。ケイとソフィーもすでに話を聞いており、アルバートの案に反対する意思はないようだ。
「確かにロアの様子はおかしいとわらわも思う。あの女子には悪いがロアを返してもらうしかあるまい」
「でもでもー、どうやってロアちゃんを連れ出すの??だって、今ロアちゃんってあの女王様と一緒なんだよー」
 もう一度面会をするという方法もあるが、恐らく面会できる場所は城の奥であり仮に、ロアを連れ出せたとしても城から出るまでに数多くの兵士と相手するのは必須とみてもいいだろう。
 それではあまりにも効率が悪く、第一行なう前からやる気をなくす。
「じゃあ婚約の儀の時は? 大広間ってさっき交流会の会場だったじゃないか。そこならまだ逃げられるよ」
「しかし我らには足がない。逃走の際、多くの兵士に追われるのは安易に想像がつく。その時どう手をうつ?」
 以前、彼らは遊園地から逃亡したことがあったが、あれとはまったくものが違う。あれは事件をうやむやにして逃走したので、さほど警戒されず脱出することができた。
 しかし女王の婚約者を奪還となると、注目されるのは当たり前のことで兵士にジョニー達が囲まれたりしたらすべて終わりだ。
 数の勝負となると圧倒的にジョニー達が不利だからだ。
「……そうか馬だ! 城なんだから馬の一頭や二頭いるだろう? ロアを連れ去る前に馬を手に入れ、それでロアを連れ出したら馬に乗せてボク達はこの城からとんずら……これならいけるよ」
 城の中を進む際に、馬小屋を通った記憶が蘇る。馬を奪うことなら容易にできるだろう。
 ケイはジョニーの案に頷くと、
「では改めて策を練ろう。必ず成功する策をたてるぞ」
「頼もしいよ、ケイ」
「そうか? ならわらわも頑張らないといけないな」


 アルバートとジョニーは非常に狭い暗闇の中、互いの体をつけながらチャンスを待っていた。
 外から聞こえる老人の声を頼りに二人はチャンスが訪れることを待ち続けた。
 あまりにも近くにいるせいか、ジョニーの吐息の音も聞こえる。
 正直、早く出たいがまだ早い。はっきり言って、暑いのだ。
 とにかく暑い。でも二人は友の為に途中で飛び出すことはできなかった。
「続きましては……」
 チャンスは訪れた。
「うぉぉぉ! 正義の使者、アルバート参上! そしてその他アルファ!!」
「誰がその他だ!!」
 アルバートとジョニーは大広間に用意されたケーキから飛び出してきた。勿論、隠れるスペースは先程、ソフィーが美味しく消化したのだが……。
 二人が飛び出してくると、他の三人も大広間の扉を蹴り破って入ってくる。
「行くぞ、出陣だ!」
「……もう暑かったし、それよりもかなり甘かった! さぁ来い!」
 アルバートがウェディングドレスに身を包んだロアの手を掴む。
「断る! これはどういうつもりだ!」
 大広間はジョニー達の乱入に周りは大きく動揺し、それを狙っていたジョニー達にとってこの出だしは好調だ。
「大事なロアを連れて行かないでっ!」
「イヤだ! 大事な仲間を操る女の気持ちなんか俺にはわかるかっ!!」
 アルバートはロアを乱暴に抱え、ケーキを乗せていた台車に体を投げ入れる。
「よし、ジョニー。台車を押せ!」
「合点!」
 アルバートは額に手を構え、全身から光を放つ。彼の技、アルバート・フラッシュだ。
『よいか? まずジョニーとアルバートがロアを連れ、先に出る。それで我らは大広間で足止めをする。この時、アルバートにはアルバート・フラッシュを使って、周りの足を止めてくれぬか?』
 これがロアを奪還するときの策であった。逃走に使う馬はすで近くに繋いであり、アルバート達は一旦違う場所に行き、あとで馬車に乗ったケイ達と合流するという算段であった。
「お主達は先へ行け! ここは我らが引き受けた!」
「後で……必ず!」
 ジョニーは最後にケイを見ると、台車を再び強く握り大広間を飛び出した。
「この……何故」
 出てこようとするロアをアルバートが無理やり押さえ、ジョニーは二人を乗せたままひらすら台車を押し続けた。
 何人かの悲鳴を聞いたがそんなことお構い無しに、彼はひたすら先へ進む。
「このままでいると思うな……!」
 外を出て少しした頃辺りに、今まで押さえつけられていたロアが無理やりアルバートを外に投げ飛ばす。
「アルバート!?」
「いや、俺は平気だ」
 ジョニーの手を借りることなくアルバートは起き上がる。
「これはどういうことだ。私達を祝福しないというのか?」
「あぁ、できねぇよ。あんな変な結婚式なんて。ロアは絶対に結婚しねぇよ、俺達をおいてな」
「そうか。それは思い違いだ、なら私は君達を倒して戻らればならない。愛する者の為に」
 風の力で二本の剣を作り出す。普段、彼らは魔法で武器を取り出していた。魔力のないジョニーは常にムチは手に持っていて、よく魔法で武器を出すロアやソフィーを羨ましく見ていたことがある。
「……俺、ソフィーいねぇから武器ないんだけど」
「そういえば君はソフィーに武器出してもらってたね。それよりどうするのさ、ボク達がロアと戦うなんてできるわけないじゃないか!」
「邪魔をするのであれば排除するしかない。……悪く思わないでくれ」
「まずいぞ……俺達」
 アルバートが唾を飲み込んだと同時に、ロアは駆け出していた。

NEXT
BACK

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送