「えっ……
 バースは馬の変化に小さく呟く。馬の背がずっと輝いたまま止まらない。
「一体、何が起こったのだ……?」
「そんなのオレだってわかんないよ……
 外にいる三人が戸惑う中、馬の背は輝きを増し、一度大きく光り三人は目を瞑る。
「な、今外から光が……
「何があったんだ?」
 中にいるジョニー達が窓から外を覗き込むと、彼らは一瞬固まり、声をあげられずにいた。
「……っ……」
 宙に浮いている。
 そう、馬車自体が地から離れていた。先程から輝いていた馬の背はもう光を失ったが、かわりに対になるように大きな翼が生えていたのだ。
「おいおい嘘だろ……この馬飛べるのかよ……
「ペガサスなんて空想上の生き物だと思ってたのに……
「なんと面妖な。しかしこれから我らはどうなる?」
 浮かんでやや不安なのか、手すりに掴まりながらケイは言う。
っていうかさ、翼生えてから全然言うこときかないんだけど」
「真か! バース」
「うん。でもオレ達をどうこうする気はないんじゃないの? だってオレ達を振り落とすどころか大人しいし」
 ロアは顎に手を当てると静かに、
書物によるとペガサスは実に利口だと言われているからね。恐らくいい場があったら降ろしてくれるだろう」
「じゃあ暫く空中散歩かー。なんかちょっとワクワクするぜ」
 説明を聞いて安心したのか、アルバートはすでにこの現状を最大限に楽しんでいる。
「相変わらず君は呑気だなぁ。でもこんな体験滅多にできないし、いいかもね」
 ジョニーとアルバートはすでに窓の外に目を向け、夜空を見ている。
「ソフィー、こっちこいって! すげぇ綺麗だぜ」
ケイ、こっちきたらどうだい? 外より中にいるほうが安全じゃないのかい? ほらケイって小さい女の子だし……
「うむ……だがバースが……
 ケイはバースを見る。もし自分とソフィーが中に入れば外にいるのはバース一人だけになってしまう。
「別にオレは一人でいいし。行ってくれば?」
「かたじけない。では言葉に甘えるとしよう
 ソフィーは何のためらいもなく、アルバートの元へすでにむかっている。ケイはゆっくり立ち上がると、助手席をあとにジョニーの元へ向った。


 夜空は恐ろしいくらいに綺麗だった。
 ふとロアは左を見てみた。左にはアルバートとソフィーが座っており、その夜空を見ている。
「見てみて、アルバート。お星様がいっぱいよ……
 ソフィーはアルバートに寄り添いながら、一生懸命に星を指差していた。
「はっはっは、そんなに指をささなくても星は減らないぜ。こんなに頑張って指差して、ソフィーは本当に可愛いぜ」
「もうっ、アルバートったら」 
 頬を指で突くと、再び星を見つけたのか声をあげる。
……ねぇアルバート。ソフィー達は明日も明後日もずぅっと一緒にお星様、見れるよね?」
「ソフィー…………んなの当たり前だろ、俺達の永遠なる愛に不可能はない!」
 アルバートはいつものように言うが、実際は多少の不安があったに違いない。
 確実に自分達は終焉に近づいていることを肌に感じている。今までは考えずにきたが、そろそろ危機感を持つ必要がでてきたようだ。
「そう……よね。アルバートとソフィーはラブラブだもんね! 何があってもずっと……あっ! 流れ星!!」
 ソフィーはそう叫ぶなり、すぐに目を瞑る。つられてアルバートも目を瞑り、心の中で早口で願い事を唱えてみる。
 流れ星に願い事を唱えると叶うなどという迷信がある。もし、本当に叶うのであれば是非ともかなえて欲しい願いだった。
「……間に合った?」
 ソフィーはゆっくり目を開け、アルバートに聞く。
「ギリギリ? それでソフィーは何をお願いしたんだよ?」
「ふふっ、秘密ー。乙女の秘密だもん」
 指を自分の唇にあてて微笑むソフィーの姿はどこか愛らしい。
「このぉー! ……でも叶うといいな」
「うん。大丈夫、きっとソフィーのお願い事は叶うもん。それにアルバートのお願いも叶うんだから」
「あぁ、そうだといいな。いやきっと叶えてくれるはずだぜ。きっと」
「……」
 ロアは二人から視線を外し、次は右に視線を移す。右にはジョニーとケイだ。
「ねぇ、乗り物酔いのほうはどうだい?」
「……うむ、そんなに酷いほうではないぞ。不思議とそんなに気持ち悪く感じぬ、悪いな心配をかけて」
「いや別にそこまで……」
 ジョニーは言葉を見つけられず、星を見ることで時間を過ごそうとした。
「お主は変わったな」
「え?」
 いきなり何を言うのだとジョニーは思い、思わず聞き返してしまう。ケイはそんなジョニーを一度見るが、再び言葉を続け
「……変わったと言ったのだ。初めてわらわに会った時よりも実に良い瞳をするようになった」
 初めて会った時は本当に弱い存在だとケイは思っていた。まだ人間を軽視する傾向があったせいか、ジョニーを道端に転がる小石として認識している程度であった。
 だがその小石が今では自分達にとってかけがいのない存在に成長していた。
 彼の成長は嬉しい。だが同時に彼が成長をすればするほど、後で怖くなる。
 もしジョニーがケイ達の『正体』を知ってしまったとき、彼はどうするのか。
 軽蔑されるかもしれない、畏怖の念を抱くのか。
 または――
「それ、照れるって。でもケイも変わったかもね」
「わらわがか?」
「うん。正直、最初はかなりおっかない子だなぁって思ってたけど今は普通の女の子なんだなって。まぁ口調は少し古典的で精神年齢高いけど、でも色々な場面見てるとケイってやっぱり女の子なんだって……」
 ジョニーが成長したようにケイ達も成長していた。
 『魔王』の狂気が消え、『人』としての良心が芽生えたという感じだろうか。今のケイ達には魔王の狂気が見えない。ジョニーとの見えぬ絆で五人は成長した。
「そうか……ならそれはお主のおかげだろうな」
「な、何言ってるんだい! ボクは関係ないだろ!」
「いや、お主がいなかったらここまでは変わらぬ。礼を言うぞジョニー」
「ケイ……」
 居たたまれない、そうロアは思った。
 左右それぞれ会話を繰り広げおり、そして独り身である彼にとってこの場にこれ以上居続ける勇気はなかった。
 ロアは音を立てずに立ち上がると、ずっと一人で外にいたバースの元へ向う。
 バースはロアの気配に気付くと、座ればと彼を促しロアにそれに従い隣に座る。
「それでどうしたの?」
「いや、ちょっと中にいる勇気がなかっただけかな」
 ロアの言う意味がわからず、バースは頭をかしげる。
「……まぁどうでもいいや。正直、ちょっと退屈だったから話し相手になってよ」
「私でよければ喜んで」
 バースの横顔を見る。頭のリボンが風で揺れており、同時に彼の銀髪も揺れていた。
 月の光を浴びた銀髪がやけに眩しく見える。
 ロアはそっとその銀髪に触れてみる。髪は凄く柔らかい。
「! ちょっ……どうしたのさ! 水かぶって、おかしくなったんじゃないの!」
「失礼な。でもそうかもしれないね」
 指で一度だけ髪を梳くと、手はバースの髪から離れる。そして静かに彼はこう言った。
「……バースは人を愛するってどう思うかい?」
「はぁっ!? 本当に何いきなり変なこといってるのさ! ……もしかしてあの女王のこと気にしてるわけ?」
「シーアは多分、少しだけ間違えただけなんだよ。薬に頼らなくてもいい人はいた筈だ。……ただどうあっても私は彼女の気持ちに答えることはできなかったが」
「だってそれは旅するほうが大事だから。なに、それとも好きな人いたの?」
「……どうだろうね。正直、私にはこれが愛なのか別のものなのか区別ができないよ。……そもそも私達は誰かを思ってもいいのだろうか? 私達は……」
 魔王でいつか別れてしまうというのに。
 異端者は幸せになることができないのか。
「そんなの知らない。オレは愛とか恋とか全然知らないから何ともいえない。でも別に想うくらいはいいんじゃないの? それでロアが満足ならさ、てかあの二人なんて関係なくやってるし」
 彼の頭に思い浮かぶのは、今中で星を見合っているアルバートとソフィーである。
「オレ達が絶対、誰かを想ったらいけないなんてことないだろ」
 ジョニーに抱く気持ち、これを友情というならその想いを捨てたくはないだろう。
「そうだね……きっと君が正しいよ。ありがとう、バース。少し気が楽になったよ」
 笑みを浮かべたことにバースはひとまず安心する。この様子ならもう気に病むことはないであろう。
「……ロアは我慢し過ぎだよ。ところでロア、好きな奴いるわけ?」
「えっ!?」
「だって、こんな話振ってくるからさ。いるなら教えてよ」
「……仮にそんな相手がいたとしても遠すぎて手が届かない場所にいるから無理だよ。きっと伝わることはない」
「つまりふられたんだ」
「ちょっ……」
 バースはあっさりそう言うと、微かに笑みを浮かべ
「まぁ次頑張れば?」
「……本当に君は酷いことをいうね……」
 微笑み返そうとロアはした。だが、それよりも早く彼は風の勢いが増したことに気付く。
 ここは上空だ。普段よりも風が強く、そもそもこの場には落ちてもいいように柵が設けられているわけではない。
「動かないで」
 ロアはバースの肩を抱き、自分のほうに引き寄せると小さく呪文を唱える。
「なにいきなり! ……え? あれ、風が……」
 先程までなびいていた髪もリボンも今はまったくなびいていない。風を受けて馬は駆けているというのに、風を感じなくなったのだ。
「強風で仮に君が落ちたら困るから魔法で風の力を和らげただけだよ」
「……便利だね、それ。っていうか、オレはいつまで肩を抱かれてるの?」
 やや苦笑を浮かべると、
「悪いがこれは私の手を通して君に力を伝えてるから、私から少しでも離れてると効かないんだ」
「……他の奴らに見られたらどうすんのさ、これ勘違いされても知らないからね」
 はたから見ると不思議な光景に違いない。でもロアは特に顔色一つ変えずに
「別にやましくもなんともないよ? それに彼らは私達のことなんて見向きもしないさ。……今までずっと手綱を持たせて悪かったね、疲れただろう? 私がかわるから少し寝ててもいいよ」
「別にオレは徹夜とか平気だから。……それに寝るのが少しもったいない気がして」
 夜空を見るのも悪くないしとバースは続ける。
「そうだね……私も君と同じ意見だよ」
 こうして六人は同じ空を見続けた。飽きることなくずっと、輝く星達を見つめていた。


 馬は一夜中、飛び続け翌日のお昼頃に地面に降り立った。
 ロア同様に皆は普段の服に着替え、この馬をどうするべきかと話していたが馬は皆が降りるなり再び空を駆けていってしまった。
 方向から察するに、城へ帰っていったのだろう。特別、馬に執着していなかった彼らは何事もなかったように歩き始めた。
「なんか暑いよね? それに地面がひび割れてるしさ」
 荒野と言ったほうがいいであろうか。草は枯れ、大地に数々のひびが入っている。
「それにくさいー! ソフィーの可愛いお鼻がまがっちゃうー」
「これは硫黄だね。それに草木が枯れている原因はこの土地の温度が高いからだろうね」
「もうこんな場所、とっとと抜けちまおうぜ」
 皆が頷く中、バースはある一点を見つめている。
「どうしたんだい?」
「……すぐには抜けられそうにはないみたいだけど」
「ボーヤは勘がいいのね」
 この声には聞き覚えがある。
「四天王の幽霞……」
 ようこそと幽霞は呟く。球に乗ったまま話しかける彼女は、まるでさも見下すことが当たり前だと思っているのだろう。初めて会った時とまったく変わっていない。
 彼女に初めて会った時も球に乗っていた。
「まぁ四人から二人になったけどね。もう言わなくてもわかるでしょう? あたしに出会ったってことはあんた達の命はここでおしまい。あたしが皆殺しにしてあげるわ」
「皆殺し? 寝言は寝て言えば? ここで終わるのはお前だよ、すぐにその球から引きずり落としてあげるから覚悟しなよ」
「小さいボーヤは口のききかたがなってないわね。先に焼き殺してあげるわ……!」
「小さいって言うな。お前こそ本気でうざいんだよ」
 幽霞はくすっと笑い、
「じゃあそこにお仲間達はボーヤが黒焦げになる姿でも見てなさい」
 指を小さく鳴らす。
――!? なっ……」
 バースと五人の間に薄い壁が張られる。それは無色透明ではなく、うっすらと色づいた紅色の壁である。
「なに勝手なこと言ってるんだい! こんな壁なんて――
「それ、触らないほうがいいわよ。触った瞬間に黒焦げの消し炭になるから。さぁ、小さいボーヤくるならきなさいよ。あたしが相手になってあげる」
「くっ」
 ジョニーは壁に触れようとした指を引っ込め、バースの背を見た。今、五人にできることはバースが無事に戦いを終えることを祈るだけである。
「……うざい、死ね」
 すでにバースの瞳は本気になっており、荒野を猛スピードで駆けている。ただ直進しているのではなく、幽霞の攻撃を避けるために僅かに重心を左右に揺らしながらの移動である。
 例え左右にステップをきかせながらでもバースのスピードはとどまることはない。
 この速さがバースの一番の武器であった。六人の中で最速の足を持ち、
「遅いよ」
 相手の懐にあっさり入り込むことのできる少年――
「お前、弱いね。本当に四天王?」
 一撃が幽霞の懐に入り、笑みを浮かべながらバースは言う。
「っ……ボーヤが粋がるんじゃないわよ。あたしはボーヤみたいに野蛮じゃないの」
 球に乗っているせいか、幽霞は素早くバースの間合いから脱出する。腹に手を添えるとずきりと痛む。
「……やってくれるじゃない。今度はあたしからいくわよ」
 幽霞は主に得意とするのは武器での戦いではなく、魔法を主力とした魔法タイプである。その魔法力の高さならバースを上回っているのは間違いないだろう。
 仮にバースが僅かな時間に炎を五つ作れるなら、幽霞はその倍。
「炎の弾にのまれるがいいわ!」
 幽霞の叫びに反応するように十個の弾がバース目掛けて飛んでいく。
「ちっ、めんどくさい」
 舌打ちを打ち、無駄に考えを巡らせるより今まで培ってきた経験でこの弾を受け止めようと構えた。

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