「あ……うん……」
 バースはよくわからず返事をする。あの戦いがであるように思えた。
 それだけ気持ちが妙に穏やかだったからだ。むしろあれだけ激しい戦いを繰り広げたというのにその戦いのことを忘れ、今は仲間のことが気になって仕方なかった。
 不思議だとバースは自分自身を思う。
 昔の自分なら殺戮を愛し、相手の血を欲していたのだがそんな気持ちが消えてしまっている。逆に今は血を求めなくなった。特にジョニーの前では。
「……ぁ、そうか……」
 答えを出すのは非常にたやすかった。
「バース!! バース! 怪我は!? まさかその肌に切り傷なんて……」
「別に大した怪我なんてしてない。てか揺らすな、きもい」
「そんなこと言ってる場合じゃないって! あぁっ、君みたいな綺麗な肌を傷つけるなんてもったいない……!」
 目の前で何度も自分のことを心配するジョニーと、
「もったいないって普通にバースの心配したらどうだよ……。ほれ、ソフィーかロアに回復かけてもらえって」
 仲間がいたからだ。でも自分を一番大きく変えたのはジョニーであろう。
 血を求めない、ある意味人間らしく目覚めた。
 それを気付かないうちにゆるやかに、そしてそれが心地よいほどに。
「バース?」
「何でもない。それよりここ硫黄臭いから早く移動したいんだけど」
「ははっ、まったく君らしいよ。そうだね、ボクもこんな場所なんて懲り懲りさ」
 ジョニーの笑いを微笑ましく見られるほど、自分は変わっている。それは皆も同じことであり、そのことに気付いてもいるはずだ、でもバースはあえて何も言うことはしなかった。
 きっとバース同様に多少ながらも戸惑っているはずだ。それに自分の疑問をぶつける気にはならなかった。
「あっ! 見てみてぇ、何か緑っぽいものが見えるよー」
 さほど遠くない場にうっすら緑が見える。察するに硫黄地帯を越えたという証拠だ。
 六人の足取りは自然と早くなり、平原地帯に来たときはゆっくり深呼吸をしたくらいだった。硫黄の匂いにすっかり嫌になっていたのか、いつも自然と嗅いでいた草や花の匂いがやけに新鮮に感じる。
 草や花をいい匂いだと本気でそう思ったのは今が初めてだろう。ジョニーは『硫黄の匂いに比べたら……』というニュアンスだけだが、五人にはそれに加え、匂いに感動を覚えた自分達に驚いたという感情も多少は含まれていてもおかしくないだろう。
 素直に笑い、草木を肌で感じること。
 当たり前のようで当たり前でないこと。
 それが魔王。それがケイ達である。
「……本当にいい匂いだのう。花がこのようにいい匂いだとはな」
 風でゆらゆら揺れる一輪の花。
 儚く揺れる姿が何故か愛おしく、ずっと眺めて続けていたい気持ちになる。
「あぁ〜、可愛い★ ピンク色のお花なんてソフィー、すごく大っ好きだよ!」
「確かに綺麗な花だね。花を見ていると気持ちが落ち着くよ、一輪だけでもこんなに健気に咲いてるせいだろうか? 儚くも力強く感じる」
「んん〜? 何か小難しくねぇか? ようは綺麗! 可愛い! 見よう!ってことだろ」
「お前は単純すぎ。まぁ、いいんじゃない、別に花を見たって、ついでに休憩すればいいんだし」
「そっか、ならボクは大賛成だけどね。なんか天気もすっかりよくなってるし、休憩にはもってこいじゃないか」
「うむ、では……」
 その時、あっと誰かが呟く。
 今いるこの場は自分が住んでいた城の近くなのだと。
 それはそうだ。仮にも目的は『魔王を倒すこと』であるから、嫌でも城に近づくことになる。でも五人はできるだけなら避けたいと、ジョニーにはこの『正体』を知られたくないという気持ちが強い。
 しかしそれを避けることができないのは彼らの中に宿る『魔王』が何度も何度も自分達に呼びかけていたせいだ。最初は聞こえなかった声が、城に近づくたびに、ジョニーと絆を深め人に近づくたびに頻繁に聞こえるようになってきた。
『殺せ。人間など殺してしまえ』
 自分の中の『魔王』がしつこく語りかける。その言葉を聞くたびに五人の胸は激しく痛んだ。
 まるで心臓を鷲掴みにされているような……息をするのも苦しいほどの激しい痛み。
 何度、知らないと心の中で叫んでいても『魔王』は決して語ることをやめはしない。
「……っ」
「どうしたんだい? 皆、なんか様子が……」
「なにも……な、くっ……!」
 体が揺れ、五人がジョニーの目の前で崩れ落ちていく。次々と倒れ、今まで我慢していたのが一気に限界がきたように。
「み、皆っ! ちょっと……どうしたのさ! 皆ぁぁっ!!」
 ジョニーが何度も声を張り上げて呼んでも誰も反応を示すことはなかった。
 先程まで美しく咲いていた一輪の花は、誰かが倒れた影響だろうか潰れて茎が折れている。
 そしてジョニーも気がつかず、仲間を抱き起こすためにその花を踏んでいた。
 もう二度とこの花が綺麗に咲き誇ることはない。
 花の命が終えるのは時間の問題だろう。美しく咲けるのはわずかだった。


 ぱちり。
 すっかり野宿など手馴れたもので、焚き火として中に入れた小枝が折れたのだろう。
 ジョニーは苦しむ五人に何もできず、ただ見守るしかできなかった。本当は医者に連れていきたいのだが、周りを見渡しても町があるようには見えず、ならせめて痛みを除く薬草でも取りにいくしかないとジョニーは思ったのだが、弱弱しく掴まれた手に思わず振り向いた。
 ケイが自分を止めている。荒い息まま、弱弱しくジョニーの手を掴んでいる。
『いか……ない……で』
 そう呟くなりケイの意識はゆっくり深い闇の底に落ちていった。手だけがただ自分のことを掴むのみで、意識はすでにうせていた。
『ケイ……』
 ケイの行動、言動にジョニーは驚き、そう言われて彼女の手を振り払うことはできなかった。優しくケイの手に触れると、床の準備するんだから離すよとケイの手をどかした。
 この時、この少女の手はなんと小さいのだろうとジョニーは思った。小さい女の子しては似合わない手の皮の厚さと、柄を握り続けたによってできたタコ。何を犠牲にしてまで、彼女は戦いに身を投じるのか、それは他の皆も同じかもしれない。
 違う道など探せばあるはずなのに、それを何故わざわざ険しい道を選ばないといけないのか。
 自分の夢である『女になって女優になること』よりももっと重要な目的を持っているに違いない。そう思うと自分の夢は彼女達に比べたらなんとちっぽけなものだろうと思う。
 女優になるというのもしっかりした夢の筈なのに、彼女達の目的――それに比べたらはるかに軽い。
 もし魔王を倒してしまったら彼女達はどうするのだろう。別の道へ歩き出し、自分を置いていってしまうのか。それは……
 ぱちり。
 再び枝が音をたて、ジョニーはふっと正気に戻った。
 何かの病なのだろうかと冷やしたタオルを額に乗せてみてはいるものの、変化はまったくなかった。五人の苦しそうな呻き声しか聞こえない。
「どうしたら……どうしたらいいのさ……。なんで皆、いきなり……」
 何もできないという言葉がジョニーの心を支配した。こんなに苦しくなったのは妹を失った以来だろう。自分が自分の性に逆らうことを決めてから、他人を信用しなかったジョニーが血の繋がらない、嘘からできた人達を本気で仲間と思い、心配しようなど――。
『いつかケイから逃げ出してやる』
 そう思ったことすら懐かしい。今は逃げ出すのではない。
「皆と一緒にいたい。何があっても皆と」
 その気持ちに揺るぎなどなかった。皆と一緒に笑いあう日を送り続ける、そんな安息を得たいのだと。その為ならあらゆることでも試すチャンスがあるのなら試したい。
「皆を治すためにボクはどうしたらいいんだろうか……」
 この時、ジョニーは思わず神に祈っていた。別に神の存在を心底信じる性質ではなかったが、祈らずにはいられなかった。
 どうか皆の苦しいを除いて欲しいと――。


『殺せ』
「断る」
『何を言う。自分に逆らっても特はないだろう。人間を殺せ、アレは我の邪魔をする。邪魔はすべて排除する』
「断る!」
『くどいぞ、我に逆らおうと思うな。我の力を知らないわけでもなかろう? 我は我なのだから』
 ケイ達は目を覚ました。
 ジョニーは疲れのせいだろうか。うたた寝をしてしまっている。
 ケイは自分の鎌を構えた。
『殺せ。奴を――殺せ』
「ころせ……ジョニーを、ジョニーを殺せ」
 寝ている人間を殺し損ねることなどない。ただ鎌を振り下ろせばいい。
『さぁ、やるんだ。消せ』
「……ころ、させは……しないっ」
『逆らうか? 愚かなことを。我に身を任せろ、我と我は一心同体。殺戮は悪くないぞ』
「断ると言っておろうっ! 我らは決して屈したりはせぬ! 消えるがよい! 魔王!!」
 声がケイ達の中から消える。
「皆の者……無事か?」
 四人は息を荒くしたまま、静かに頷く。ケイ同様、四人も中から聞こえる『魔王』の声を押し込めたのだった。
「我らは守れたのだな」
 ケイの声に気付くことなくまだ寝ているジョニーを。その安らかな寝顔を。
「誰かを守ろうなどと思ったのは始めてかも知れぬ。口では何とでも言えた、でもこれは違う。わらわは本気で守ろうと思うものができた。でもわらわとお主は違う世界の生き物、わらわはお主の世界で生きることは無理かも知れぬ。だから今まで共にいれたのは満足だった、でも本当はもう少し一緒にいたかったのうジョニー。構わぬのだ、ここまでこれたのが奇跡。我儘など言わぬ。もう我儘など決して……」
「ケイ、君は……」
「何も言うな。お主達だってわらわと同じことを思ったのだろう? ならわらわの気持ちがわかるはずだ。いいのだ、これで。もう我らは十分なほどに幸せだった」
「そうか。ならもうジョニーを見れるのはこれで最後なんだね」
「うむ。我らは行かねばならぬ。あの場へ――我らには戻らねばならぬという目的があるのだから」
 これが正しい判断なのだと五人は思った。ジョニーと会えないと思うと、非常に胸が痛んだがこれもすべて彼を守るためなら仕方ないのだと覚悟を決める。
 もし『魔王』に戻ったら、今までのような交流はできない。ジョニーに会った瞬間、殺すに違いない。なら自分達が彼から離れればいい。彼が追いついてこられないような、そんな場に行けばよい。そうしたら自らの手でジョニーを殺すことをしなくてもいいかもしれない。
 五人はその可能性にかけた。
 そして五人は闇夜の中、ひらすら歩いた。――城へと。最後の終焉を迎える場に。
 歩いたことがなくとも道は自然と覚えていた。体や性がそう言うのかはわからないが、とにかく五人は城へ向って歩いている。
「……待ってくれ、もう奴がいる」
 手で制止し、ロアははるか先を見通すようにじっと見つめている。
「奴って?」
 黒い何かが揺れる。それは全身を覆う黒いマント、そして黒を映えさせるような金の杖。
「待っておりましたよと言った感じでしょうか? いずれ来ると思いましたよ」
「邪鵠、そうだね……私達はお前を倒さねばならない」
「貴方一人で? それとも人間ですから群がって戦いますか? 別に私は大勢を相手でも構いませんよ、人間に負けるわけありませんからね」
「そんな挑発、私には……」
「勝手に弱いとかほざくんじゃねぇぞ! そんなお前の相手なんてロア一人で十分だ! なっ、ロア?」
「あのね……」
 アルバートはロアを戦いにひっぱり出す気で、手がすでに『行け』と言っている。
 正直、ロアは一人で戦う必要もないだろうと思っていた。天雷のように皆で戦うほうが勝率もよく、安全に勝てるだろうと計算していた。
 だが、アルバートやバースなどはすでに邪鵠と戦う様子はなく、ケイやソフィーも任せるといった顔だった。
「おや、では一人で決まりですかな?」
「そのようだね、じゃあ相手になってもらおうか」
 一歩踏み出し、剣を取り出す。ジョニーがここにいないというのが幸いだった。
 といってもジョニーを置いていったのは自分達であるから、追いつかれるとそれはそれで困る話である。
 ジョニーがいないということは、ある程度危ない橋を渡っても問題がないということだ。
「貴方は私に似ている。だって無謀な戦いはしないでしょう? ……えぇ、戦いに必要なのは戦略ですから、そう教わったことがありますよ」
「ここで無駄口か? 戦略を大事にする割には隙が多いと思うが」
「でも貴方はその隙をつかない。わかっておりますよ、貴方の戦い方など」
 邪鵠の杖が大きく水平線をきる。空間が裂けそうなほどの鋭い振りだった。
「そして貴方はお嫌いでしょう? この者達が」
 彼の前に現れたのは五つの人影だった。身長も体格もバラバラな五人組。
 だがロアはこの影を見た瞬間、目を見開き溜息をついた。
「……なるほど。私の仲間達か」
「いかにも」
 目の前にいた五人――『自分を抜かしたジョニー達』はそれぞれ武器を構え、ロアにいつでも飛びかかれるように待機している。
「見てわかるようにこれは私が作った幻影。だから普段の敵を相手するように対処すればよろしいのですよ?」
「そんなこと言われなくとも……」
 ロアが言い切るよりも先に『ジョニー達』は駆けた。ロアは仕方なくそれを迎え撃とうと剣を構える。
 後ろに『本当』の仲間がいるのだと何度も思いながら。
『いっけぇー! ソフィーの魔法で倒しちゃうんだからっ』
 『ソフィー』はソフィーとまったく同じ声、動作で杖を振りかざす。
 魔法の詠唱に仕留めると言うのが、魔法使いを相手にした時の戦いである。剣士よりも怖いのは広範囲の威力を持つ魔法使いである。
 ロアも先に『ソフィー』を倒すべきだと、ソフィーの元へ駆ける。風の力で加速を加えられれば、『ソフィー』の詠唱が終わるよりも先に辿り着けるだろう。
「悪く……思わないでくれ」
 斬ることを躊躇われたが、目の前いる『ジョニー達』は敵だ。本物は自分の後ろに、そしてもう一人は寝息をたてているはずだ。
『いやあぁっ! ロアちゃんっ!!』
 涙ぐんだ『ソフィー』の声にロアの剣が戸惑いを見せた。彼女の行動一つ一つがロアの知るソフィーであった。その『ソフィー』が自分を見上げている。
「そ……」
『甘い』
 背後の小さい影にロアは反射的に横に飛ぶ。飛んだ瞬間に見えたのはわずかに斬られた自分の髪の毛と鎌を振り切っていた『ケイ』の姿。
 仲間の姿でいることがロアを戸惑わせる大きな原因であるのは言うまでもない。邪鵠の言う、『戦略』としては申し分ないほどの出来である。そしてロアも仲間がでた瞬間に、本当に斬ることができるのだろうかと自分に問いかけていた。
 その答えが今でた。
 斬れない。一度、そう思ってしまうと『ジョニー達』を斬ることができない。しかし『ジョニー達』は躊躇いなく、ロアを敵として攻撃を仕掛けてきている。
 恐ろしいほど残酷に。
「ほら、私が言ったとおりでしょう? あの男には大事な仲間は殺せまい。人間というのはそういうものでしょう? なんと愚かな、その甘さが命を危険に及ぼすと知らないのか……」
「うるさいよ邪鵠。あんな偽者、オレなら……。ロア! あれはオレ達じゃないから……いいんだよ、倒しても」
「それは――無理でしょうな。あの男にそれはできまい。これは推測ですが、恐らくこの中では一番のお人よしというものでしょう? なら無理だ、私の作った幻影に殺されるだけのこと。やはり人間は面白みのない生き物ですな、その生き物に四天王が殺されるとは……」
 ロアの耳に邪鵠の言葉は届いていなかった。彼に見えるのは『ジョニー達』である。姿、声、動き、それが一寸の狂いもなくほぼ完全なジョニー達としてロアに襲いかかってくる。
 防御しか方法がなく、それもいつまでもつか時間の問題となってきている。このまま幻影が消えるのが早いか自分の体力が減るのが早いか。
 更にこの幻影、本当の人のように血を流すことができ、それがさらに追い討ちをかけた。
 仲間の血を見たらますます剣を向けることができない。
「例え甘いと愚かだと罵られても構わない。それでも私はやはり皆に剣は……っ!」
 『アルバート』のレイピアがロアの剣をはね飛ばす。
『どうしたよ、全然相手になんねーぜ、ロア。もっと激しく戦おうぜ、バースなんかとっくにお前の戦い方に飽きちまったようだぜ?』
『そう。もううざいんだよね、まとめ役? 何様のつもりだよ、馬鹿じゃないの』
『我らにまとめ役などいらぬ』
『本当に余計なお節介、お疲れ様ぁ〜。ソフィー達がすぐに楽にしてあげるねっ』
『もうさ……』
「ジョニー」
 『ジョニー』はロアを見上げていた。彼の知るジョニーの瞳でロアを。
『君はボクの仲間じゃないから。だから、さよならロア』
 声が重く心にのしかかる。偽りの存在と知りつつも、重さが変わることはなかった。それは自分がそれだけ相手のことを想っていたということであろうか。
 彼に否定されるのが辛いと、今このような場で知るとは――。
 本物の彼は今頃、あの場で安らかな寝息をたてているに違いない。自分達の正体を知らないまま、静かに。
 このまま正体が知れたくないと願ったのは我儘かもしれない。
 彼は五人と離れることを望まなかった。でも五人は別れを望んだ。
 悲しませることは知っている。でも彼を守るためには他に方法がなかった。
「……私は」
 剣を振り上げる風の音。呪文と唱える声、大地をかける音、そして仲間が自分の名を叫ぶ悲痛な声。
「すまない……」
 邪鵠はふっと笑みを浮かべた。これまでだなと静かに言葉を繋げて。
「いやああっ!! ……ロア、ちゃん……?」
 ソフィーは剣が振り下ろされた瞬間に目をつぶり、ロアの声も聞こえず恐れながらもゆっくり目を開けてみる。
『あ、がぁっ……てめぇ』
「皆、許してくれ」
 ロアの手には血のついたもう一本の剣。そしてもう片手には魔法で作った風の渦。
『痛い……痛いぃっ!!』
「どうか安らかに……」
 五つの幻影が叫び声をあげ、そしてやっと場に沈黙が訪れたのはそれから数秒後。
 ロアははね飛ばされた剣を拾い上げ、邪鵠に視線を向ける。
「……邪鵠。この罪、重いぞ。五体満足で帰しはしない」
 ふと自分の作る風に禍々しい力が含まれていることに気付く。怒りと悲しみが禍々しい力を作りあげているのだ。
 とても懐かしい力だ。魔王の時はいつでも感じていたこの力。
 それが今再び蘇る。
 この力なら邪鵠を殺すくらい他愛もない。別に殺しても構わない、誰も自分を責めたりはしない、この姿を見て怯える者などもういない。
「この力……魔王……様? ま、まさか、魔王様の筈が……」
 邪鵠は視力を持っていなかった。彼には物を見る瞳はない。かわりにあるのは人一倍優れた、気配を探る能力のみ。
 その能力がロアの発した禍々しい気配にいち早く気付き、
「確か人間の筈だ。なのに……どうしてそれが何故魔王様の気を……間違いか? いや……」
「今頃か。お前は賢い奴だと思ったのだがどうやらそれは私達の思い違いのようだね。そうだよ、お前の気配を探る能力は間違っていない。私達は五人で一人の魔王だ、そしてお前達の謀反はあの時確かめさせてもらった。わかるな? 邪鵠。お前の命はここで……」
「……。魔王様、この日を私はずっとお待ちしておりました……」
 邪鵠は静かに五人の前に跪き、そっと顔をあげる。顔をあげた瞬間、彼の何もない額がうっすらと線が引かれ、その線から赤い瞳が姿を現す。
 その瞳にロア達は見覚えがあった。
「私の役目は魔王様が不自由なくあらゆるものを排除し、歩きやすい道を作ること。魔王様のお怒りを買ったこと、私の命で多少でも報われるのであればいつでもお殺し下さい。しかし、最後に私の話を聞いてはいただけませんでしょうか?」
「じゃあ言ってごらんよ、邪鵠」
「有難き幸せでございます。……私の目的は謀反者である天雷・地禽・幽霞の監視と抹殺。その為に私は三人の信頼を得ることからはじめることにし、彼らに話しを合わせることにしました。そして時を見計らって、殺そうと思っておりました」
「しかし私達が現れたから計画が狂ったんだね?」
「その通りで御座います。私にかわって、魔王様自らの手であの三人を殺したのです。あの三人も魔王様に直接殺されたのなら幸せでしょう。魔王様こそ、主と仰ぐお方」
「邪鵠よ、では我らが作り出した最後の一人、冥夢はどうしておるのだ」
「冥夢殿も私と同じ考えで御座います。我々の願いはただ一つ、魔王様の為に命をかける覚悟でございます。魔王様、私の告白も終わりました。どうぞ、殺して下さい。魔王様のお怒り、謹んでお受けいたします」
 頭を垂れ、邪鵠は判断が下されるのを待った。決して死ぬことに恐れなどない。すべて魔王の為と思えば、死など笑いごとのようにしか思えなかった。
「頭をあげるんだ邪鵠。私達はお前を殺したりはしない。その赤い瞳――その瞳が開かれる時は真実を言う証。私はお前を信じよう、それにもう無駄に殺したくはないんだ……」
「魔王……様?」
 目の前にいるのは確かに魔王に間違いない。
 だがどういうことだろうか。その魔王が殺しを好まないなど。彼の知る魔王は殺戮を誰よりも愛する者だった。それを否定する気はなく、魔王が正しいのだとそう思っていた。
「驚くのは無理もないな。城は近いんだろ? どうせなら歩いて行こうぜ。色々話してやるよ、どうして俺達がこうなったかってよ」


 城は酷く寒い。
 城に足を踏み入れた瞬間に寒気が五人を襲った。
「平気ですか? 魔王様、御気分が優れぬようですが」
「問題ない。それよりオレ達、もうお別れなんだよね」
 彼らがいるのは城のある一室。一室といってもそこは大広間のように広い。
「えぇ、その通りで御座います。魔王様が四天王の三人を殺したことによってあの三人の力が魔王様に戻ったのでしょう。今の魔王様なら再び一つになることも可能かと」
「元に戻る方法がわからず、時に身を任せると言っていたのにただ四天王を殺せばよかっただなんて……どうしても殺すことが私達に付きまとうみたいだ」
「それでは私は席を外しますので。魔王様は本来のお姿にお戻りくださいませ。何かありましたらすぐにおよびください」
 邪鵠は深く一礼をすると部屋から出て行った。
「これで本当に最後だ。最初はあんなにも戻ることを望んでいたのに」
「ねぇ、アルバート。ソフィーはね、絶対にアルバートのこと忘れないよ。だってソフィーはアルバートのハニーだもん。一緒にパフェ食べたり、ココア飲んだり……楽しかった。ソフィー、絶対に好きな人ことは忘れないから」
 ソフィーの目は既に涙ぐんでおり、声もどこか弱弱しい。
「あぁ、俺だって忘れはしないさ。ソフィーのこと、今までのこと俺は忘れたりするもんか」
「わらわは、この旅のことを忘れぬ。例え、一人に戻って二度と会えぬともこの気持ちと思い出だけは決して失わせはせぬ」
 瞼を閉じれば思い出す――ジョニーとの出会い、仲間との交流、絆。
「もちろんだよ。忘れない、皆……私は皆と一緒に旅ができてよかった。ありがとう」
「ありがとか……悪くないかもねその言葉。オレも別に嫌じゃなかったし」
 悲しい別れだというのに、何故か笑みが浮かぶ。でもその笑みはどこか儚さを漂わせ、彼らが消えてゆくことを暗示させた。
「これで、我らは本当にさようならだ」
 ――願いが叶うならもう二度とジョニーがここに来ないように。二度と自分達に会わないように。そして幸せであればそれでよい。

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