「一緒に? もちろんじゃないか、行くに決まってる! あのまま皆とお別れなんてできる筈ない。ボクは行く、絶対に行くからね」
「そう……」
 冥夢は静かに呟き
「あなたならきっとそう言うと思った。ならついてきなさい、最後の地に。きっと城の前にはあなたの知る人が待ってるから」
「でもどうして君はボクの手助けをしようとするんだい? だって君は魔王の復活を望んでいたはずだろう?」
 冥夢は他の天雷達と違って、魔王のことを本当に敬っているはずだ。それなら、魔王の命を脅かすジョニーをここまで快く思うのだろうか。
「そうね、確かに魔王様の復活は望んでいるわ。でも今の魔王様の心中を察するとそれは正しくない。私達は常に魔王様の幸を願う。その為なら、人間と共に行動することになっても構わない。そう思ったからよ」
 冥夢はそう言うと、時間がないわと呟きジョニーの走るスピードにあわせるように駆けた。


 駆けてくる二つの影を見つけ、邪鵠はゆっくり姿勢を正した。
「何だ……知ってる人って、邪鵠じゃないか」
 ジョニーは構えようとするが冥夢がそれを静かに制止し、ジョニーは冥夢に従った。
「来たか人間……ではなく確かジョニーとやらだったな」
「邪鵠、魔王様はいかがなされているの? もう元のお姿に……」
「戻った。――すでに魔王様は完全なお姿となって、王座に座っていらっしゃる」
 邪鵠は先程のことを思い出していた。
 部屋から出てきたときはすでに見慣れた姿で現れ、邪鵠の顔を見るなり微かに眉を動かした。
『魔王様、この日を待っておりました』
 だが本当にそうであろうか? と邪鵠は心の中で自分に問う。
『お前の顔をこの姿で見るのは久しいな、我はずっとこの日待っていた。あの愚かな裏切り者を殺し、そして我はあるべき姿に戻った。……これであの女を今度こそ殺せる』
『――ですね?』
『そうだ。あれを我は必ず殺す、あの屈辱忘れたりはしない……』
 そして魔王はそう言うと、玉座のある広間へ歩き出し、邪鵠はその姿を見送っていた。その姿を見ながら邪鵠の脳内では五人の魔王が思い出される。
 ――明らかに今話した魔王は、前の魔王と違う別者のようだ。
 必ず逆らえることができないような、鋭い殺気を常に漂わせていた魔王が、それをまったく感じさせない――温かさを持つ魔王となった。冷たい印象が完全に消え去ったとはいえないが、それでもどこか物足りない……人間らしさを得たようなそんな気がした。
 あの人間の影響がでているのだと、そう邪鵠は確信した。ケイ達の辿ってきた道が今の魔王に影響されている。そして過去の邪鵠ならそれをよしとはしなかった。
 そう、彼もこの時間の中で変化をしていたのだった。
「もう、もう……ケイ達には戻らないのかい!」
 この人間が狂わせたのだと――
「今の魔王様には過去のような鋭さが残っていない。悪く言うなら生ぬるく、よく言うなら温かさがあるということだ。それもすべてお前が今の魔王様……ケイ達に影響を与えた結果だと言っても過言ではなかろう。そして、これは私の推測だが……今の魔王様はまだ完全に魔王になりきれていない部分があると見える。そこで私はまだ五つの体が一つに定着しきれていないと考えた」
「ということは……戻れる!」
「かもしれぬ、推測だと言っただろう? だがお前には覚悟があるのか?」
「覚悟?」
 邪鵠はゆっくり呪文を唱え始め、何も持っていない手から細長い――剣を創造しだす。
 白銀の剣が邪鵠の手で輝き続け、邪鵠が持つには似合わないほどの美しい剣。それを邪鵠はジョニーにむけ、
「この剣で魔王と戦う覚悟はあるのかと聞いているのだ。まさか話し合いで解決しようと思っているわけではあるまい? 残念ながらそれは無理だ、戦いは避けられない。ならお前は剣を持つしか道がない」
「……その剣でケイ達を戻せる可能性は? それにどうしてボクが剣を持つのさ。ボクだって武器くらい……」
「その下らぬムチで戦う気か? 戦いが始まった瞬間に殺されるぞ。それに人が作った物より私が作った武器のほうが優れていることぐらいわからぬか。そして、剣を持つことで魔王様が元に戻られるかどうかはわからん。それは私にも冥夢殿にもわからん。そもそも何故、私が人間に手を貸すのかそれすら不思議で仕方ない」
 だがそれはきっと、邪鵠が魔王のことを主として仰いでいるからだろう。魔王のことを想えば想うほど、何かをせずにはいられなかった。
「この剣でボクに魔王――ケイ達を斬れって?」
「そうだ。弱らせることができたのなら……もしかしたら、魔王様の内なる五つの心が動き出すかもしれない」
 何の確証もない、ただの大博打であった。
 斬っても魔王はケイ達に戻らないかもしれない。
 むしろ斬る前に殺されるかもしれない。
 勝率などほとんどゼロといってもいい。
 そして邪鵠も何故そう思ったのか、自分自身に理由をつけることができなかった。
 この邪鵠の気持ちを、冥夢もジョニーも気付いていた。二人も邪鵠同様、どうすればいいのかなんて知らなかった。
「これが大きな賭けだってことも、他にどうしようもないことも知ってる。でも今はこれしかないんだね、だったらボクは……君達を信じる」
 剣を手に取る。今までムチを持っていたジョニーの手には慣れぬ違和感だった。
「邪鵠、私達も覚悟を決めましょう。これでジョニーに負けるようでは魔王様に顔向けができないわ」
「覚悟ならもう出来ている。魔王様の為なら、朽ちることも果てることも恐れはしない」
「えぇ、私もそうです。その為なら魔王様に剣を向けることも……」


 魔王は向ってくる気配に閉ざしていた瞳をゆっくりあけ、来訪者がくることを待っていた。
 その時から来る人数を察していた魔王は、笑みを浮かべ一体どんな言葉を並べてやってくるのかを楽しみにしていた。
 扉が開かれる。明らかに異質な気配を持った人間と、自分のよく知る気配が。
「よく来たな。お前のことはよく知っている」
「お前が魔王……」
 ケイ達とは似使わぬ声と、姿。髪の色がバースにやや似ているくらいで、面影はほとんど残っていなかった。
「お前とはつれないな。邪鵠に冥夢よ、よく我の為に働いた。やはりあの役立たずの三人は不要だったな、だがあの役立たずが死んだおかげで我は元に戻れた。そう思うとあれにも感謝する必要があるか。……その人間、我への贄だろう? 本当にお前達は我を裏切ぬ、良い働きをする」
「いえ、それは違います魔王様。私達は……貴方様を倒しにきました」
「ほう。我を殺すと言うか?」
「私達は魔王様の為ならこの命消えても構いません。ですが今の魔王様は私達のお仕えする魔王様ではない」
「では冥夢。お前のいうお仕えする魔王とやらは誰だ?」
「それは……」
 魔王の為に働くことは彼女にとって生きがいであった。だが今ここで彼女の存在を否定されるような事態が起きている。
 一体、自分は「どの魔王」に仕えるというのか。
 一番初めの「冷たい魔王」か「目の前にいるこの魔王」かまたは――
「答えよ、冥夢。邪鵠でも構わないぞ。お前達は一体、誰に仕えるのだ?」
 魔王には変わりない。でも何故か、今目の前にいる魔王を敬うことも仕えるもできない。それだけは確かだった。なら一体どの魔王に仕えるというのか。
 過去の魔王、ジョニーによって変わった五人の魔王。
「冥夢殿。もう迷うこともないでしょう、すでに我々もわかっていたはず。誰にお仕えするかなど、もうあの場でわかっていたのだ」
 でもその答えを出さずに逃げてきたのは自分達だ。この事実を受け入れる自信がなかった。
「ありがとうございます、邪鵠。もう、わかっていたんですね。私達はケイ――ケイ様達を魔王様として仰ぐ。ケイ様達をお救いするために今ここで剣を取ります」
「仕えるはあの五人の魔王様のみ。だからその為に力を貸そう、ジョニー」
「冥夢、邪鵠……。うん。君達が仲間で凄く頼りになるよ」
 その様子を魔王は見続け、そして喉で笑うと
「なら誰でも好きに仕えるがいい。力の差、教えてやろう」
 魔王は余裕そうに手を三人に伸ばす。今の魔王に人を殺す躊躇いなどない。
 ジョニーには剣の構え方など知らなかった。だから自然とアルバートとロアの構え方を思い出すように構えてみる。とてもではないが、二人のように片手で剣を持つことはできなかった。こんなに剣が重いものであることを知らされる。
 その剣を二人は片手で楽々振っていたのか……。
「――いくわ」
 冥夢が影に溶け消え、魔王の影から冥夢の腕が魔王の首を狙う。彼女の手には短刀が握られており、首を斬るつもりでいた。
「無駄だ」
 首に行き着く手より、魔王の手のほうが早く冥夢の腕を捉える。真っ白く血が通っていないような腕。その細き腕が冥夢の手首を掴むなり、ボキリと嫌な音をたてた。
 冥夢の腕が痙攣を起こすように震え、魔王の手から滑り落ちると同時に、短刀も手から滑り落ちた。

「冥夢!」
 魔王の影が大きく揺らぎ、やがてジョニーの影が蠢くとそこから腕を押さえた冥夢がでてきた。
「……腕を折っただけだがな。腕が痛いか? それでよく我を殺すなど言える」
「まさか私達の力はこれで終わりではない」
「次はお前か……」
 邪鵠の作り出した風を見て魔王は呟く。だがその言葉は恐れではなく、ただの呆れ。
「我を扇ぐ必要はない」
 魔王は玉座に座ったまま、地の力を風の中心に送り込む。小さい地の塊が中心に飲み込まれ、その瞬間風が破裂した。
「滅することも容易い。それだけ我と魔力の差があることがわからぬか?」
「これが魔王の力……」
『もうボクは何であろうがばっさばっさと倒してやるさ。何かいたはずだよね? 魔王だっけ? あれが強いんでしょ?……この際、ドラゴンだろうが神だろうが何でもいいけどさ……』
 以前、ケイと初めて出会った時ジョニーはこう述べていた。だが今の実力では魔王どころか、ドラゴンですら倒せない、そんな弱い人間でしかないことに気付く。
 四天王の二人だって十分強い筈だというのに、その二人が赤子のようにまったく歯に立たない事態だった。
 ケイと旅を始めた理由は、『魔王退治』であって『ケイ達を倒すことでない』
 ケイ達は自分を倒すといった自分のことをどう思っていたのだろうか。
 それを望んでいたとは思いたくない。ケイ達も自分と同様の気持ちを抱いていたのならば……。
「どうした人間? 我に何かを思うか? しかし無駄だ、もう我は我へと戻った。お前の知る我ではない。我は魔王――」
 風がジョニーの鼻をくすぐり、微かに鼻を動かしたその時間――

「だから消えるがいい」
 鼻がつきそうな位置に魔王がおり、魔王の手には見慣れぬ剣。
 魔王の手が動き、後ろに引き寄せられる衝撃と、肩の激しい熱を感じる。
 その熱が剣による傷であり、後ろの衝撃は冥夢が間一髪でジョニーを助けた証拠であった。
「冥夢殿……!」
「わ、私は平気……です」
 折られた手首を触りながら冥夢は言う。ジョニーを強く引く際に腕に激しい痛みが走ったが、冥夢は自分のことよりもジョニーの命を優先させた。
 あのまま自分がジョニーを後ろに引かなかったら、今頃彼は死んでいた筈だ。
「ぐっ……あっ」
 だが無傷というわけにはいかず、ジョニーは斬られた肩を押さえ、痛みと出血を止めていた。
 斬られた肩が痛む。
 今まで、ここまで傷んだことがあっただろうか? と、ふとそう思う。
 何度も考えをめぐらせてみてもなかった。そのかわり思い出されるのはケイ達が自然と自分を守っていたことを。
 知らぬ間に彼は五人に守られ、ここまでこられた。
 ――ボクは……皆がいなかったらきっと……
「……楽にしてやろう」
 何か魔王が呪文を唱えていたが、ジョニーにはほとんど聞こえていなかった。
 冥夢の声も、邪鵠の声も。
 諦めなのか、何なのかそれもわからず、ただ肩が熱いことを感じながら――


 ――激しい熱がゆっくり引き、いつもの体温に戻る感覚をジョニーは覚えた。
 やられて死んだから痛みすら消えたのだろうかと、思っていたのだがどうもそれには様子がおかしい。
「な……何故……」
 魔王が自分の手を見つめ呟き、冥夢と邪鵠はその魔王を見つめていた。
 ジョニーの感覚が段々現実に引き戻され、痛みの感じぬ肩を見てみた。
「血が、止まってる」
 血どころか、傷すら綺麗に塞がっていた。
「魔法でも使わなきゃこんな傷……魔法……!」
 反射的に魔王を見、そしてジョニーの推測は正解していたといえた。
 魔王の戸惑いから察するに、魔王が想像しなかった出来事がこの魔法を唱えるときにあったらしい。
「どうして魔王が、我々に回復を……」
 口に出さねば答えを出すことができないように、邪鵠が言う。
「我の邪魔をするのか――我が!」
「ケイ……ケイ! 聞こえてるんだろケイ! 皆も……ボクの声が――だから助けてくれたんだよね! ボクはここにいる、いるから……戻ってきてよ。ボクがこのまま一人で引き下がる奴だと思ってたかい? 無理に決まってる、だってボク達ずっといてもいいんだよね? ――仲間じゃないか!」
 敵対しての別れなどやはり納得できない。
 邪鵠は魔王を弱らせれば、ケイ達を元に戻せると言っていたが自分はケイ達に刃を本当に向けることができただろうか?
 先程までの決意が今の魔王の行動で揺らぎ始め、
「ねぇ、戻ろうよ。また皆で一緒に旅しようよ、今度はいっぱい思いで作ってさ。離れたくないよ……このままでボク達、終わりにしなくないんだっ!」
 五人に届くように、ジョニーは叫んだ。
 答えを返してくれる、そう信じながら。


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