それは少し前の話で、女性が森で体験したことだ。
 女の名はリナ。リナの日課は朝の散歩で、今日は近くの森を探索していた。魔物も昔に比べたら減ったほうで、仮に出たとしてもリナの実力なら魔物を撃退するくらいの力は持っている。

 母も父もそして祖母たちも魔物によって殺された。魔物に襲われ、幼きリナの脳裏には血まみれで倒れる家族の姿しか見えない。その時ほど自分の無力さに嘆き、魔物を憎んだことはない。
 もしあの時戦える力があったのなら、もしあの時魔物がいなければ……。
「今更言っても仕方ないのにね」
 リナは呟き、またゆっくり歩き始める。それは通りの風景で、そこにいるのもいつも通りの自分。そこから何かが起ころうとはまったく思ってもみなかった。
「あぁ、家に着いたら朝ごはん作らなきゃ……」
 だがそれは『あるもの』によって崩され、いつも通りがいつも通りにならなくなってしまった。
「目玉焼きと、水色の男……え? ちょっ……ちょっと! 大丈夫!?」
 リナの目の前には五人の男女が倒れていた。倒れているという平凡な表現を使っていいのだろうか、しかし目の前の状況をうまくあらわす言葉が見つからなかった。
 人間と呼ぶかどうかも怪しい。それほど彼らは人間離れしているとリナは直感的に悟った。
「ねぇ……しっかりして……」
 指が青年の髪に触れる。
 それは綺麗な水色の髪だった。触れると意外に髪はさらさらとしており、彼の瞳が確認できるかできないかの瞬間、
「…………だ?」

 微かに青年の口元が動き出す。思わずリナはその手を引き、周りを見ると他の四人も閉ざしていた瞳を開く。
「あ、私は……」
「オレ達どれくらい寝てた? ……てか何でこんな場所にいるんだよ?」
「あたしが二人……いえ五人かしら?」
 彼らの言う意味がリナにはさっぱりわからなかった。
 五人の瞳はまだぼんやりとしていたが、それも数分たつと瞳が徐々に輝きを取り戻し、彼らときちんと会話と交わせることもそう遠くはなかった。
 この時不思議な五人組だとリナは思った。
 何故こんなところで倒れていたのかも謎で、そもそも彼らの素性が謎だ。
 そんな疑問点が何個も浮かんでは消え、リナは歯がゆい様子で五人を見る。五人はリナを見るなり、友好的な表情で
「とにかく助かったわ。貴方がいなかったら、あたし達あのままだったみたいだから」
「……私は何もしてないわよ。だって呼びかけただけだし……」
 それは真実だ。特別何かをしたと言うわけではない。
「……それが俺達を呼び覚ました。今まで眠っていた俺達をお前が呼んだんだ」
 水色の髪をした青年の目は髪で隠れ、今どんな表情をしているのか理解することはできなった。
「おい、スイフリー。そんな面で言っても相手が困るだけだろ。なーに、怒っちゃいねぇよ。安心しなって」
「ジャック! いきなりそんな口調で喋るほうが失礼ですよ。ちゃんと礼儀は……」
「あーセイラは硬いねぇ。そう言うなって」
 ジャックは大して気にもしてないのか、声をあげて怒るセイラを適当になだめている。だが喧嘩をしつつも仲がいいように見える。
「もうオッサンはうるさい!」
「それでガキはガキでキャンキャンうるさいってか?」
「なんだと!」
「止めろ。タッド、ジャック」
 スイフリーの声に二人は喧嘩をやめる。タッドは渋々と言った感じだが、ジャックはすでにわかっていたと言わんばかりにあっさり身を引いた。
「ねぇ貴方達は誰なの? それになんであんなところにいたのよ?」
「戦いの決着がつかなかったからだ。あの時、俺達はあれを仕留め損ねた。その代償として今まで眠っていた。五つの体になって……」
「それって分裂ってこと? じゃあやっぱり貴方達ってただの人間じゃないのね」
「そういうお前は人間だな。名は?」
「リナよ。貴方は……確かスイフリーだったわよね? だって、その大きい人じゃなくてジャックがそう貴方を呼ぶから」 リナは目の前に立つスイフリーに問いかける。彼は相変わらず表情は読めなかったが、その時は僅かに笑みを浮かべた――そんな気がした。
「あぁ、そうだ。だから普通にスイフリーと呼ぶといい」
「なにカッコつけてるのかしらね、この男は。あぁ、忘れたわ。あたしはアンよ」
「宜しく。それで正体は何なのよ。ここまできたなら教えてよね」
 明らかに厄介ごとを持ち込むということは知っていた。それでもあえてリナはその厄介ごとに巻き込まれたかった。 今の生活を変えたかったという願望があったのかもしれない。
 それかこれは自然に組まれた運命か……
「正体……か。俺達は――」
 まだこの話を完全に紐解くには早い。

 ジョニーの知らぬ場所で新たな出会いがあった。
 リナとスイフリー。
 彼らの出会いにより、リナの人生はやはり大きくかわる。
 まるでジョニーがケイと出会ったときのように――


 そしてジョニーは五人のいない世界に心の空虚を感じていた――


Fate
第2章 再生の足音


 それは甘美な夢だった。
 だが甘美過ぎて痛い――


 よく夢を見る。
 幸せなあの頃の夢を。あのまま時が止まっていればと何度も思った。
 むしろこのまま夢を見続けられるのなら。

 でも夢は必ず終わりを告げ、自分は現実に引き戻されるのだ。
 誰も居ない、この悲しい世界に。
 隣にいた少女も、いつも元気に笑う少年も誰も自分の傍にはいない。彼女達は消えてしまった。自分を置いて、どこかに。
 どこかなんて知らない。でもきっともう会えない場所に少女達は旅立った。
 自分の目の前で笑みを浮かべながら。
 何度も行かないでと叫んでも行ってしまう。
 一体、自分になんて言ったのかすら聞こえない。見るのは悲しい笑みと後ろ姿。
 声をあげて、何度も泣いて、それでも振り向いてくれない。
 そしてその度に彼は夢から覚める――



 気がつけばそれを繰り返している気がする。寝ては夢を見て、泣いて起きる。その後、何をしているか曖昧で思い出せないが一応生きているらしい。そして眠りに落ちて甘美な夢を見て、また涙で目を覚ます。
 こんなに泣き続けていればいつか涙も出なくなるだろうと思っていたが、涙が枯れることがなかった。むしろここまで泣ける自分に感心したくなってくる。
 いい加減、いなくなったことを認めればいいのにそれをすることができなかった。いつか自分の目の前に出てきてくれるのではないかという淡い期待を持って――
 それでもその期待が叶ったことはない。会えるといえば夢の中だけだ。
 夢では五人はまだ自分に笑みを浮かべてくれる。
 でも夢が覚めかけてくると笑いから悲しい表情に変わり、それが夢の終わりなのだと告げる合図ともなっていた。
『覚めないで、もっとこのままでいたい』
 そう夢で言ったこともある。だが五人はそれを承諾せず、去っていくのだ。
「大した夢だよ、まったく……」
 『あの後』実家に帰ったジョニーは暫く何も手につかず、塞ぎこむ日々を送っていた。両親も流石に心配し、何度もジョニーを元気づけようとしたがジョニーはその両親の行為に答えることができず、ただ空しい時間を過ごしていた。
 今では多少元気になったものの、やはり彼の闇をはらうことはできなかった。
 この闇は誰にもはらえない。ジョニーはそう思った。
 心にぽっかり開いた穴を埋めることはできない。穴は五人との思い出であって、五人のいない今は埋まることのないもの――
 女優の夢も諦めかけ、進む気もなく今はただ生きていることしかできなかった。好きだった化粧もどこか乗り気がしない。
 気持ちを改めようと髪を切っても、彼の心は相変わらず抜けたままだった。
「浮かない顔をしているようですね」
「っ! その声……」
 ベッドから起き上がり、窓を見る。
 窓の淵に男が座っている。その顔を忘れることなどない。
「邪鵠……。一体、今更ボクに何か用?」
「邪鵠だけじゃないわ、ジョニー」
 彼の影からこれも見覚えのある顔――冥夢が姿を現す。
「何だい二人揃ってこんな場所に……。ていうか用件は手短にしてくれるかい。ボクはこれでも忙しいんだ」
「過去の夢に浸ることがか?」
「邪鵠!」
「煩い! ボクがどんな夢を見ようとボクの勝手だろ!」
「確かに甘美な夢を見ることは悪くない。だがいつまで夢に逃げる? それをあの方々は望んでいたか?」
 言われたくないことだった。ジョニーは邪鵠の台詞に何度も否定する。
「ボクの悲しみなんてわかるわけない! 目の前で、目の前で……皆は」
 そう言えば楽になるような気がした。
「悲しみを知らないとは言わん。悲しみはわかる、我らだってあの場にいた。あの場で魔王様が消えゆく瞬間を見届けた」
「ジョニー、貴方はきっといつまでもこうしてても仕方ないことを気付いているのでしょう?確かに魔王様がはいなくなられたけど、最後が貴方であってよかったと思っている筈。それだけ貴方を信頼していた、私達よりも遙かに……」
 邪鵠。魔王の力で生みだされた存在、そしてロアの対となる存在。
 冥夢。魔王の力で生みだされた存在、そしてケイの対となる存在。残りの対はケイ達の手によって死んでしまっている。邪鵠と冥夢が変にケイとロアに被り、ジョニーはまた仲間のことに想いを馳せる。
「だからお前がしっかりしないと困る」
「……君達はボクに何が言いたいのさ?」
 邪鵠はテーブルに地図を広げだす。この大陸の地図だ。
「ここに大学があるのはわかる?」
「あぁ、そこね。昔、進学する時に候補にした場所さ。結局行かなかったけど」
「なら話は早い。そこに行けばお前の憂いはきっと晴れるだろう。何故ならここにはお前の求める答えがある」
「……なにそれ、意味がよくわからないよ」
 邪鵠は先程より丁寧な口調で
「私には行けない。あそこに何があるとわかっていても行くことができない。適材適所というものがある、あそこに行くのは私ではない――お前だ。お前しか救えない、だから私は託すのだ。お前があの方を探し出すことを……それを私は願ってる」
「きっと貴方なら見つけてくださる筈。邪鵠も私も信じるわ、これは貴方しかできない」

 何か心の中に光がさしたような気がする。
 二人の口調から察するにそれはジョニーにとって大きな光だった。闇を振り払うほどの大きな光、ずっと待ち望んでいた温かい光。
「あ、あの方ってさ……ねぇ! 本当にそう言うのかい!?」
「もう私には言えない。自分の目で確かめてくるといい。捜すのに時間をかけた、何度気配を探らせたことか……そして見つけ次第お前に話さねばならぬと思った。私達にはそれくらいしかできない、だからかわりにお前は私達に結果を見せてくれ。これからどう歩んでいくのか、破壊を捨てたあの方達とお前はどう進んでいくのか。それを私と冥夢に見せてくれ」
 この時、初めて邪鵠は静かに頭を下げた。人間には頭を垂れない邪鵠が初めて、ジョニーにすべてを託した瞬間だった。
「……ボクは行くよ、進まなきゃいけない。君達にボク達の姿を見せるために」

「えぇ、いってらっしゃいジョニー」
「うん、いってくるよ邪鵠、冥夢」
 ジョニーの瞳はもう死んではいなかった。前に進む理由を得て、ジョニーは飛び出すように家から再び旅立っていった。
 誰もいない一人旅。
 昔も一人旅だったが、今は違う。
 今は五人を捜し出すために彼は一歩を踏み出した。


 邪鵠の示した大学は意外に早く着いた。
 それだけジョニーの気持ちが焦っていたということだろう。邪鵠と冥夢の言葉から推理すると、この大学に五人の誰かがいるかもしれないという。
 邪鵠と冥夢はきっとあの後、懸命に五人を捜していたに違いない。ジョニーが塞ぎこむ間ずっとがむしゃらに……。
 だからこの二人が繋いでくれた気持ちを受け取らないわけにはいかない。自分にできることは捜し出すことだけだ。
 待つだけが選択肢ではない。捜し出すのも立派な選択肢だ。
「諦めない、ボクは絶対に……」
 生徒が門を通りすぎ、ジョニーは何度も通り過ぎる生徒を見た。今の所、知っている顔は見つからない。だが、こんな場で一体五人は何をしているのだろうか。
 わざわざ大学に通う理由などない筈だ。
 なら何かしらの理由でこの大学にいなければならないということとなる。
 学生? 教師? わからない、でも見間違うことなどないとジョニーは言い切れた。
 仲間の顔など忘れたことは一度もない。鮮明に彼の脳裏に残っている。
「それでさ……」
 三人の生徒が横切った。
 皆、個性的な服装をしておりジョニーがこの大学を受けようと思った理由はこの個性の自由さであった。
「ぁ……」
 髪が揺れる。
「ま……」
 声がうまくでない。でも今ここで呼び止めなければいなくなってしまう。
「ま、待ってくれ!!」
 声が震えていた。でもその声は三人の耳にしっかり届いていた。


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