「……スイフリー!」
「何故、人間であるお前がそこまでする? 魔王だとわかっているだろう」
「魔王? それが一体何の関係があるっていうのにさ。バースは……皆はボクの仲間だ! 仲間を傷つけるっていうならボクは…………守る為に戦う! それが神様であったとしても」
「神に歯向かうとは本当に恐れというものを知らないらしい。だが俺達は人間に危害を加えるつもりはない、やるのは魔王だけだ」
 落とされた槍を素早く拾い、再びバースへと向ける。槍はまた微かに光を帯び、バースの地面にも消えかかった魔法陣が映し出された。
「やらせない!」
 鞭をしならせ、次はスイフリーの槍を絡めと取ろうと槍に鞭を縛りつけ勢いよく引く。
「……人間には手をあげるつもりはない」
「でもここでボクが離したら、スイフリーはその槍でバースを消すんでしょう? ならそれはできない。……ねぇ、今すぐこの場から退いてほしいんだ」
「何をいきなり……それこそできない話だ」
「ならボクがその魔方陣に突っ込む。そうしたらバースだけじゃなくボク……人間まで浄化することになるよ、それでもいいのかい?」
「神と取引する気か……」
「取引なんて言わないでほしいね。これはお願いだよ、仲間を助けるボクからのお願いさ。このまま消されたくないんだ」
「理解に苦しむな、人間も魔王も……そこまで互いに守ろうと思う気持ちが理解できない。魔王が人を人が魔王を。一体何がそこまでお前達を変えた? そこまで我々と戦うことを拒む理由は……」
「それは簡単な話だよ。……ボク達は『大事』なものを知ったから。その大事なものを守る為にボクは戦うんだ、それに本当は争いなんて誰もしたいとか思わない。ボク達も……多分リナも」
「大丈夫! スイフリー!?」
「リナ、俺は問題ない。それよりお前は……」
 背後には息を切らせたリナが立っている。
「その鞭を離しなさい。もし貴方がスイフリー達に危害を加えるのなら……私はそれを大人しく見ることなんてできない。貴方があの魔王を守るように私だってスイフリー達を守るわ」
 ナイフを再びリナは構えるのだが、その瞳は先程ジョニーと対峙していたときに比べるとややぼんやりした表情だ。
「リナ、もうよせ」
「大丈夫よ、スイフリー……私はまだ……」
 リナの体がふらりと揺れ、スイフリーは目の前で倒れるバースや前に立ちふさがるジョニーのことすらも無視しリナの元へ駆け寄る。
「無理するな、体に響く」
 スイフリーは戦っていたことを忘れるほど無防備であった。ジョニーの鞭が絡み付いていた槍はすでに消えており、彼は崩れ落ちるリナを優しく支えている。
「……退くぞ」
「スイフリー……!」
 声をあげようとリナはするが、目が一瞬見開き苦しそうに自分の胸を掴む。
「リナ! ……いいから無理をして喋るな、俺達はお前を犠牲にはしない」
 スイフリーは苦しむリナの体を抱え抱きあがる。同時に今まで戦闘をしていたアン達もケイ達から刃を引き
「……魔王、今回は退かせてもらう」
「ねぇ、リナって……」
「お前達には関係ない。……ジョニー、先程の魔方陣は人間が入ったとしても何ら問題もない、だからあの『お願い』は無意味だった」
「じゃあスイフリー、君は最初から……」
 何も答えず歩き出すスイフリー達の背中をジョニーは見送った。彼等はジョニー達から手を出さないことを知っているから背を向けても問題ないと考えているのだろう。
 暫くスイフリー達を見送っていたが、すぐに倒れたバースのほうへ視線を向けた。


 そこには多くの酒と甘味物しかない。

 というのもテーブルには飴を包んだ紙が無造作に捨てられ、その一方では空になったボトルが数本置かれている。
「よくそんなに飽きもせず甘い物ばかり食べられますね。いつか病気にでもなるがいい」
「飲んだくれには言われたくねぇよ」
「……飲んだくれではなりません。ただの酒豪です」
「それが嘘くせぇんだよ、シムメール! いや臭いのはお前の口か?」
「口を慎みなさいグヴェン。飴のかわりに唐辛子でも入れて差し上げましょうか?」
「は、くだらねぇ話はよそうぜ」
 グヴェンと呼ばれた男は懐から飴を取り出し、口に放り込む。紫の髪に浅黒い肌であるこの男はただ立っているだけで十分威圧感を与える存在であった。彼が動くたびに装飾品が音をたて、それに加え目つきも悪く体つきのいいグヴェンが立っていればやはり皆、そこへ目がいく。
「振ったのは貴方でしょう、まったく……」
 逆にシムメールは体つきが細く、グヴェンの隣に立つとひ弱な青年に見えてしまう。やや青白い肌に肩で揃えられた金髪が更にそれを感じさせる原因なのだろう。
「何一つ、話が進んでいないじゃないですか。まさか目的を忘れてただ菓子を食いにここに来たのなら怒りますよ?」
「まさか、つかお前こそちゃんとやってるのか? 何だか酒飲んでるところしか見てねぇんだけどな」
「私とワインは離れぬ存在ですよ、毎回飲んでるのは当たり前でしょう。それよりあの存在、早く消したいですね……」
「そいつは同感だ。今まで送った奴等もあっさりやられちまったしな。でも一体今度はどうするって言うんだよ」
「今度は少し趣向を変えてみましょう。外部からが駄目なら内部からですよ」
 グラスを置き、代わりにシムメールは懐から黒い石を取り出す。それは彼の手に乗るくらいの小振りの石であり、グヴェンにはそれが一体何であるのかまったく理解できない。
「……なんだその黒い石は。そんなもんで何ができるっていうんだよ」
「これでわかるようなら貴方は立派な秀才ですよ、まぁ凡人か馬鹿にはまったく想像も付かない品でしょうけど」
「お前よ、そんなことばっかり言ってると周りから嫌われるぜ? 性格悪くても地位は立派なもんなんだろ?」
「甘いですね、外では演技していますから問題ありません。……話を戻すとこの石は少々面白い効果を持っているのですよ」
 シムメールの隣にある水鏡をそっと指で撫で、黒い石を躊躇なく水鏡の中に入れる。
「おい! なにしてんだよ、やっぱり酒でやられたか?」
「馬鹿ですか、貴方は? これはここに入れるためにいれたんです。この水鏡は遠くの場所を見ること以外に、あれくらいの小さい物質なら転送できるように魔力をかけているのです」
「ただの覗き鏡かと思ったら、そんなもんまで備えてあったとはね……」
「極力、手を汚さない私にとってこの水鏡は重宝するものですから。ですから私達はこの水鏡からあの石が何をするか見ていようではないですか」
 グラスを手に取り、ワインを口に含む。
「結局、アレが何かは教えてくれないわけか」
「ではヒントを一つ差し上げましょう、あの石は体が弱っていれば弱っているほど都合がよいのです」
 水鏡はゆらりと波紋が広がり、その水面にうっすらと銀色が光って見えた。


「……あいつ、大丈夫かな」

 アルバートは自室に向かいながら呟く。
 神との対峙の後、宿屋に慌てて運び込みずっと部屋で寝ているバースのことを――。
 アルバートは自室に戻る前にバースの様子を覗いて行こうと、バースの部屋へと向かう。一応、起こさないように静かに覗いてから帰ろうと扉を開けるが部屋に入るなり夜風が頬に当たり、バースが寝ていたベッドはもぬけの殻だ。
「なんだ、トイレか? 洗面所か?」
 試しに声をかけてみるがバースからの返答はない。部屋のカーテンが風で揺れ、アルバートはとりあえず扉を閉めようと窓へ近寄る。
「……まさかあれ、バースか?」
 暗闇でも目立つ銀髪がアルバートの目に映り、アルバートは駆け出すように宿から飛び出す。
 仲間に何も告げず飛び出したが、何も言うこともないだろうとアルバートは特に宿を振り返ることなくバースらしき人物がいた場所を重点的に捜し始める。
「奥まで行ったのかよ……ったく一体、何考えてるんだ」
 体を大事にしてないといけないだろうという言葉は本人に会ったときに言おうと、アルバートはその言葉を飲み込み、更に奥へと足を運ぶ。
 足を踏み入れ暫く歩くとバースの銀髪が再び彼の目に映り、アルバートは大きな声で名を呼んだ。
「バース! ちゃんと大人しく寝てろって」
 アルバートがそう語りかけてもバースは彼の方を向こうとせず、アルバートに背を向け立っているだけだ。
「聞いているのかよ、バース!?」
「煩いよ」
 やっと発せられたバースの声には殺気がこもっており、自然とアルバートの体は硬直する。
「なに、お前。オレに説教で言いにきたわけ?」
「別に説教とかじゃなくてただ心配だから」
「心配? お前がオレにそんなことするの? 別にお前の『心配』なんてあてにならないのに、人一人守れない奴の『心配』なんてそう簡単に信じられると思うの?」
「ば、バース。お前、何を……」
「わかんない? お前がウザイって言ってるんだよ、人一人殺しておいてそれで心配なんかされても鬱陶(うっとう)しいだけなんだよ」
 このとき、初めてバースはアルバートのほうを向いた。その瞳は面白いものでも見るような顔をしており、バースは笑っている。
「言い返せば? 俺は皆を守る勇者だって。なんて言っても本当は誰も守れない男だもんね、今度は一体誰を犠牲にするの? お前の身勝手さで殺されるなんて真っ平だよ」
 バースの言葉にアルバートは何一つ返すことができなかった。バースの言うことは確かに今のアルバートにとって正しいことであり、アルバートは自分のミスで少年を失ってしまっている。
「可哀相なリドル。こんな奴についていかなければあんなことにならなかったのに……まだ若かったのにね」
 アルバートの前にバースが歩み寄ると
「……この人殺し」
 にこりと微笑み、アルバートの鳩尾(みぞおち)に拳を入れていた。
「ぐ……ぁっ!」
 完全に油断したアルバートは受身も取れず、鳩尾を押さえたまま地面に崩れこむ。いくら強靭な体になるべく鍛えていたとしても油断した状態では強靭な体も何の役にも立たない。
「本当に馬鹿な奴」
 バースの足が強くアルバートの手を踏み、アルバートの呻き声をあげる度バースは冷たい笑みを何度も浮かべた。
「オレがあの時励ましたことも鵜呑みにしてさ、あんなの嘘に決まってるじゃん。なのに一人で泣いてさ本当、馬鹿みたい。こんな馬鹿、いらないよね? 消えなよ」
 アルバートはバースの顔を見た。
 冷たい目は自分に向けられ、リドルを失わせたことを容赦なく責められていることを嫌でも感じる。だが……とアルバートは振り返る。
 あの時、自分を慰めたバースの台詞が嘘であったとは思えない。普段からあまり感情を出さないバースだからこそあの時言った台詞は本当の優しさではないかとアルバートには思えたのだ。
 それにここまでバースに嫌われた記憶もない。
 以前は嫌われていたが、和解した後はうまく付き合っていた筈だ。
「…………くろ……い?」
 バースを見上げる位置にアルバートはおり、風でバースの髪が揺れるたびバースの額に黒いものがちらちらと見えていた。
「お、お前には関係ない!」
 バースの足がアルバートの手から離れ、額を押さえる。
「バース?」
「……るさい、名前を……やめ」
 額のことに触れた途端、バースの様子がおかしくなりアルバートは痛む体に無理やり鞭を打ち、何とか立ち上がると、
「どうしたんだよバース。お前、何かおかしいぞ……。その額にあるのは何なんだよ」
「だま……れ。お前には……アルバート、早く」
「やっぱり変だよお前、いくら嫌われてたってあんなこと言うわけない。バースがあそこで俺に嘘をつくなんて……」
「黙れ!」
 バースの手に炎が集まってくるが、スイフリーとの戦いでバースの炎は削られ普段の半分も出ていない。
「やめろバース! そんな体で炎なんか使ったら……」
「煩い、煩い!」
 肩に炎をまとったバースの拳が当たるがアルバートはバースの手首を掴み、逃がさないようにバースの瞳を見た。
「俺、バースのこと信じてるぜ。あの時言ったことがバースの優しさだって!」
「……アルバート……、早くオレを……」
「バース? 今、なんて」
「早くオレを……倒せ、オレがまだオレでいるうちに……」
 炎が揺らめく。
「お前やっぱり何かに……その額の黒いやつか」
 触れようと手を伸ばすと、その手は冷たくバースに払われ
「触るな! 離れろ!」
「離さない! 絶対離すもんか、それにお前を倒さない!」
 肩から炎による痛みが体中を駆け巡るのだが、それでもアルバートはバースを離そうとしない。
「決めたんだ、俺はもう誰も失わせないって。だから誰も犠牲になんかさせるか!」
 アルバートの指がそっとバースの額に伸ばされ、額に埋め込まれた黒い石に触れた瞬間、ばちりと指と石が弾けアルバートはバースの体から引き剥がされる。
 石はバースの額から離れ、ふわりと宙に浮かんでいる。
「……こいつさえ壊せば……!」
 腰にさした剣を引き抜き、浮かぶ黒い石を粉々に壊す。
「バース!」
 バースは石が入っていたときに体の自由を奪われており、離れた瞬間に体は崩れ落ちるところまではいかなかったが近くの木に体重を預けている。
「おい、大丈夫だったか!? 畜生、何だよあの変な石はよ……」
「……お前、怒らないんだ。オレがあんなこと言ったのに」
「だってあれはお前の本心じゃなくて、あの石が勝手に操ってやってたことだろう? 俺は俺なりにバースのこと信じてるんだぜ」
 そっと差し出されたアルバートの手にバースは少し戸惑ったが、大人しく借りようと手を伸ばす。
「ん、ちゃんと宿まで貸してやるよ。ほら、肩掴まれ」
「肩ってちょっと身長に差があると思うんだけど……」
「まぁ、それは我慢してくれよ。宿に着くまでの我慢ってやつだろ」
 バースを支えアルバートは歩き出す。
「アルバート」
「どうした? 気分でも悪くなったか?」
「……悪かったね、嘘でもあんなこと言って……」
 それは消えそうな声であったが、バースはアルバートに謝罪の言葉を述べる。ただ面と向かって言えないのかやや顔を逸らしたままだ。

「…………こりゃあ、明日は雨か豹が降りそうだな」
「お前、豹じゃなくて雹だろ! それにそれ、喧嘩売ってるの?」
「いや、なんていうかバースが俺に対してそんなこと言うのが信じられなくてさ。俺、バースに嫌われてなくてよかったぜ」
 にこっと笑うアルバートを見て、バースはやや視線を逸らし
「……あ、そう」
「何だよ照れるなって」
「煩い! 別に照れてなんかいない!」
 バースはそう叫ぶが、その声にはやや照れが含まれていた。

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