院長の申し出を受け入れ、こうして三人と一匹は通りの中央にそびえ立つ大聖堂に向かって歩み始めた。
 麓町は相変わらず十字架が多いが、その中で一際違った雰囲気を自然とかもし出す建築物が目に入る。丸い赤屋根が特徴的な建物は人が静かに入っていっては静かに出て行くことを繰り返し、入る者は聖職者が多かった。
 ここが大聖堂のようだ。院長とロアは口を揃え『ここは聖の気を多く感じる』と言っていたが、ジョニーにはいまいちそれが理解できない。
「では参りましょうか」
 大聖堂の扉に手をかけ、ゆっくりとその扉を開ける。中に一歩踏み入れた瞬間、ジョニーは思わず大聖堂の広さにはっと息を飲んだ。以前、記憶を失ったロアと出会った教会より、大きさも雰囲気も違っており、今初めて『聖の気が強い』という意味を体で知ったような気分であった。
「ジョニー、悪いがちょっとルイを預かってもらっていいかい? 流石にルイを連れて祈ることはできないから」
 ロアの腕からジョニーの腕の中へルイは飛び乗り、更に院長からバスケットを受け取ると、邪魔にならぬように壁にもたれかかった。
 二人の姿を見送るとジョニーは改めて大聖堂内を見渡してみる。
 高い天井には光りが常に注ぎ込まれ、赤いカーペットに丸い光りの円ができていた。左右には下に続く階段があり、たまに聖職者が下へと降りていく。
 ジョニーの視線は上、左右へとせわしくなく動くが最終的にはロアと院長の姿を追っていた。二人は聖母像の前で跪き、手を組むと祈りを捧げていた。この位置からでは二人の顔をしっかりと見ることができないのだが、どうみても信仰に深い聖職者の背にしかみえない。
 その時、扉が再び丁寧に開けられた。
 また祈りを捧げにきた聖職者だろうとジョニーは特別、相手を見るようなことをしなかったが自分の横を通った時、自然と相手の横顔が目に入る。ジョニーは声をあげそうになるが呼べず、早歩きでその後を追う。
 院長とロアの祈りが終わり、ロアが振り向いた瞬間に水色の髪をした男はその歩みを止める。男の後ろには五人の男女とジョニーの姿。
「スイフリー……何故ここに君達が」
「それは俺の台詞だ、魔王であるお前がいるにはふさわしくない場だ」
「その恰好だっておかしいんだよ、魔王のくせに十字架なんかつけやがって。……前は逃がしたけど、今度こそ逃がさないからな!」
 タッドは以前逃げられたことをいまだに悔しがり、すでに懐からは銀に光るナイフが見え隠れしている。
 大聖堂内の聖職者達はこの様子を多少、気にしていたようだが視線はすぐに出口に向けられ、扉に手をかける。だが何度、扉を押しても引いてもまるで騙し絵を相手にしているかのように扉はびくともしない。ならばと、強く扉に体当たりをしてもやはり反応はない。
 周りは突如、開かれない扉にざわざわと騒ぎはじめ近くの窓に手をかけてみるが、窓も扉と同じようにまったく開こうとしない。
「皆さん、ひとまずこちらへどうぞ! さぁ早く!」
 地下へと続く階段の前で一人の少女が叫ぶ。
「え? 何が一体どうなってるんだい?」
 ジョニーはこの流れが理解できない。とにかく今現在わかることは外へ出る手段がたたれ扉がたたれ、閉じ込められてしまったことだけだ。それは聖職者達も同じであったが、この少女の言葉には不思議と納得する何かがあり、皆はやや戸惑いの表情を見せながらも地下へと降りていく。
 自然とジョニー達とウェーブのかかった金髪の少女だけが残る。
「無事、無関係な人は避難させましたわ。これなら自由にやれますでしょう?」
 少女はにこりと微笑み、白いマントに隠してあった剣を抜く。
「ご安心を、神。私……いえ私達はそこにいる魔王を倒す為、貴方に協力するためにここにいます」
 すっと柱の影から男が姿を現す。だがそれは人の姿ではなく狼の姿をした男であった。全身を覆う青い毛と金色の瞳はロアを見つめ、手にした斧を構える。
 獣人だ。
 スイフリーはその二人組に最初、不信感を覚えていたが二人の放つオーラが悪しき『魔』ではなく、自分達と同じ『聖』であると判断とすると『そうか』と静かに呟く。
「魔王との戦いで五つに分かれた神、私達は神を一人に戻す為なら全力を尽くすことを誓います。……さぁ、神。神の名において、不浄である存在を消してしまいましょう」
 少女の剣はロアに向けられ、今まで人間のいる手前、武器が出せなかったスイフリー達も武器を取り出し、早い者はすでにロアに向けて攻撃を仕掛けている。
「ここで終わりにしてやるよっ!」
 勢いのついたタッドの猛攻は激しく、ナイフの雨がロアに降り注ぐ。ロアはその雨を風で振り払い、距離をとるがその先をセイラの魔法とアンの銃が襲い、背後からは獣人とスイフリーとジャックが待ち構えるという四面楚歌の状態であった。
「ロアっ!」
「お待ちなさい。人間である貴方がた三人はこれ以上進ませるわけにはいきません」
 自分達の仲間のもとへ向かおうとするジョニー、院長、リナの前に少女は立ちふさがる。
「何で私まで……私はあの魔王に用があるのよ」
「リナ、それも駄目だ。君は復讐する為に行くんだろう? だったら行かせることはできない」
「いい加減に私達の邪魔をするのはやめてジョニー。これは私が私自身に交わした約束なのよ」
「復讐するのが自分に向けた約束なんて間違ってる!」
 ジョニー達を押し切ろうとするリナの手をジョニーはとっさに掴む。
「離して!」
「嫌だ。例え彼等が魔王であってもボクには大事な仲間であることに変わりはない。確かに間違ったことをしたと思う、でもだからといって君が復讐したところでどうなるんだい? スイフリー達、神は君の手を赤く染めることを喜んでいるのかい? 本当に君のことを大事に思うならそんなこと望まない」
 リナの表情に初めて大きな戸惑いの色が見えた。それは大きく心を揺さぶられた証拠であり、リナは勢いよくジョニーの手を振り払う。
「……関係ない……貴方には関係ないわ」
 『リナ……』と呟くジョニーの声は大きな地響きでかき消される。ジャックと獣人の斧が地面に振り下ろされたからだ。そこにはロアの立ち姿はなく、土埃で辺りが包まれている。
「まったく後味が悪くていけねぇな」
「……人間だったらいい青年だったのに残念ね」
 アン、ジャックがそれぞれ思いを口にする。流石に一人相手に六人で相手をしたことをよく思っていないようだ。土埃が除々に払われ、赤いカーペットが姿を現すがその場には流された血と、引き詰められた石がえぐれ、土が直に見えているだけだった。
「まさか……そう簡単にやられるものかっ!」
「……あぁ、平気だ。まだ生きてるよ」
 声はえぐれた場所よりさほど遠くない場所だった。その場でロアは片腕を押さえながらジョニーの声に答えていた。押さえる腕からは血が滲み出ていたが回復呪文を同時にかけているのだろう、押さえる部分に微かな光りを帯びている。
「まぁ逃げるのがお上手ね。まるで溝鼠みたい」
 少女の口調には棘が含まれていた。その少女の台詞にスイフリーが遮るように
「『逃げる』じゃなく、攻撃の動きを読んでいたな?」
「……私は人に比べ、特別速いわけでもなければ力や魔力があるわけでもない。なら残された手段は戦略や洞察力を養うしかないからね。ただ正直、この状況には限界を感じてはいるが」
 体中にできた掠り傷と、ロアのやや弱った口調がそれを物語っている。その様子に少女は一瞬面白くない表情を見せると、剣を改めて構えなおし地面を強く蹴る。小柄なせいか彼女のスピードは速く、スイフリー達の間をかいくぐるように一気に間合いを詰めていく。
 ジョニーは鞭で彼女の足をとられようとしたが、鞭は足が離れた僅か一瞬の地面に当たっただけだ。
 少女の剣は美しく円を描き、ロアの喉元向けてではなくアンに向かって刃を伸ばしていた。突然の予想不可能な攻撃にアンの銃を構える動作が遅れる。
 少女の顔は優しくおしとやかな表情から一転し、血を欲する魔物に近い表情を浮かべていた。剣がアンの髪を僅かに切り、そのまま刃を横に滑らすがその刃はアンに届く前にスイフリーの氷によって阻まれる。その間にアンは銃口を少女に向けるが既に少女は一定の距離まで引いていた。
「残念、あと少しでいけると思ったのにな。でもそれよりも先に……」
 少女の近くに駆け寄る獣人をキッと睨むと、
「ちょっと、何してるのよ馬鹿犬。何のためにその力はあるわけ? 喋らない木偶の坊くせに私に迷惑かけるんじゃないわよ。一回の攻撃で魔王の腕くらい落としてこいって言ってるの」
 少女は獣人の足を蹴る。獣人は彼女の蹴りに特に怒るわけでもなくただ立っているだけだ。
「なんだよそれ! まずどういうことだかちゃんと説明しろよ!」
「アハハ、坊やはキャンキャン吠えるのが好きみたい。私達が欲してるのは全知全能の神であって、五つに分かれた不完全な神もどきはお呼びじゃないってこと。最初は魔王だけを消す予定だったのに、神もどきまでご丁寧にいるとは思わなかったわ」
 口を大きく開けて笑う少女には先程までの可憐さはない。
「ホント幸せよねぇ、魔王だけが命を狙われてるとは限らないわよ?」
「なら誰が私達の命を狙っているんですか?」
「そんないえるわけないでしょ、馬鹿じゃないの? 貴方」
「……我々をこれ愚弄することは許さない」
 スイフリーの呟きに、ここで今まで大人しくしていたリナが前に飛び出す。彼女は仲間であるスイフリー達が『神もどき』などと馬鹿にされたことに本気で腹をたて、居ても立ってもいられなかったのだ。
「リナは人間二人と一緒にさがっていろ。これは俺達が手を下す相手だ、リナが戦う相手じゃない。……だが俺達のために怒ってくれたことは感謝する」
「……なら私は一緒に手を出しても構わないね?」
「魔王が口を出す話ではありません、邪魔です」
「でも考えてみると、これは利害の一致だとは思わないかい? 私も君達もあの二人に命を狙われているんだ、ならここは協力して倒したほうがいい。恐らくあの二人、今まで会った敵とは違う」
 ロアの目は真剣で、その目には計算された意図などはまったくなかった。
「……何が協力だ、あくまでも休戦だ。あの二人を浄化したら次はお前の番だ」
 スイフリーはロアとの休戦を受け入れ、アン達はそのスイフリーの姿に仕方ないと同じように休戦を受け入れるような様子を見せる。
 一方、ジョニー達はその様子をやや離れた場で見ていた。
「……まるで一瞬をかける夢のようです。ジョニーさん、彼が魔物を統べる魔王であるということは真実なのですね? そしてあの方々がその……」
 神であると言えず、院長は口ごもる。彼女にとって今まで流れはまったく想像しなかったことであり、過去に魔王と知らず生活したことが夢のようだと思えた。
「別に隠すつもりはなかったんです、でもそんなことを言っても絶対に信じてくれないと思って」
「確かに私は信じなかったと思います、でもこの状況を見ていたら信じないなんて言えませんわ。第一、ロアはそれをあの場で否定しなかった……なら本当のことなのですね」
「ちょっと待って、何故そんなに冷静なの? 私は貴方と魔王との関係は知らないけど、よく平然としてられるのね。だって魔王なのよ? あの魔王が目の前にいるなんて知ったら……」
「剣で刺した、または恐怖におののくですか? 私も何故こんなに平然としていられるかはわかりません。でもそれはきっと私は『魔王』ではなく『ロア』を見ていたせいなのでしょう」
 院長の回答にリナは理解できないと、長椅子の背を強く握る。
「私は両親を殺されたから魔王を憎める。だから私は魔王が許せない……」
「復讐をしてもご両親は戻ってきませんわ。だけどその積もる怒りや悲しみをどうしたらいいかそれがわからないから怨むのですね。でもそれは悲しみが悲しみを生むだけですよ」
 院長の凛とした声が響く。
「私はまだ幼く子供だから言える。……私は彼が何者であっても抱く好意が変わることもありません。逆に貴方は大人で言いたいことを素直に表せないだけじゃないのですか? きっと答えはとうの昔に出ているのにそれを邪魔する何かがあるんだと私はそう感じました」
 ふっと視線をリナから戦いを展開するロア達に向ける。
「貴方にはあの姿が非道な魔王として映って見えるのですか?」
 リナは答えない。彼女は食い入るように見つめ、ジョニーも自然と戦う彼等の姿に見入っていた。


 獣人を相手にするジャック、タッド、セイラの三人は獣人の力に少々押され、少女を相手する残りの三人も、少女の人を小馬鹿にした口調でペースを乱されつつある。
「まったく駄目。動きはバラバラだし、面白くないし、やっぱり魔王・神もどきの強さってこんなもんねぇ」
 甲高い声が耳につき、何度その口を黙らせようとしても彼等の攻撃は少女の横すれすれを通るのみで、少女に大きな一撃を与えられない。だが彼女の言うことは決して間違いでもなかった。魔王との共闘に一度は納得したが、心の奥では納得しきれない神達の戸惑いが攻撃に出ていたからである。

 もし寝首をかかれ、襲われたらどう対処するか。
 その考えが離れず、ロアもその戸惑いを肌に感じつつも折角の『共闘』を無駄にしたくないという気持ちがこの場から離れぬ理由でもあった。
「それに引き換え私は最強の力をあの方より頂いたんですもの。まぁもどきの次はそこの人間を片付けてあげる、だから安心して頂戴。死んでも貴方達はいつでも会えるわ」
「……リナに手を出してみろ。容赦しない」
「容赦? はっ、片腹痛いわ」
 動きの読めるスイフリーの槍を、体をよじって避けるとこの瞬間を待っていたように一気に間合いを詰める。今まで白銀の剣がスイフリーの体を貫く直前に、闇の色を帯びたように黒ずむ。
「『魔』の力で死ぬがいい!」
 リナが叫び、アンは助けようと二人の間に火柱をたてようとするがその呪文が間に合わない。少女は邪悪な笑みを浮かべ、剣はあと数センチでスイフリーの体に辿り着こうとしていた。
 剣と体が触れそうな瞬間、ばちっと剣は何によって弾かれる。それはほんの小さな力で剣先しか弾かなかったがそれでもスイフリーの体に刃は届かず、彼はその隙に剣を真っ二つに叩き折る。
「今のは……お前か。一体いつ妙な小細工をかけた?」
 スイフリーの視線の先にはロアが立っており、彼は
「……風は他の属性と違って目に映らないからね、小さい力なら誰にも気付かれない」
「それに魔王が神に防御壁をかけるなど、想像できないからな」
「相手の意表を突き、戦いの流れを優位に運ぶ……それしかできないからね」
「性質の悪い奴め」
 少女は折られた剣を見つめ、肩を震わせる。彼女もこれは予想しなかったことであり、自分の強さに絶対的な自信を持っていた。
「よくも……! 絶対、ぐちゃぐちゃに破壊してやる!」
「スイフリー、アン次の一撃で確実に仕留めよう。……すべてを信じろなんていわない、でもこの一撃だけは信じてくれ」
「……一度だ。この借りを返す為にな」
「スイフリーを助けた礼はちゃんとするわ、だから今だけは忘れてあげる」
「そんな……なんでスイフリー」
 改めて共闘を決意したスイフリーとアンにリナは思わず小さく呟く。
「でもリナ、見てご覧よ。ボクはあまり戦闘のことはわからないけど、さっきより三人の動きがよくなったと思わないかい?」
 それは戦いを知らぬジョニーや院長でもわかるほどの変化であった。先程まで独りよがりでバラバラだった三人の動きが、互いを補うように戦いを展開させていた。それは特に接近戦を主とするスイフリーとロアの二人がよく、まるで元から相手の動きを知っているかのように穴がない。
「……後戻りもできないほど憎しみあっていたら、あそこまで動きが合わないかもね。ボクは君で言う魔王側の人で、皆を知っているから言うんだけどボクは神と魔王って案外わかりあえるんじゃないかなって思う。君達だってボク達と何の変わりもないよ。それに神と魔王のコンビなんて最強じゃないか、両極端だからこそ一緒に何かをできるって凄い。本当はケイ達もここにいて、十人だったらいいけど」
「その答えを私に求めないでよ、わからなくなる……」
「わからないほうがいいよリナ。沢山悩んだほうがいいに決まってる」
 リナは再びスイフリーとロアを見た。二人の剣と槍が少女を貫いたところで、少女の阿鼻叫喚が大聖堂を包む。少女の体が霧のように溶け始め、ジャック達と戦っていた獣人も少女がやれたと同時に霧のように体が溶けつつあった。
「……どうして戦えるの?」
 リナは一人問う。
 彼女は戦っている最中のスイフリーの僅かな表情が頭から離れなかった。それは敵である魔王と共闘する中で見せたスイフリーの安心した顔。
 仲間に見せる表情と何らかわらぬその表情に、リナは困惑した。


 大聖堂の一戦後、神達は早々にジョニー達の前から姿を消した。
『待ってくれ。…………私達は』
『あれはただの偶然、魔王と神の間柄は変わらない。……また会いましょう、ロア』
 スイフリーの代わりにアンが答え、ジョニーは一人佇むロアの背を見ていた。
 時間は神達が去った後の麓町にうつる。
「院長、私は……」
「例え貴方が何者であっても、私の好意は変わりません。だから心配することなど何もありませんよ」
「しかし院長、私は貴方を欺いたことは代わりありません」
「……自分が魔王だなんてそんな告白をすぐにできるほうが驚きですよ。それに今日のことは私にとって刺激が多すぎましたわ、でもその分貴方達の状況がわかった気がします。私は何があっても貴方達を信じます。だからお行きなさい、自分達が正しいと思う道を」
 院長の言葉に二人は深く一礼し、寂しそうに鳴くルイを撫でると二人はケイ達の待つ場へと向かう。
 自分達が大聖堂に閉じ込められている最中、麓町も魔物の被害にあっていたようだ。だが、その被害状況が少ないことを見るとケイ達が魔物の追い返しに必死になっていたことがわかる。
「ねぇ、ボクはやっぱり魔王と神は協力してほしいと思うよ。さっきの戦いを見たら余計そう思った」
「……そうだね、私だけじゃないケイ達もそれを強く願っているよ」

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