はぐれたコウモリを追いかけ、三人は城へと向かう。
 昼間には城の姿形など一切気づきはしなかったのだが、コウモリの向かう先には確かに城が建っておりコウモリは壊れた窓から中へと入っていく。
「……あそこに三人が……」
「それでどう行く? 一気に城の中に突入するか?」
 扉の前に立ち、アルバートは重々しく城の扉を開く。蝶つがいに油をさしていなかったのか、人一人が入るスペースを開けるまでに音が城内に響き渡り、彼等に気づかれるのではないかと危惧した。城の中は埃っぽく、三人の目の前には三つの階段が待ち構えていた。
「あの階段どう思う? 見るからに罠と言ってもいいし、その心理の逆を突いて本当にそれぞれの階段の先にケイ達がいるかもしれない」
「何かもう回りくどいことはやめて、三つ一気に同時攻略といこうぜ。なぁに、俺達なら絶対いけるって!」
「ボクも同時でいいと思う。だって早くしないとケイ達の血が……」
「そうか、ならそれで行こう。……無理だけはしないように」
 ロアの言葉に二人は互いに顔を見合わせて頷く。こうして三人は入り口で分かれ、ケイ達を救出しに階段を登り始めた。


 ロアは石でできた階段を登り続けていた。
 城そのものが老朽化しており、階段もいつ崩れてもおかしくない状況であった。
 時折ロアは周りの気配を探りながら歩みを進めている。先程、進入する際に敵に知られ先手を取られるのではないかと推測していたからだ。しかし何の気配も感じないところを見るとどうやら吸血鬼達には知られていないようだった。
「だが吸血鬼と会うことになろうとは……」
 吸血鬼と出会った記憶は薄い。過去に自分が魔王だった頃に一度会ったか会っていないか程度の存在であった。ゆえに彼等の存在は知っていてもその詳細等についてはほとんど知らないと言ってもいい。
 ふと、今まで続く登り階段が終わり、茶色い扉の前へと立つ。
 近い。
 そうロアは思った。扉の向こうにかすかに感じる気配からして、誰かがいるのは間違いないだろう。ただ中の様子だけはどうにも確認できなかった。
 このまま様子を見るべきか、突入を試みるか。
 ジョニーやアルバートであれば考える前に突入していただろう。だがロアの場合は先に頭が働き、様子を見るという判断が自然に出るようになっていた。
「……あ……いい……やなぁ……それじゃ……ます」
 吸血鬼の声がした。その声はどこか嬉々としたもので、まさかという思いがロアの中で駆け巡る。
 迷うな。
 そうロアは決断し、一気に扉を開けた。いざとなれば勢いで助ければいい。
 だが入った瞬間、ロアの思考および体は止まり目の前で繰り広げられる光景にただ唖然とした。
「な、なんやアンタ!? ノックもせんと入ってくるなんて失礼な奴やな!」
「……あ、す、すまない?」
 勢いに負け、思わず謝罪の言葉を述べてしまうロア。甘い匂いが部屋の中を充満としており、その原因であるものはやはり茶色いテーブルに置かれていた。
 白い器の中に盛られたものそれは色とりどりのケーキと紅茶。
「せっかく入れた紅茶に埃はいるわ! ここはめっちゃ古いねん、扉ももっと静かに開けてや」
 『何故、紅茶とケーキがこんな場所に』という言葉がロアの口から出そうにも出てこない。
「あ、ロアちゃん〜。やっほー」
 椅子には呑気に座り、紅茶を飲むソフィー。
「……これは一体……」
「一体ってケーキと紅茶以外に何に見えるん? このお嬢ちゃんと一緒にティータイムしてるだけや」
 ソフィーをさらった吸血鬼はさも当然のように述べる。だが、それはロアの中ではまったく答えになっていない。
「顔と口調は変だけど、この吸血鬼ね、ケーキを作るのが好きなんだって〜」
「ん? 何や、お前も食うか? 別に物欲しそうな目しなくても分けてやるさかい」
「いや、別に物欲しい目なんて……」
 ついていけない、そうロアは思った。彼の記憶が確かなら、吸血鬼達は「血を飲む為に」ケイ達をさらったと言っていた筈だ。だがいざ入ってみると血を吸うどころか一緒に午後のアフタヌーンティをたしなんでいたのだ。
「兄ちゃんは甘いもんはいけるクチか? 俺みたいな奴は見た目で甘いもんダメやって判断するから、満足にケーキも作れなくてなぁ」
 確かにオールバックでアイシャドウをしっかり塗りつけた吸血鬼の趣味がケーキ作りとは言いにくいだろう。
 吸血鬼に席に座るように促され、ロアは仕方なしに席に座る。隣に座るソフィーはまだ血を吸われておらず非常に健康そうだ。
「いやぁお嬢ちゃん達って言うのは皆、甘いもんとか好きなんやろ? なら俺が作った自慢のケーキを食べてもらうにはお嬢ちゃんが一番だと思ってナァ」
 ソフィーは警戒心を解いており、すっかり目の前のケーキに夢中だ。ひと口食べては「甘い」と声を漏らし、その度吸血鬼は嬉しそうな顔を浮かべていた。
「ほら、兄ちゃんもひと口ぱくっと!」
 目の前にケーキを差し出され、仕方なしに口にいれる。
 ケーキはとてつもなく甘い。それは顔に似合わないほど少女らしいケーキと言ってよかった。
「な、うまいやろ? 俺、ケーキ作るのがめっちゃ好きやねん! やっぱケーキ作ってるときが一番幸せや……それでそれを美味しそうに食べる可愛いお嬢ちゃんを見るのも好きやねん」
「あっ、それってソフィーのこと?」
「そや、可愛いお嬢ちゃんな。な、お嬢ちゃん。頼むから俺に血を飲ましてくれぇな。ほんとちっとや。まぁ飲んだら一週間近く動けへんけど平気やろ」
 笑顔の吸血鬼。
「…………絶対嫌っ!!」
 ソフィーの叫びが部屋に響き、近くにいたロアと吸血鬼は顔をしかめる。
「一週間も動けないなんて嫌! 絶対嫌だもん!」
「ええやん! 折角ケーキ食わして幸せな思いにさしったっていうのに、それくらいのこといいやろ? 別に死にはせんわ、ただ噛んだ痕が残るだ……」
「嫌っ!」
 ソフィーが椅子から立ち上がり、ロアの背後に回る。
「ソフィーの可愛いお肌に傷なんて嫌だもん! ロアちゃん、この吸血鬼やっちゃって!」
「なっ……兄ちゃん、邪魔する気か!?」
 正直、二人のテンションについていけないロアはこの状況にどう言葉を繋げればいいのか思い浮かばない。
 憎もうにも憎みにくいひょうきんな吸血鬼とソフィーにはさまれ、ロアはただ言葉をなくすだけだ。
「ロアちゃんの手にかかったら、あなたなんてけちょんけちょんだもん」
「けちょ!? こんなひょろい兄ちゃんに俺が負けるのか!?」
「ひょろいなんて失礼しちゃう! 確かにアルバートよりもひょろいかもしれないけど、ロアちゃんはロアちゃんだもん!」
「はんっ、ひょろい奴に俺が負けるか! これでも百年は生きてんのや! たった数十年しか生きてへんひょろい兄ちゃんには……」
 吸血鬼の顎にロアの手が伸びる。顎を掴まれた吸血鬼はふがふがと情けない声を漏らしている。
「何度もひょろいひょろいとそれ以外の言葉はないのかい? え? 百年生きてるって? ……悪いね、こちらは百年以上も生きているんだよ、坊や」
 笑顔全開で言うロアの背後にはドス黒いオーラが滲み続けていた。


「いいから離せって言ってるんだよ!」
「うっさいわ! 今忙しいねん!」
 ここはとある一室。そこでアルバートとバースをさらった吸血鬼は不毛な言い争いをしていた。
 二人の奥には白いベッドが一つ。そのベッドには赤い薔薇が散りばめられ、バースが静かに横たわっていた。
「折角のいいモデルをここで放してたまるもんか! この赤い薔薇に合うまでの銀髪と白い肌! これを絵に残さん限りは死ねんのや!」
「そんなの知るか! 血を吸うとかいって絵、描いてるんじゃねぇ!」
「お前は馬鹿やな。吸血鬼というたら血を吸うやろ。確かに血は吸うで、でも今は血を吸う本能よりも芸術の欲求のほうが強いねん!」
 初めて出会った時は、一番冷静そうな男に見えたのだがバースを寝かせて絵を描くあたりは「馬鹿」としか言い様がない。
「だったらあんなさらい方するな!」
「あー、もう耳元で怒鳴るなや! 鼓膜破れるわ、いいからあんさんはそこで大人しく見てな。これ終わったら返したるさかいに」
 吸血鬼は筆を握りなおす。キャンパスにはラフではあったが、バースの姿が描かれている。
「……こう見えても吸血鬼になる前は画家志望の青年やったん。でもあのウェーブの変態吸血鬼に血吸われてからすっかり吸血鬼の仲間入りをしてもうた」
「ウェーブ? あのワカメ頭の奴か?」
「そう! ワカメ頭の下がり眉の奴や。おかげで寿命は延びるわ、血吸わんとあかんわで趣味の絵画をする時間がないねん。だからこれは俺にとってチャンスなんや、だから邪魔せんといて」
「だからって……」
 話してみるとこの吸血鬼は思ってみたより悪人ではなく、どちらかというといい奴の分類に入っていた。考えれば口調からしてどこか憎みにくい。
「やっぱえぇな……やっぱモデルは美しければ美しいほどよう映える。ちらっとあんたらを見たけど他はあかんな、あの銀髪の子が一番や……」
「他は……あかん?」
「そや、特にあんさんは絵画に残すには一番向かん男や。そんなマッチョみたいな奴描き残して何が楽しいねん? やっぱ残すならべっぴんさんが一番や!」
 その瞬間、アルバートのパンチがキャンパスを貫く。
「悪かったな……絵に向かない男で!」
「な、何すんねん! 人の芸術作品を……! こうなったらホンマに容赦せぇへん! これでもちゃんと戦えるんや」
「何だよ、いきなりキレるのかよ!?」
 わけもわからぬままアルバートは吸血鬼から距離を取る。吸血鬼はアルバートに向かう気満々であり、仕方なしにとアルバートは腰から武器を抜き構える。
 二人の間に沈黙が流れる。
「ほな、いくでぇぇぇぇ!!」
 手をばっと広げた後、吸血鬼は駆け出す。アルバートは迎え撃つ為に吸血鬼の姿を凝視するが、
「……ぎゃぁぁっ!」
 目の前の画材セットに転び、顔面強打したのち、吸血鬼はアルバートの前に倒れこむとうんともすんとも言わなくなる。
「……おーい、起きてるか。おーい」
 しゃがみ込み、肩を揺するが返事はない。どうやらそのまま気絶してしまったようだ。
「何だか知らねぇけど勝った……のか? って今はバースのほうを先決にしねぇとな」
 気絶する吸血鬼を放っておき、バースの眠るベッドに向かう。
「バース、バース」
 バースの肩を揺すってみる。むき出しになったバースの肩から体温が手に伝わり、揺さぶったときに銀色の髪がアルバートの手を優しくくすぐる。
 本当にこう見るとバースは非常に女性らしく、美しかった。アルバートはそれを覗き込むように少し顔を近づかせて、はっと気づくと慌てて顔を離す。
「わっ、何してるんだ俺!? バースは男! バースは男! 俺のハニーはソフィー!! ……よし、これで平気だ。さっきジョニーとバースは女と間違えるのは、無理ないとか言ってたせいだよな」
 次は先程よりも強くバースを揺さぶる。
「起きろ、起きろー!」
「煩いっ!」
 助け出し、起こしたアルバートに待っていたのはバースの怒鳴り声と鉄拳であった。


「一体、何の目的で我等を連れ去ったのだ?」
「目的? それは嬢ちゃん達といいことをしたいからやね」
 捕まってからケイはうまく身動きが取れず、大人しく座らせられていた。
「まぁ痛くない筈や。これでも吸血歴は長いんやで、痛くないように吸うさかいに。大人しくしてぇや」
 髪にウェーブのかかった吸血鬼は、極力警戒心を与えないように笑みを浮かべる。
「こんなことしてただで済むとは思うまい」
「いややなぁ、そんな怖いこと言わんといてな。これでも乱暴は嫌やねん、そう女の子にはすっごく優しいねん。特にこれくらいの小さい子供には」
 ケイの背筋に嫌な汗が流れる。
「それにしてもその恰好。どうせなら可愛い恰好したいよな? 今すぐ可愛い洋服、出してやるで。んー、フリフリのスカートなんかよく似合いそうやなぁ」
 上機嫌に鼻歌を歌いながら、吸血鬼はクローゼットを開ける。クローゼットは常に綺麗に掃除しているのか新品同様であり、その中にケイほどの幼女が着るくらいの洋服が入っていた。
「女の子は着せ替え人形やオシャレが好きやもんねぇ、その気持ち凄くわかるで。俺も綺麗に着飾るの好きやねん。ほら、これはどうやろ? 白いレースがスカートの縁にあるのがポイントや」
 一着のドレスを持ちながら吸血鬼はケイへと歩み寄る。
「きっと似合う……」
「ちょっと待ったぁ!」
 勢いよく部屋の扉が開けられる。
「何、仲間で着せ替え人形しようっていうのさ!?」
「ジョニー、お主……!」
「……ケイ……お待たせ……」
 息を切らせながらジョニーはケイを安心させるように笑顔を浮かべる。そこまでならなんと恰好いい登場なのだが、
「あぁもうっ! この城って何でこんなに蜘蛛の巣だらけなんだ! 髪にへばりついて気持ち悪い!」
 ジョニーの選んだ道が悪かったのか、ジョニーの体には埃と蜘蛛の巣がついており、格好良さはかなり半減している。
「邪魔せんといてほしいなぁ、そんなに汚れた奴とは関わりたくないんや」
「その汚れた城に住んでるのはどこの誰!?」
「悪いなぁ、俺はその階段は使わないのや。空飛べるからなぁ、地面しか歩けない人間と違うねん」
「この……好き勝手と……! とにかくケイは離してもらおうか、このまま放っておいたら変態吸血鬼の餌食にあうからね」
「変態!? 違うわ、ボケ! これはフェミニストや! 可愛い女の子に優しくして何が悪いねん!?」
「ただのロリコン趣味にしか見えないって言ってるんだっ!」
「何や、そっちは変なバスローブ着とって……何様やねん! 金持ち気取りか」
「バスローブと言ったら金持ちという安直な考えは頭が貧相な証拠よ! この応用力に満ちたアタイに向かって言うにはあまりにも貧相だわ」
「いきなり口調変わりおった!? オカマか!」
「オカマって言うんじゃないわよっ!!」
 ジョニーと吸血鬼は互いに取っ組み合い、バチバチと火花を散らしながらやはり不毛な攻防戦を繰り広げている。
「あの子にはフリフリのドレスが似合うんや!」
「甘いわね! ケイはやっぱり和装が一番似合うわよ!」
「それが安直やねん! 人にはギャップというものが大事なんやで」
「すぐにスカートに走ればいいってもんじゃないのよ? ケイほどね、和装の似合う子はいないって言ってるのよ!!」
 二人の言い争いを聞いているケイにとって、これほど反応に困るものはない。互いにこの服が自分に似合うと叫び出し、ケイはその度に喜ぶべきなのか呆れるべきなのか迷っていた。
「和装が一番似合うか……」
 ジョニーが叫んだ一言がやけにケイの中に残る。思わずケイはそっと自分が着ていた服を掴む。
 今着ているのも和装ではあるが、部屋着だ。
 この服ですらもジョニーは似合うと言うのであろうか?
「……む、手が動く?」
 今まで指一本すら動かなかった体が今ではいつものように自由に動く。
「そうかあの吸血鬼、ジョニーに気をとられて……」
 吸血鬼とジョニーはケイがいることを忘れ、討論しあっている。それもまだ終わりそうもなく、いい加減に手を下すべきであった。
 ケイはそっと歩き出し、吸血鬼の背後に立つ。
「……教えてやろう、敵に背を向けることを詰が甘いと言うのだ」
 ケイが静かに飛び、吸血鬼の首に手刀を入れる。
「け、ケイ……さん?」
 吸血鬼はジョニーへと倒れこむ、二人は揃って地面に落ちる。
「……すまぬ、お主が避けると思っていたのでな」
 吸血鬼の下敷きになったジョニーを上から見ながらケイは言う。
「和装が似合うか、その言葉覚えておくぞ」
 ケイの一言にジョニーがあっけにとられ、ケイは小さく笑うと「帰るぞ」と呟いた。

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