誰かの話し声が聞こえる。
「それは……できない」
「……ろうな、やっぱりできるわけがねぇ」
 声から察するにジャックとスイフリーだろうか。
 リナはそっと聞き耳をたてる。
「あぁ、リナにはやらせない。あの手にナイフは……」
「その台詞、ちゃんと本人を前に言ってやったのか?」
「まだだ」
「だったら俺に言う前に言ってやれてって。リナにはナイフを持たせない、絶対に魔王を刺すようなことをさせないってよ」
 リナはその言葉を聞き、愕然とした。
 それは足元が暗くなるのと同じ気分だった。
 彼女を支えた「復讐」を、一番大事に想っていたスイフリーによって止められようとしている。
「……嫌……スイフリー。嘘だって、嘘だって言ってよ!」


 はっと目を覚ますと、そこはベッドの中だった。
「……夢? ……なんであんな夢を」
 倒れる前に激しい痛みを訴えていた胸は今ではすっかり落ち着きを戻し、リナは自力でベッドから起き上がった。
 最後の記憶を辿ってみると、ソフィーとケイがいるところですっかり終わっていた。
「まさか魔王が私を? 恩でもきせて私に止めさせようっていう魂胆? ……わからない、魔王が何を考えているのか私には……」
 この部屋にはリナしかおらず、リナはとにかく自分で確かめるしかないとサイドテーブルに置かれた自分の武器を持つなり部屋を出る。
 廊下は静かに静まり返っており、外から聞こえる鳥のさえずりしか聞こえなかった。
 その中を歩きながらリナはケイ達の気配を探っていた。おそらくケイ達はここにいるに違いない、このまま大人しく彼女達に介抱されるというわけにもいかなかった。
「……で……なんだ」
 一室から声が聞こえ、リナは扉の前に立ち聞き耳をたてる。
 まるで夢の中でしたことと同じである。
「医者の話はこのまま安静させたほうがいいと言っていたが……」
 ケイの声が部屋に響く。一体、この部屋には何人いるのだろうと、リナはそっと扉を開け、中を覗いてみる。
 中にはジョニーを抜いた五人がそれぞれおり、リナにとってこの状態は有難かった。ジョニーのいない魔王が一体、どのような考えを持つのか知るにはこれが一番よいからだ。
「でもリナがここにいるってことはスイフリー達も近いってことだよな」
「今ジョニーがスイフリー達を探しに行っているが、これで無事彼らが来てくれれば……」
「あのさ、この状況見て信じてもらえる?」
 バースの一言に一瞬、場が静まり返る。バースの懸念は倒れたリナをスイフリー達が見て、穏やかに彼女を引き取り帰ってくれるかどうかであった。敵ではない、一度共闘した間柄であってもそうやすやすと信頼を得たわけでもなく、多少の疑念があればケイ達に敵意の目を向けるのは安易に想像できる。
「……私は信じるよ、彼らを。きっと話せばわかるはずだ」
「それは一度、一緒に戦ったから?」
「そうだね、確かにあの時最初はまったく信じてもらえなかったが、最後は信じてくれたのだと私は思う。君はそれを考え方が甘いって心配して言うのかもしれないけど、それでも私は信じたい。皆だって同じ気持ちなのだろう?」
 ロアの問いにアルバートは笑みを浮かべ、
「あったり前だろ。あぁ、こうなるなら俺達も一度一緒に戦ってみたかったぜ」
「ソフィーだってセイラちゃんとか、タッドちゃんとかと話してみたいもん……でもリナちゃん、大丈夫かなぁ。凄く苦しそうだったよ……」
 リナは魔王達が交わす会話に力が抜け、思わず壁に寄りかかりそうになる。ただ話しを聞いているだけなら「魔王」と感じる部分はない。
 もしかしたらジョニーの言うように「魔王」はもう「リナの知る魔王」ではないのかもしれない。だがそれを認めてしまえば自分が今までしてきたことは一体何なのだろう。
 今まで復讐の為に武器を持ち、スイフリー達と旅をした意味がなくなる。
「……でも最初から知っていたのかもしれない」
 『復讐をしてもご両親は戻ってきませんわ。だけどその積もる怒りや悲しみをどうしたらいいかそれがわからないから怨むのですね。でもそれは悲しみが悲しみを生むだけですよ』
 大聖堂で院長に言われた言葉が再び蘇る。あの時、リナは言葉に詰まり戦う姿を見ることしかできなかった。
 心の中であれは悪なのだと否定しているのに、それを否定しきれない自分が確かにそこにいた。
「リナ、迷うな……迷ったら鈍る」
 武器を強く握り返す。痛いほど強く握り、自分の戸惑いを振り払うように。
「……駄目、気をしっかりもって……」
 何度握り返しても痛みすらやってこない。自分のすべての感覚が鈍っているようだった。心の中で何かが渦巻いているのはわかる、恐らくその「存在」も理解できているだろう。
 だがそれを認めたくないという気持ちがリナの中で大きく空回りし、自分自身のことがわからずにいた。
「私は復讐がしたいの? やめたいの? …………なんていっそう誰かが答えを教えてくれたらいいのに……」
 嘲笑気味にリナは自分に向かって呟く。このまま盗み聞きをしていたところでも、ケイ達の会話ではリナの求める言葉は出てこないだろうと、大人しく自分からドアノブに手をかけ、中に入る。
「リナちゃん! もう具合はいいの!?」
「えぇ、一応。いつのことだからもう慣れたわ」
「あ、えっと……今オカマちゃんがスイフリーちゃん達を捜しに行ってるから。うん、だからすぐ来てくれると思うよ」
「……てよ」
「え?」
「やめてって言ってるの。なによ、優しい言葉なんかかけて、魔王でしょ!? 魔王だったらもっと非道でいなさいよ、何でそんなに優しい言葉ばかり言うのよ!」
「リナ……」
「私を惑わせるのは止めて! なに企んでるのよ、そんな同情なんかかけられたって嬉しくない! もう戻ってこないのよ、もう失ったものは……」
 脳裏に自分の両親が血だらけで死んでいる時の姿が浮かぶ。あの時に味わった悲しみと憎しみがリナの心を苦しめ、時折心臓が激しく痛むようになったのはそのショックからまだ完全に立ち直れてないからだ。
「だから私は……!」
 眉をひそめ、胸が再び息苦しくなった瞬間、リナの肩は背後の誰かによって優しく抱かれる。
「リナ、落ち着け。また発作が起こるぞ」
「す、スイフリー!?」
 ここにいるはずのない人物の登場に、リナは驚きの声をあげる。スイフリーの隣にはやや息を切らしたジョニーが立っており、
「本当に……よかったよ、街中を捜してたらスイフリー達も、リナのことを捜していてね」
 ジョニーは嬉しそうに喋り、スイフリーはそれを特に否定する様子を見せない。
「リナ捜したぞ。いきなり朝からいなくなるから」
「離して……私の邪魔をしないで! 私は魔王に用があるの! 私は復讐しないといけないの……スイフリーはそれを邪魔するの!?」
「リナ、いいから落ち着け」
「離してって言ってるでしょ!」
 スイフリーの手を強く払い、リナは一人で立つ。手にしたナイフを握りなおし、ケイに刃を向けると
「だって魔王がいたから私の両親は……なのにスイフリー達は大聖堂で……一体、どうすればいいの? 私、スイフリー達のこと信じてたのに……もうどうしたら」
 大聖堂の一件以来、神達と自分自身に変化が訪れていることをリナは否応なしに理解していた。
 それを振り払うように一人、魔王達の会話を盗み聞きしてみたが振り払われるどころか一層、彼女を迷わせた。
「もうわからない……わからないのよ」
「ならいい、もう答えを出すな」
 スイフリーの手がナイフを持つリナの手を掴む。
「無理に悩んで、発作で酷く苦しむくらいなら無理に考えるな。急ぐ必要はない、ゆっくりでもいいから自分の答えを出せ……俺達はそれまで傍にいる」
 リナの瞳が僅かに揺らめき、ちらりとケイ達を見た。
「私は素直に魔王を好きになることはできない……でも今までの貴方達を見てると自分の気持ちが鈍るのは本当のこと。だから本当に私の知る魔王じゃなかったら…………行きましょう、スイフリー」
 さりげなくスイフリーの手を解き、リナはきびすを返し開かれた扉を見る。
「リナ、ボク達だって待つよ。リナの気持ちだってわかるけど、でもボク達……ケイ達はもうリナの知る魔王じゃないって何度でもボクは証明するから」
「……ケイ」
 リナはジョニーではなくケイの名を呼ぶ。
「……助けてくれて有難う」
 ケイの表情に驚きの色が滲み出る。その一言だけを静かに述べるとリナはジョニー達の下を後にしていた。彼女に続くようにスイフリーも大人しく出て行く。
 階段を降りながらリナはスイフリーの名を呼び、
「私の手の平は綺麗?」
 いきなりこんなことを問いかけられて、スイフリーもまったく意味がわからないに違いとリナは小さく笑う。先ほど見た夢がなにやら印象的に残っており、このまま自分は敵討ちによって自分の手を染めるのだろうかという疑問が残っていたままだった。
「あ、やっぱりいい……」
 無駄な質問だと遮ろうとした瞬間、スイフリーの声が響く。
「これからもお前の手は綺麗なままだ」
「……そう」
 スイフリーにはスイフリーの答えがあるのだろうと、リナは何も言わず宿屋の外で待つ、仲間達の下へと駆け足気味に向かった。


 リナと別れ、再びジョニー達は旅路を行く。
 その移動の最中、ふとアルバートは隣を歩くバースを見た。
 以前、吸血鬼にさらわれた時、バースがやけに女の子に見えて自分の目は相当おかしくなったのだろうとアルバートは思っていたのだが、今再び見てみるとやはりバースは中性的な容姿であることに変わりない。
 柔らかそうな銀髪が揺れ、そしてソフィーだろうか、なにやらバースは女の子みたいな匂いがすると言っていた。正直、女の子みたいな匂いとやらはよくわからないが、きっと甘ったるい匂いなのだろう。
 でもバースが甘い匂いなど好きであるはずもなく、あらかた街中ですれ違った女の子の香水が染み付いたにだろう。
 今、現在隣を歩いているがそんな甘い匂いはしていない。むしろ草木や花の匂いがきつくて、人の体臭などわかるはずがなかった。
「……なに、人のほうじっと見てさ」
「えっ!? いや、別に……、こう見てるとバースってやっぱり女……でっ!!」
 横から拳が飛び、アルバートは頬を押さえる。
「煩い、お前一言余計なんだよ」
「まだ最後まで言ってないだろ!」
「言わなくてもわかるんだよ、オレは男。今度、馬鹿なこと言ったらもう一発殴るからね」
 『ひでぇ』とアルバートはこれ見よがし呟くが、バースはそれを無視し歩き続ける。
「だって仕方ないだろっ? 実際に間違えられたしさ」
 バースはアルバートを睨むが今度は、拳は飛ばず
「いい迷惑だよ、どいつもこいつも勝手に人のことを女って……本当にムカつく」
「だったら俺みたいに鍛えてみたらどうだよ? こうもっとマッチョになれば他の奴らだって」
「嫌、暑苦しいの嫌いだから」
「なんだそのわがまま!? 男らしくなりたいっていうから折角……」
「オレは別に筋肉ダルマになる気ないから、あとヒゲだって嫌だからね」
 ならヒゲは……と言いかけたアルバートははっと口をつぐむ。
「……単純な奴」
「お前なーっ!」
 アルバートは声を荒げ、二人の会話を聞いていたロアはたった一言。
「仲いいことはいいが、人の後ろで痴話喧嘩はやめて欲しいね」
「違う! 誰が痴話喧嘩なんて!」
「痴話喧嘩? お主、それはやや意味が違うのではないのか? あれでは他愛もない兄弟の喧嘩にしか見えぬが……」
「あぁ、そうだね。ふふ、ちょっと言葉を間違えたみたいだ」
「こんにちわっ、そこの楽しそうな旅人さん」
 どこからか聞きなれぬ声に六人の足は止まる。
 あたりを見渡してみるが、人影らしいものはなく、木々が風で揺れているだけだ。
「魔物……か?」
「違う、違う! ちょっとこんな魔物がどこにいるっていうのよ! ほら、ここよここ。えっと貴方達の目の前の木よ!」
 ジョニーは目の前にそびえ立つ大木に視線を向けてみる。
 その木は見るからに樹齢が高そうな木で、周りの木々よりも大きく醸し出す雰囲気もやや違っているように思える。その木の中央になにやら光るものがあり、それに視線を合わせると
「こんにちわ、旅人さん。そうそう、それよ。それが私」
 光るもの――木に埋め込まれた鏡がジョニーの姿を映した。
「……鏡が喋ってる? それともこの木が……?」
「鏡のほうよ。この木に長年蓄えられた魔力のおかげでこうしてお喋りができるの。私はただ真実を述べる鏡よ。ここに入るとき誰かに聞かなかったかしら? 喋る鏡があるって」
「……あ! さっき木こりのおじさんがそんなこと言ってたー!」
「でしょ? だから道に迷った旅人さんに正しい道を教えてあげたりしてるの。ほらここって魔物とかも出るから一体誰を信用したらいいかわからないでしょう?」
「…………そういうものかなぁ……」
「あら、私のこと信じてくれないの? 私は真実しか言えないもの」
 鏡からきっぱりとした口調で言われ、ジョニーは思わず一歩ほど後ずさる。
「そんなに怯えないでちょうだいよ。別に取って食ったりしないわ、だって食べる口がないんですもの。私はこの木に埋め込まれてるからずぅっとこのまま。だからこうして旅人さんと話すが大好きなのよ」
 くすっとふくみ笑う。一体どうやって鏡が喋っているのか気になるところであったが、鏡はなんら気にする様子はなく、
「なら私が本当のことを知ってることを証明してあげるわ。そこのピンク髪の可愛いお嬢さん」
「可愛い? あ、ソフィーのことね」
「そうそう、貴方よ。……貴方、昨日お風呂入った後に体重計乗ったでしょう? 可哀相ね、女の子なのに3キロも太って」
 鏡の一言でソフィーの顔が急に真っ赤になり、頬を手で覆う。
「いやぁぁっ! それ言っちゃダメッ!! アルバート、今のすぐに忘れて!!」
「ごめんなさいね、だって本当のことなんですもの。次は……そこのオカマさん? 貴方も可哀相ね、妹さん亡くして相当寂しい思いをしたのね」
 はっとした顔でジョニーは鏡を見る。
「じゃあ次は可愛らしい真実にしてあげましょうか。そこの小さいお嬢さん、昨日試着したワンピースはいかがかしら? フリルの可愛いワンピース」
 くすくすと鏡は笑う。
「……馬鹿馬鹿しい」
「あら、酷いことを言うのね銀髪の坊やは。だったら貴方の真実を言ってあげましょうか?」
「真実? 一体オレの何をいうつもりさ」
「凄く大事なこと。そうそれは貴方の秘密……ね」


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