バースはただアルバートにしがみ付きながら涙を流していた。そのバースを優しく抱きしめながらアルバートは思う。 
 あの時、女の子の香りがしたことは嘘ではないこと。
「……一人じゃねぇからな……俺達が、俺がいるから」

 安心するように何度も囁き続け、アルバートは自分の胸で小さく震えて泣く少女を護りたいと再び心の中で言った。


 焚き火の明かりを絶やさぬようにロアは、枝を火の中に放り投げる。
 ぱちりと鳴り、ロアはそろそろ温まるであろうポットを見つめた。いくら火を焚いていても夜は冷える。
 あの後、アルバートに連れられるようにバースは皆のもとへ戻ってきた。バースはやや伏せ目がちに言葉を選んでいたが、ジョニーはその様子に静かに笑みを浮かべ、
 『戻ってきてありがとう……』と呟いていた。
 ケイやソフィーも極力普通を装い、後ろめたいことをしたというバースの気持ちを少しでも慰めようとしていた。
 街までたどり着けず、今夜は野宿となりロアは自ら火の番をかってでた。というのも今の心情では大人しく眠りにつくことができそうないからだ。
 鏡を打ち砕いてからロアの心も揺れていた。あの鏡を本気で憎らしいと思いそれと同時に…………
「……ん。誰か起きてるのか?」
 微かに擦れる布の音にロアは背後で眠る仲間達にそっと声をかける。
「君か……バース」
 静かに体を起こし、破れたままの胸元を押さえたバースはじっとロアを見ていた。
「眠れないのかい? ……こっち来る?」
 普段のバースならロアの申し出に対し、断ることを滅多にしないが今回はその言葉の意図を探るようにロアのことを警戒しているように見えた。
「……何もしないよ、大丈夫だから」
 バースはその言葉にやっと反応を示し、ロアとやや離れた位置に座る。それは人一人分が座れる距離であり、座ってもバースから話しかけようとしなかった。
「これを使いなさい。胸元を隠せるから」
 そのあいたスペースに膝にかけていた毛布を置く。
「ありがとう」
 やっと言葉を発し、バースは置かれた毛布を受け取り体に巻きつける。
「あのさ……今まで秘密、守ってくれてありがとう。オレの嘘にロアを勝手につきあわせてさ」
「気にしなくていい。私が私の意志で君の秘密を守りたいと思っただけだからね。だからもう楽にしていいんだよ、むしろ私よりも君のほうが大変だっただろう?」
 バースは何も答えない。
「そうだ、バース。何か淹れるよ、夜は冷えるから何か淹れて飲もうと思って色々と用意していたんだ。それに暖かい飲み物を飲むとよく眠れるから」
「ロア、火の番なのにそんな暖かいものなんか飲んで、うたたねしたらどうするつもりさ?」
「……言われてしまったね。そうならないように頑張りますよ」
 カップに暖かいお茶を淹れ、バースに渡す時もロアはバースに直接渡そうとせず近くに置く。バースもロアと極力近づかないように彼の手が離れるのを確かめてからカップを手に取る。
 二人の間に会話が生まれない。バースが特に関わりを持とうとせず、ロアはその心情を汲み取って自分からいこうとしないからだ。
 バースが空のカップを置き、眠りについた後ロアはそのカップを取ろうと腕を伸ばす。
 それは腕を伸ばさないと届かない距離にあり、今までここまで距離を遠くに感じたのは始めてであった。
「……遠いな」
 思わず出た呟きにロアは苦笑しつつカップを引き寄せた。
「どうして……あの時動けなかったのだろう。あの時、すぐに彼女を追えばよかった……」
 自然とコップを強く握り締め、ふとそれに気づいたロアは自分に向けて苦笑した。


 足を一歩踏み出すだけで、一番軽いケイは吹き飛ばされそうになる。だからといってどこかに身をしのげる場もなければ、足元は常に崩れやすい崖である。
 それだけ彼らのいる場は危険であった。自然と歩くスピードも遅くなり、皆の口数も自然と少ない。
 彼らはとある渓谷にいた。そこは風が強いことが有名であり、『強風には注意するように』と他の旅人にしつこく言われたが、その理由を嫌でも理解できる。
「やぁ! 髪の毛とスカートが……!」
「そんなこと言ってる場合? だからそんな短いスカートなんかはいてるからだよ」
「うぅ、バースちゃんの意地悪ぅー」
「……ソフィー、少し我慢してくれ。これでも多少は力を弱めているのだから」
 苦笑しながらロアは呟く。風の力を使う彼は魔法で、六人に吹き付ける強風を和らげていたのだが、それでもまだ突風と言えるほど風は強い。
「皆、あと少しで広い場所に行くから……ほらあそ……こ」
 ジョニーは笑顔で指をさし、固まる。
 『向こう側』にいた者達もジョニー達の存在に気付き、ゆっくり口を開く。
 彼らの姿はもう何度も見て、決して忘れることはない容姿……
「スイフリー!?」
「何をそこまで驚く? ……お前達を追っていれば想像できる展開だろう?」
 スイフリー達は特に驚いた表情一つ見せず、その場に留まっていた。彼らのいる場はジョニー達がいる場よりも広く、12人が座れるくらいの面積は十分にあった。
 それは自然に出来た休憩場といったところだろうか。
「いや想像って……ここで会うなんて早々思わないから。それよりもリナの様子は……」
「見ての通り、平穏無事よ。……対処がよかったんでしょう」
 小さくそうリナは呟く。
「そうか……でも無事ならそれでいいんだ、うん。それでさ……ここでは……」
「おいおい、いくらなんでもこんなところでドンパチなんかするかぁー?」
「だよね…………ねぇやっぱり君達は……」
「今はそれを話したところで何の意味があるのかしら? 悪いけど、今はそんな気分じゃないのよ」
 とりあえず、一触即発の雰囲気ではなく、ジョニーはほっと一息つく。まだスイフリー達とは完全に分かり合ったとは言えないが、少なくとも最初よりも落ち着いた印象は見せている。もしこのまま長く交流を重ねることで、和解へとの道へ繋げるならこのままスイフリー達と共に行動してもいいと思ったのだ。
「あ、じゃあボク達もそっちに言ってもいいよね? だってもうくたくたで……。ね、ケイ達も早く行こうって」
 ここは一番中立の立場といえる自分が、空気を作るしかないとジョニーは先陣を切り、スイフリー達のもとへと向かう。それ後を続くようにケイ達も歩き始めるが、バースだけは何か言いたそうな表情を浮かべたまま後に続いていた。
 バースは以前、スイフリーに負けたことを気にしているのかスイフリーを見る目つきは警戒そのものであった。
「別に取って食べたりしねぇって!」
「食べ!?」
「……ジャックあまりからかうな。怒らせると痛い目をみるぞ?」
 バースは舌打ちをし、自分の前を歩くアルバート達を追い越し、先頭を歩くジョニーにまで追いつく。
「さっさと休んでオレ達は早くこんな場所抜けない?」
「まぁバース、落ち着いて……」
「十分、落ち着いてるんだけど」
 と言葉で言っていても、口調にはまったく『落ち着き』はない。なにやら空気がやや悪くなったなとジョニーは内心、苦笑しバースを落ち着かせるために何を言うべきか思考をめぐらせていた。
 その時、再び渓谷に吹き付ける風が強くなり、突如吹く突風にロアの魔力が一瞬弱まった。ロア自身も魔力を消費しながらの移動には、疲れを感じており目の前に見える休憩場に少々気を緩めてしまっていた。
 土煙があがり、ケイは目を瞑る。
「う、わぁぁっ!」
 ジョニーの声が響き、目を開いたときにはジョニーの体は宙に浮かんでいる。大人であるジョニーの体がいとも簡単に飛ばされることに唖然とした。隣にいたバースもジョニー同様、突風の巻き添いで飛ばされており、その手を掴もうとアルバートは手を伸ばすが手は宙を切る。
「スイフリー!」
 その突風に巻き込まれたのはジョニーとバースだけではなかった。直線上にいたリナ、スイフリーも巻き込まれ、咄嗟にリナを抱えることにしかスイフリーにはできず
「……嘘……」
 四人の体は崖に投げ出され、それぞれ仲間の手はむなしく宙を掴み、四人の姿は奈落へと消える。
『バースっ!』
 同時にロアとアルバートが叫ぶ。
 ロアは駆け出しつつ、自分に風魔法をかけ崖から飛び降りようとするがケイによって止められる。
「駄目だ! この風ではお主も無理だ!」
「アルバート! 駄目っ!!」
 一方ではアルバートも、崖から降りようとしていたが同じようにソフィーに止められる。
「今……四人が……!」
「落ち着いてください。状況は私達だって同じことです。早く迂回できる道を探しましょう。この風ではとても……」
 セイラは冷静に判断し、迂回できる道はないかとあたりを見渡す。
「確かに今はセイラの言うとおりかもしれない。下手に焦ったらそれこそできることもできなくなる……今は道を探そう」
「よし、道探すなら任せろって。目の良さならきっとこの中なら一番だから」
 タッドは自信満々に言い放つ。
「……ジョニー、バース……無事でいてくれ……」
 ケイは落ちた奈落を見つめる。そこからは風の鳴く声しか聞こえず、それがやけに不気味であった。


 自分はこのまま死んだのだろうかとジョニーは思った。記憶が確かなら落ちたのは相当の高さであるはずだ。きっと下に叩きつけられたのだろう、だから痛みをまったく感じないのだと、ジョニーは笑う。
 笑ってでもいないと、この事実を認めるのは苦しかった。
「……どうせなら、最後にバースのスリーサイズを今度こそ……」
「……なに言っているんだよ、変態」
「ふ、こんな時までバースはボクを冷たく……」
「いいから起きろ!」
 鈍い痛いにジョニーの目は覚め、飛び上がるように起き上がる。
「……あ、れ……生きてる!? ボク、落ちたよね……?」
「どうやらこれのおかげみたいよ?」
 リナは自分の下に生えられた草に触れる。草のベッドといった感じで、結構多く生えていた。
「凄いふさふさ……ボク達ってよっぽどの悪運の持ち主みたい。あぁ、でも良かった! 本当に生きてるって素晴らしい……!!」
 自分を抱きしめ、ジョニーはそのまま軽く泣きそうになったが、既に三人は立ち上がっており、
「……とにかく今は上へ出る道でも探したほうがよさそうだな」
「あれ? ちょっとボクの感動は無視なの!?」
 ジョニーの言うとおり、スイフリーは彼の言葉を無視し、バースを見る。
「……ところでいつまで警戒するつもりだ?」
「何のことさ」
「俺がわからないとでも? 今、ここで戦うことに意味などないだろう……それとも一度やられたことを怖く思ったか?」
「誰が! 何ならもう一度やろうか?」
「はい、ストップ。こんな狭いところで戦うのは止めてくれる? 今は合流が先でしょ、多分アン達も合流しようって思うから……貴方の仲間達と一緒に……」
 リナの呟きにジョニーの気持ちは一瞬、高揚に近い感情を覚える。
 今まで激しく嫌悪を抱いていたリナの口から『貴方の仲間』という言葉が出ることに嬉しく思えたからだ。
「そうそう! 早く合流しないと……バース? どうかしたの」
 スイフリーを睨むことを止めたらしいが、かわりにバースは下を俯き何かを思っている様子であった。
「……別に。ほら行くんだろう、なら行こうよ」
「うん……いやなんか下向いて何かあったのかなって」
「深い意味なんてないって」
 バースは一人先を歩き始め、三人はそれにつられるように後に続く。
 リナも一度、ケイ達に助けられてからかジョニー達に対する態度が若干柔らかくなったような気がした。スイフリーは相変わらず、表情は読めないが特に深い嫌悪感を抱いている様子はない。
 それから上へ向かう道を見つけることは容易かった。
 ――そう道を見つけるだけなら。
 坂道を黙々と歩き続けてどれだけの時間がたったであろうか。四人の間には会話がない。別に話すことができないほど、空気が張り詰めているとかではなくただ純粋に体力の消費が激しかったのだ。
 要因は上に通ずる坂道が非常に長いことと、この渓谷に絶えず吹き続ける風が知らぬうちに四人の体力を奪っていたからだ。体力温存することを考えるなら、ハイキング気分でおしゃべりしながら上るわけにもいかず、最初ジョニーはこれで仲を深めればいいと思っていたが無理な話だ。
 何せ自分にすら余裕がないからであり、この中で一番余裕のあるスイフリーはリナの体を心配してか、途中何度か彼女に手を差し伸べていた。
「平気よ、スイフリー……そんなに疲れてないから」
「だが何かあったらすぐに言え。お前を背負うくらい苦にも思わない」
「……ちょっと目の前でいちゃつかないでくれませんかー?」
「いちゃつくってどういう意味よ……」
「いいよ、別に。ボクは目の前で誰が恋愛してたって別に悔しくなんか……悔しくなんか……! 普通に『お前を背負うくらい苦にも思わない』ってどこのキザ男? うわぁ……二人がそんな関係とはこの僕としたことが鈍感だったなぁ……」
「だから! 勝手なこと言わないでくれる? スイフリーも何とか言ったら?」
「……別に俺は真実を述べたまでだが?」
 静かにため息をつくリナ、それを笑うジョニー。
――あれ、でもこれって肯定って意味……? えぇ、まさか嘘だろう!?
 暢気に笑った後、やっとことの意味を理解できたジョニー。その三人のやり取りなどをまったく見ていないのか、バースは特に反応を示すことなく歩き続けていた。
「ちょっとバース! 歩くペース早いって」
「……三人が遅いんだよ。これくらい……普通だから」

 バースはそう言い放つが、どこか口調は苦しそうで息を何度も吐いている。まるで早く急かすように歩き続け、何かを我慢しているようにも見えた。
「どうしたの? 何か様子おかしいって……」
 そっと肩に触れようとジョニーが手を伸ばそうとしたとき、バースは小さく声を漏らし、そのまま左足首を押さえるとしゃがみこんでしまう。
「バース!? どうしたのさ!」
「関係ない……!」
「関係あるって! ちょっと御免」
 ジョニーはバースの制止の声も聞かず、彼女のズボンの裾をめくり上げる。
それは恐らく落下の際に足首を捻ったのだろう、彼女の白い足首は赤く腫れ染まっている。
「どうして……言わなかったの……酷い腫れじゃないか!」
「これくらい大したことない……それに甘えるのは嫌い……」
「怪我してる時くらい甘えていいんだってば! あぁ、もう!」
 ジョニーは叫びながら、バースを抱える。
 その行動に驚いたのは勿論バースであり、抱えあげられた瞬間に声をあげる。
「……な、お、降ろせ! 嫌だ、絶対に嫌だ!」
「いいからもう、大人しくしてて! ボクだってこれでも大人なんだからね! 一人を抱えて坂道を登るくらいの体力は……あるはずだから!」
 勢いの行動はできたとしても最後の自信のない口調はジョニーらしいと言うべきであろうか。だが、このジョニーの突然の行動に呆気に取られたのはバースだけでなく、その光景を見ていたリナとスイフリーも同様であった。
「……貴方、ただのオカマかと思ったけど意外にやる時はやるのね……」
「失礼な、ボクがただのオカマじゃないことを見せてあげるよ……」
「……疲れたら別にかわってもいいからな、お前よりも体力はあるからな。それで変に落ちたりしたら面倒だ」
「ご、ご心配なく、年長者の意地を見せてあげるからさ。……バース、ということだから今は大人であるボクに甘えるように! 別にバースが女の子とかそんなの関係ないからね、無理してるところなんて見たくないんだから」
「え……今、女の子って……」
 リナはバースの正体を今まで男と思っていたゆえに、ジョニーの言葉に驚きを隠せない。
「リナ、一度手合わせしたらわかるぞ」
「……嘘だろう、スイフリーわかってたの……!?」
「だからなんだ。別に性別など関係ないだろう」

 スイフリーは歩き出し
「行くぞ、もたもたしてると日が落ちる」
 先頭を歩き、道に転がる小石を払いながら先に進む。スイフリーが歩きやすいように作った道を二人が続き、バースはジョニーに抱えられながらこの状況をどうすればいいのだろうと更に俯いた。


 一方、残された者達はやはり四人を助けに行こうと下へ続く道を降りていた。皆の目には四人を心配する色が如実にあらわれている。
「絶対に大丈夫だよな、ほらなんか運とか凄く強そうだしよ……!」
「あのスイフリーがいるんだからな。無事に決まってるし……」
「無事であることを信じるしかあるまい。だが早く合流するに越したことはないからな」
「……もし怪我とかしていたら余計、早く合流しないといけないですから。だって回復を使える人はいないのでしょう?」
 セイラの指摘は正しく、あの四人の中に回復魔法を使える者はいない。故にもし誰かが怪我をしたのなら一刻も早く合流する必要があった。
「だ、大丈夫だもん……オカマちゃんとか悪運強いからきっと……」
 ソフィーは励まそうと一生懸命に、元気さを振りまくが語尾がいつもよりも弱気であった。
 皆、無事だと何度も口にするがその口調はやはりソフィー同様、弱い。
「嬢ちゃん、そう湿気た顔するなって。タダの奴らじゃねぇんだろ? なら安心しろって」
 逆にジャックはまったく心配する様子はなく、いつもの彼である。それはアンも同様であり、いつもの表情をまったく崩そうとはしない。
 その中、なにやらそわそわとしているのはアルバートであった。
 やけに急かそうと皆を動かし、誰かが止めに入らねばそのまま一人駆け出しそうな勢いでもあった。アルバートの脳裏には落ちたバースの姿がよぎり、その様子だけがしつこく頭の中で繰り返されていた。
 あの時「守りたい」と願った自分だが、もう守れずにいる。その自分の不甲斐なさに嫌悪を感じつつ、早く会いたいという気持ちも強かった。
 ふとジョニーと一体、何をしているのだろうと彼の中でよぎる。
 確かジョニーは今までバースを「理想」として追い掛け回していたはずだ。今まではその様子を微笑ましいと思っていたが、この頃それを微笑ましく思えない自分がいた。
 自然と接触するジョニーを羨ましいと思う反面、どこか悔しさが残り、この感情が一体何かまだわからぬまま二人が落ち更にアルバートの心はひそかに揺れていた。
「……アルバート、焦るな。焦って合流できるなら誰だってする」
「なんでロアはそんな余裕なんだよ! 心配じゃないのかよ!?」
「……心配に決まってるだろう。それもわからな……冷静になろう、こういう時こそ冷静になるべきだ」
 ロアは落ち着いた様子で言い放つが、その彼にも僅かな動揺は見えている。
 その変化をやや不思議と感じ取ったのはアンである。自分の知らぬ間に何か変化が起きたのではないかと察しつつ、
「その揃いも揃って辛気臭いのはどうも性に合わないわね。案外、けろっとした顔でひょっこりと出てくるものなのよ……こういう時はね」
 くすっと笑い、隣を歩くロアの肩を小さく叩く。
「でしょう? しっかりしなさい」
「……ありがとう、私は平気だよ」
「そうかしら? まぁそういうことにしてあげてもいいけど。ねぇ、ロア貴方達の間に……」
 何があったのか思わずアンが問おうとしたときだった。
「……オカマちゃん? あの派手な髪、オカマちゃん!!」
 ソフィーの嬉々とした声が響き渡る。彼女が指をさす先にはオレンジ色がちらちらと揺れている。
 そのオレンジとケイ達の距離が近くなり、自然とアルバートは駆け出していた。風で移動しにくいとわかっていても早く、仲間が無事なところが見たいと思いながら。
「み、皆……!」
 ジョニーの叫び声にしては弱い声が、返ってくる。だがジョニー達の光景に一瞬、固まる。
「はぁ……よかった……やっと合流できたぁー!」
 スイフリーとリナ、そしてバースを抱えるジョニー。
「バースもう平気だからね。回復かけてもらえるからさ」
 ジョニーは嬉しそうにバースに話しかけ、そっと地面に降ろす。
「……一体、何があったのだジョニー?」
「バース、足首捻ったみたいでさ。それで途中から運んできたんだよ、ボクだってこれでも人一人くらい抱えられるからね」
 疲れたと腰を降ろすジョニーと、そのジョニーに恥ずかしさからかバースは目を決して合わせようとしない。
「でも流石に坂道は腰にき……いやそんなの気のせいだ、うん……!」
 一瞬、自分の年を考えたジョニーはそれを振り払うように苦笑する。仲間と合流できて嬉しいと思う反面、ジョニーの頬はすっかり赤く染まり、汗もかいていた。
 彼の中にもまだバースを「女」としてどう見るべきか悩むところがあるのだろう。表向きは「仲間」のためと何度も言いながらも一度も「女」として意識していないと言ったら嘘になる。バースを抱えながらジョニーは自分に問い続けていた。
「バースちゃん、大丈夫!? 今、ソフィーが回復してあげるねっ!」
 ソフィーは慌てて駆け寄り、杖をかざすなり回復魔法をかける。
「……バースちゃん、痛いの? すぐ楽になるからね!」
「……いや、平気……ずっと歩き続けたらわからなかったけど」
 バースは握り拳を作る。ジョニーにも戸惑いがあったように、バースにも戸惑いは存在していた。嫌というほど女の自分を見せ付けられ、それをどう受けいれるべきか……。
「無事でよかったぞ……本当にそう思う」
 ケイ、アルバート、ロア……この中にも心の変化がまったくないと言ったら嘘なのだ。それを認めない者、認めようと思いつつ感情がわからず戸惑う者。
 自然と目で相手を追う。
 バースとジョニーを見つめる瞳。
 それは自分達の知らぬ間に思いめぐり、皆の心に小さな思いを抱きつつ……。

NEXT
BACK


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送