早朝、一面曇り空で今にも降りだしそうな天気であったが、彼らが宿屋から出ようとしたときには雲は消え、代わりに太陽が姿を現していた。
 さほど暑くも寒くもなく、肌を通り抜ける風も気持ちいい。
 草原を歩いているせいだろうか、草や花が揺れ、一瞬今日はピクニックかと勘違いしそうになるほど、麗らかであったのだ。
 勿論、ピクニックではない。
 だからといって、特別何か……という目的も存在しないのも事実。
 当初の目的は既に達成されており、むしろその後知らぬうちに巻き込まれた……というのが正しいのかもしれない。
 神との出会い。
 こればかりは無視できず、最初は一触即発の雰囲気であったが今は、はるかに穏やかな関係である。まずリナの復讐心を少しずつとかしていけたのが幸いだろう。あとはジョニーの存在が、大きく関係していたことも忘れるわけにはいかない。
 明らかに以前戦った魔王と違い、その様子に神は戸惑うが段々その変化を理解しつつあることも事実だ。
 だがこれだけではない。
 以前、ケイ達魔王のみではなく、神達も狙った存在を――あの大聖堂で会った敵がそうであるように。
 まだその存在を彼らはきちんと把握できていなかった。
 だが確かに自分の知らぬ場所で何かが動いている。そこまでは理解できた。
 問題はその後であった。一体、自分達を狙う者が「誰」であるのか、「何故狙う」のかを探らねばならない。
 少なからずともただ者ではないということだけは確定していた。
 人の姿、ましてや5人に分裂した彼女等を襲ってくるところを見るあたり、魔王が5人に分裂したことを知っている者でなければならない。
「ん、あれってアゲハ蝶だね」 
 ジョニーが暢気に呟き、隣を歩くケイは視線をジョニーが見つめる先へと移す。
「やっぱりこう天気がいいと、蝶々もやってくるわけか」
「それに花も咲いているというのも理由だろう。どこかで昼食をとってもいいかもしれぬな」
「さんせーい! ピクニックみたいで楽しそうだもん」
 やはり思うことは同じなのだとジョニーは小さく笑う。
「こうなったらもう昼寝だよな。魔物も出る雰囲気とかまったくねぇし」
「ちょっと……それこそ本当に『ピクニック』になってるんだけど……」
「へへ、いいじやねぇかバース。折角の天気なんだぜ? 楽しまないとな!」
 知らぬ間に話の流れはすっかりピクニックになっており、『旅の道中』というニュアンスではなくなってきている。
 先頭を歩くロアは皆を見守るように傍観しており、その後を続くアルバート達、末をつとめるジョニーやケイも午後の麗らかな陽気に羽を休めようという気が大きく膨らんでいた。
「じゃあ、あのでかい木の下で弁当ってどうだよ?」
 丁度、運よく休憩にはもってこいの大木がそびえたっており、『じゃああそこまで競争とか?』とアルバートは活き活きとしている。
「走るって余計疲れるじゃないか……」
「あ、ジョニーは自分が年で負けるのが嫌なんだろう?」
「はぁ? 誰が年ですって! 誰が……。年齢に関して言うとは大した度胸じゃないか。まぁ一番は無理かもしれないけど年だけは関係ないね」
「じゃあやろうぜ。それに運動した後の飯は最高に上手いしよ」
「アルバート、頑張って一位取ってね!」
 ソフィーの黄色い声援が響く。
 この後起こる、惨劇を誰が一体想像しただろう?
 ケイは自分の心を見つめ、答えを見つけた。まだ答えを見つけていないものも確かにいる。
 でも今は皆、幸せであったはずだ。
 他愛のない会話を交わし、道を歩き、はしゃぎあう。
 それだけで十分ではないか、一体何故――
「それじゃあ、いっくよー!」
 アルバートとジョニーが構える。他はゆっくり行くことになり、自然と一騎打ちとなってしまった。
「よーい…………どんっ!!」
 同時に二人が駆け出す。
「アルバート、頑張ってー!!」
「ジョニー、ここでしっかりせぬと貫禄が出ぬぞ?」
 それぞれの声援の中、二人は大木目指し走っていた。ジョニーはアルバートとの体力の差を感じていたのか、正直心臓の高鳴りが激しく辛いのだが、彼の頬を通り抜ける風がやけに清清しかった。
「こりゃ、俺の勝ちか?」
 アルバートは余裕があるのか、背後を走るジョニーに向けて声をかける。
「だ、誰が年寄りだって!?」
「いや、言ってねぇよっ! おい、何変な言いがかりつけてるんだよ!!」
 聞く耳持たず。
ジョニーは、必死の形相でアルバートを追いかける。アルバートはその顔の怖さにすぐに前を向き、一気にスパートをかけるかとそう思ったときだ。
 刹那―― 
 どさっと倒れる音がアルバートの耳に届いた。
 きっとつまずいて転んだのだろうと、笑いながら後ろを振り向き――固まった。
 表情が笑いの表情から、無表情へと変化していく。
 それは二人の戦いを見ていたケイ達も同様であった。
 今、ここで何があったのか皆理解できないように「それ」を見た。
 ――ジョニーは倒れていた。
 それがただ転んだだけのものではないと誰もが理解していた。仰向け状態で倒れたジョニーの背には綺麗な紅がくっきりと咲いていた。
 その紅はじわりじわりと服に染み渡り、同時に感じるのは嗅ぎ覚えのある鉄分の混じった匂い。
 ソフィーの唇が震えていた。声を出そうにも出せず、口元を押さえるように。
『すべてはあのお二人の為に……!』
 背後で、声がする。
 きっとジョニーを貫いたのはこの魔物なのだ。
 声に言わずともケイ達はそれを理解する。
 ――もうケイ達は知ってしまっていた。
 この魔物の一撃がジョニーの心臓を確実に貫き、倒れるジョニーは「ヒト」ではなく「モノ」になっていたことを。
『ふははは……これで認められる。あのお二方に!』
 魔物は狂ったように叫ぶ。それはこの草原には似合わないほどの声で。
 その声が突如途絶える。
「……もう何もない」
 誰とも言えぬ声――その声が、魔物の形を完全に消滅させたのがわかった。


 はっとスイフリーは眉をひそめる。と、言っても普段表情の見えぬ彼が眉をひそめたところで、その変化に気付くものはいない。
 だが今は違った。
 リナを除く四人はスイフリーと同じように何かを感じ取ったようだった。
「リナ、今日はここで野宿にしましょう。ずっと歩いていたから疲れたでしょう」
「え? でも大して進んでないけど……それに私は全然平気よ」
「あーリナ。実はなリナが平気でも俺が駄目なんだよ」
 突如、ジャックが口を挟み、リナは更に不思議そうに首をかしげる。
「どうも昨日、飲みすぎてな……ばっちり二日酔いなんだわ。それでセイラにこっそり休みたいなって宿を出て少ししてから言ったんだけどよ……」
「まったく駄目なおっさんだよな。駄目になるほど飲むからだろ」
「まぁ子供のタッドには酒の味はわかんねぇけどな」
「何だと!」
「……下手に調子の悪い時に無理をしたところでいい結果も得られない。少々、不本意だが休むぞ」
 リナにはこの行為が不可解で仕方なかった。彼女の記憶の中で、酒をよく飲むジャックを見ることはあったが二日酔いになる彼を見るのは初めてだからだ。
 野宿のためと用意する中にもどこかぎこちなさを感じ、何かを隠しているのかとリナは思った。だからスイフリーやアンにさりげなく探りを入れようとするが、二人は何の代わりも無い。
 それでもリナの疑問は拭えない。
 ――明らかに何かを隠している。それは自分には知られなく何かであるということ。
「スイフリー、どこへ行くの?」
「……野宿に使う水を汲みにいくつもりだが」
「そう水を。そんな顔で?」
 リナはじっとスイフリーの隠された瞳を見る。
「このまま騙せると思った? 私は……仲間じゃないの? だから本当のこと、言ってくれないの?」
「リナ……それは違いますわ」
 スイフリーのかわりにセイラが答える。
「こんなに早く見抜かれるのは正直、予想外でしたがでもできることなら見て欲しくないから」
「なにを? 何を私に見られたくないの!?」
「……いいもんじゃないってことだよ。本当ならタッドをここに残していこうかと思ってたんだけどな」
「いいからはぐらかさないで! 一体、私の知らないところで何があったの!?」
 スイフリーの胸倉に思わず掴みそうになった瞬間、地面が揺れリナは事故でスイフリーに寄りかかる。
 先ほどまでいい天気だった筈だが、今は雨の降りそうな一面灰色に染まっている。
「時間がない。来るならついて来い……」
「いいの、スイフリー?」
「……仕方ないだろう。リナは元からこんな奴だ、最初からこうなるとは思ってた」
 駆け出すスイフリーを追う。
 自然と嵐の中央へ行くような気がしていた。灰色の空の中心、そこには稲光が響き、今にも雨が降りそうであった。
 リナは一瞬、このまま行っていいのかと自問自答する。人間としての直感であろうか? 先にあるものが『危険な何か』だということを体で感じていた。
 しかし自分で言ったことに責任は持つと、腕を強く握ると更に足を速める。
 鳥の鳴き声も、魔物の唸り声もまったくしない。
 一体、何があるの? と問いかえる気力すら起きなかった。むしろ逃げ出しそうな体を押さえ込むことで精一杯で暢気に話しかける余裕などないからだ。
「何故……」
 先頭を走るスイフリーは足を止め、呟く。リナは突如止まったスイフリーに対処できずに、彼の背に倒れこむように止まった。
「いきなり止まらない……」
 彼の肩から先を見ようとひょいと覗き込むなり、リナは声をあげた。
「す、スイフ……」
「誰がやったかは知らない。問題はその後だ……」
 空を見上げる。
 どんよりとした灰色の空でも、その銀は見事に映えていた。
「リナ、貴方は見ないほうがいいわよ。アレはもう人間の手に負えるものじゃない」
 アンが上を見上げようとするリナの視界を遮る。
 風に揺れ、銀色の髪が揺れている――それは一人の男だった。
 だが『人間』とは違う、異なる存在。リナがずっと復讐を持っていた相手であり、その相手が今目の前にいた。
 しかしリナ刃を持ち復讐する気にはなれなかった。
 彼女の目の前で既に話すことを止めてしまったジョニーの姿が強すぎて――。
「俺達にはアレを止めないといけねぇんだよ……それが神だ」
「でも、勝算はどうなのだよ。向こうは完全に一人の魔王になっていてこっちは五つにわかれたままだ」
 タッドは睨みつけるように魔王を見る。まだ魔王はリナ達の存在には気付いていないようだ。または気付いているのかもしれない、でも彼にとって小さいリナの存在や五つにわかれた神などどうでもよかったのかもしれない。
 魔王は手を振りあげ、降ろす。
 彼の延長線上にある地面が盛り上がり、大木が綿埃のようにふっと飛ぶ。
「破壊する気か……」
 魔王に何か目的があって破壊しているようには見えなかった。
 ――ただ壊すだけ。
「悲しいの? ジョニーがいなくて……」
 リナの呟きにセイラははっとした顔で見る。
「悲しい? 魔王が人の……ジョニーの死に?」
「そんな気がしたの。だってあれはケイ達なのでしょう? ジョニーがいなくなって彼女達には何も残ってない」
 まるで両親を失ったときの自分のようだとリナは続ける。
 悲しい破壊。
 表情の読めぬ魔王は一体、何を考えてながら草木を払っているのかあくまでも想像することしかできない。リナの言うことが正しいのか、ただ破壊衝動に襲われているのか。
「魔王と神は逆の存在。だから今までずっと戦い続けてきた」
「スイフリー?」
「神にはある権限があるのだよ、でもそれは神のエゴ……だから俺達も使うことを封印していたのだけどな」
「そもそも力を多く使いますから、今の私達では限度があるのです」
「……ねぇ話が読めないわ。貴方達――神は何をするの?」
 ジョニーの元へ向かうスイフリー。
「……助けるんだ、魔王を」


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