『覚醒……。そ、そんな馬鹿な!』

「……よく意味がわからないけど、お前はもう死ぬしかないよ」
 ジョニーはバースの名を呼ぼうとしたが、背中の傷が思ったより深く声にならない。
「もう平気だから」
 バースがそっと呟いた声を聞いたと同時にジョニーの意識は深い海に落ちる。そのジョニーの様子を見てバースは胸の痛みを隠せずにいた。
 背から流れる紅。
 もっと早く記憶を取り戻していたら怪我を負うことはなかったのかもしれない。
『だからと言って、それがどう……』
 魔物は言葉を一瞬詰まらせる。目の前にいた筈のバースの姿がない。
『どこにいった!』
「遅いんだよ」
 それは魔物が振り返るよりも早く、攻撃を仕掛ける前に魔物の腹が焼かれる。魔物の咆哮が教室を包み、バースは倒れゆく魔物に目もむけず残りの敵を鮮やかな手際で燃やしていった。
 
 
 ――あれからどうなったけ。
 ジョニーは目を閉ざしながらそう思った。体が思うように動かず、ただ心の中で思う事が精一杯だ。
 バースと再会したものの彼には記憶がなかった。そう知ったとき、ジョニーは大きく傷ついていた。もしかして皆も同じように自分との思い出をなくしてしまっているのではないかと……
 それがあまりにも悲しくてジョニーは言葉を詰まらせた。
「……ニー。ジョニー……」
「ば、ばぁす……?」
「起きた?」
 ジョニーは辺りを見渡し、ここは病院かと思ったがバースはすぐに保健室だと彼に告げる。
「ねぇ、君はルイ? バース?」
 あの時見たことがもしかして夢ではないのか、自分がどうしてもルイを認める事ができずにルイを勝手にバースとして記憶を捏造してしまっているのではないかと。
 それだけジョニーは不安だった。
 この歳になってここまで感情的になれるのはそれだけ仲間の存在が大きすぎたことを意味し、彼がそれだけ仲間を深く求めているからであった。
 だがそれはジョニー一人の感情ではない。
 バースは唇の端を軽くあげると、
「馬鹿じゃないの。ルイってどこの誰? オレはバース、寝ぼけたこと言うのやめてくれる?」
「あぁ、バース……」
「久しぶり」
「うん……」
 確かに『バース』がいた。
 自分の知る『仲間』のバースが今、自分の前にいて自分と共に会話を交わしている。
「夢、のようだよ……」
「なら頬でもつねってみたら? 夢じゃないってすぐにわかる」
「だろうね。本当にどこから話せばいいだろう、君達がいなくなってボクは実家に戻ってずっと一人だった……」
「オレ達もそう」
 バースはジョニーからやや視線を逸らし、過去を馳せるような表情を見せた。
「あの時、オレ達は確かに自分の意思で剣を自分自身に刺した」
 最後の別れを告げ、きっと自分達はこのまま朽ちてしまうのだろうと思っていた。心残りはあのままジョニーを置いていくことであったが、彼を殺さずにすんだことが何よりも嬉しい。
 最初から自分は朽ちてもジョニーだけは生かそうという気持ちが五人にはあったからだ。
「でもそこから曖昧なんだよ。オレが最後に見たのはケイ達がまたばらけるその一瞬。確かにオレみたいにばらけた。それだけは自信をもって言ってもいいよ。だってばらける瞬間を体験したのはこれで二回目だから」
 ジョニーは静かに頷き
「それでその後君は……?」
「気がついたらこの学園にいた。その時からバースっていう名前も記憶もない。名前すらわからなかった」
「じゃあルイっていうのは誰かが決めてくれたのかい?」
「いや、オレが決めた。とにかく記憶が戻るまでこの学園にいることにした、ルイとして」
「それでボクが君の前に現れたんだね」
「オレが知るのはそこまでだよ。それで多分他もオレ同様に……」
「記憶がなくなってる」
 今度はバースが静かに頷く番だった。
「そっか。でも皆生きてるんだよね? ならよかったよ……ほら、記憶だったら君と同じように戻してあげればいいんだしね。あ、でもこれからどうしよう。君の場合は邪鵠と冥夢が気配を探ってくれたから居場所がわかったけどこれからは」
「それは平気。何かうっすらだけど気配を感じてるから」
「気配?」
「オレと同じ気配。多分四人のうちの一人だと思う。他はわからない……一つの気配しか感じ取れない」
「一人でもわかれば十分だって! 早く皆に会えるといいな、ねっ? バース」
 ジョニーは満面の笑みを浮かべて言う。
 思えばその笑顔を見るのは久しぶりだとバースは心の中で呟き、自然と笑顔で返したのだった。
 その時、ふとジョニーの表情が僅かに変化したことをバースは気付かない。
「……本当に、本当にボクの目の前に……」
「ジョニー?」
 感動のあまり声が震えているのだと思ったが、ジョニーは昔に何度か見せた危ない目をしており、
「ボクの理想! やっぱりボクの理想は君だけだ! もう絶対に離さない! というか離れろと言っても絶対に離れるものかっ!」
 突然飛びついてきたジョニーにバースは面を食らった表情を見せる。
「ちょっ、なに調子のってるのさ! 抱きつくな、離せ!」
「イヤだっ! ずっとボクは捜してたんだからこれくらいの抱擁……」
「だったらさ……」
 彼の左手に持つあるモノを見つけると
「そのメジャーでオレに何するつもり?」
「…………えへっ。まぁ細かいことは気にせずにこの感動を是非とも……!」
「魂胆がバレバレなんだよ」
 ぺいっとジョニーを引き剥がし、
「本当に前と全然変わってないね」
「勿論。ボクがそう変わるわけないだろ? だってあまりにも変貌してたら再会したときに寂しくなるじゃないか」
「そう……」
 ならジョニーは記憶を失い、大きく変貌した自分と出会った時に寂しさを覚えたのだろう。バースは更に心の中で、再びジョニーに会えた奇跡を身に感じていた。
 魔王である自分がまたこのように生を受けることができたのはジョニーのおかげであろう。ジョニーが朽ちゆく自分達をすくいあげたようなものだった。もう二度と生きることが叶わず、最後の思い出としてジョニーのことを馳せるつもりであったがジョニー自身がそうさせなかった。
 きっと彼はそんなことを意識的に思わずに無意識に想っただけだろう。
 ただ旅の仲間であるケイ達と別れたくなかった、その気持ちだけが彼を揺り動かし、結果バースを含むケイ達にも大きな影響を与えたということになる。
「ありがとう……」
 バースは普段、滅多に口にしない感謝のことを静かに述べた。
「ん? 今、何か言った?」
「え、いやなんでも……」
「確か『あ』で始まって『う』で終わったような……」
「聞こえてたじゃないかっ!」
 二人は楽しげに会話を繰り広げる。これが三人、四人、そして最後には六人で楽しく会話をできる日々を待ち遠しく思いながら――。
 
 
 学園を離れ、二人の旅が始まった。ジョニーの足取りは最初よりもはるかに軽い。隣を向けばバースがいて、話しかければ返してくれる。
 それだけジョニーは心が躍った。
「ほら、バース! あれじゃないのかい?」
「……そう」
「ほらほら、絶対あそこでしょ? よかったね、早く着けて!」
「全然、よくない」 逆にバースはジョニーよりもはるかに足取りが重かった。勿論、ジョニーと旅をするのが嫌だとかやる気がないと言うわけではない。
 向う場所がバースにもとい、魔王にとって具合の悪い場所であったからだ。
「普通、魔王っていうものは根っからの闇属性で……」
「え? じゃあアルバートは? 確か光の力を使ってたと思うけど」
 ジョニーの記憶の中ではアルバートが何度か光の魔法を使っていたという映像が残っている。それにケイが以前にそんなことを言っていた筈だと続ける。
「あれは確かに『光』も苦手だけどオレ達が今言ってるのは清らかな『聖』のこと」
「光と聖って違うのかい?」
「光よりももっと力が増したのを聖って思ったほうがわかりやすいんじゃない? オレ達みたいな闇の力が少しでもあると聖の影響を余計に受けるんだって」
「魔王なんて闇の塊……じゃなくて闇の力が魔物達より強いからね」
「だから聖なる力が強い場所にいると力も安定しないし、気分も悪いから極力近寄らないのが普通なんだよ」
 バースは建物を見上げ、聖の象徴物に眉を潜め
「教会に誰かがいること事態がおかしい。よく今までやってこれたねって言いたいくらい」
「でもここにいるってバースが言ったんだよ?」
「……もしかしたら思い違いかもしれない。一度離れて、もう一度気配を探ったほうが……」
 バースは動こうとするが力が入らない。その時、横からバースを支えた人物にジョニーははっとした顔を浮かべ、その人物を凝視した。


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