「……じゃあ始めるか」
 ジョニーの背を見送るとジャックは斧を構えなおし、呟く。
「おっさんなんだから無理して腰痛めても知らないからな」
「子供に心配されるほど年をくったつもりはないぜ、タッド」
 最終決戦だというのに彼らの掛け合いは普段と変わりがない。だがそれが二人のやり方なのだろう、口ではそう言ってはいるが心配をしている証拠なのだ。
「二人とも少しは緊張感というものを」
「そう細かいこと言うなってセイラ。ちゃんと護るからよ」
 ジャックはさらりと、さも当然のように言ってのける。今までこの二人には妙な関係性ができており、一見セイラがジャックを諭す役としているようだが、よく見るとジャックはそれをわかった上で発言をしており、その中で自分の意思を躊躇いなく述べている。
 それは間違いなく彼の確固たる思いであり、今までそれをうやむやにしてきたセイラは改めて気付かされた。
「……信じます。貴方のこと」
 そう答えるのが精一杯だという様子で。ただ彼女の雰囲気に満足したのかジャックの表情はセイラにつられるように笑みを見せる。
「おう、任せろ。セイラには傷一つつけさせないぜ」
 タッドは二人の様子を見ながら、背後にいるソフィーに一言声をかける。
「どうしたの、タッドちゃん? 大丈夫だよ、ソフィーの魔法はすっごいんだから」
「……他の奴みたいに凄いわけじゃない。でも頑張る、ま……守るから」
 タッドは自分の台詞に顔が赤くなっていることを嫌なほどほど痛感していた。何故、ジャックは自然と言えるのか時間があれば問いただしてみたいところでもあった。
「うん、ありがとうタッドちゃん。皆で絶対に勝ち残ろうね!」
「わかってる! こんなことで易々と負けないこと証明してやらないとな」
 スイフリー達は自分達の力を信じて後方を任せたのだ、もし後方いる自分達がやられたとなるとスイフリー達の背ががら空きとなる。
 ある意味、自分達は彼らの背をあずかったということになる。
「……かかってこいよ、神と魔王の実力見せてやるぜ!」


 ジョニーは後ろを何度も振り向きながら走っていた。彼の中には先に行けと言ったジャック達のことが頭から離れずに、もしこのまま何かと思うだけで強い不安にかられた。
「あの四人を信じろ。俺達の背を任せられると思ったから、俺達は先に行った。そうだろう?」
「でも、もし四人が怪我とかしたら……」
「ジョニー、我らは神と魔王だぞ。ある意味、敵に回したくないものと一緒にいるのだ。安心するといい」
 城の石畳を皆は駆けていく。
 まさかもう一度、ここを走ることになるとはと、ジョニーは言いそうになったが今はそんな感傷に浸る暇ではないと、道の先を睨む。
 彼の記憶が正しければ、暫くは曲がり角一つもない直線だったはずだ。
「おかしいな……敵が全く出てこない。ここで足止めとして敵を配置してもおかしくないというのに」
「外に置きすぎたとか?」
「知略を得意とするシムメールがいるのだろう? ならそんなミスはしないよ」
「仮に出てきたとしても、俺がまとめて倒す。それだけだぜ」
 先頭を走るため、アルバートの表情は見えないが恐らく彼は真剣な目つきでそう言ったのだろう。自分の力を過信せず、あくまでも守るためにというニュアンスを混めた言い方だ。
 だがロアはどうしても彼らが罠を仕掛けてこないことが気になっていた。もし自分ならと考えた時、仕掛けるならここだという確証があるからだ。
 彼の中である考えが行き着く。そう、記憶が確かならこの長通路の下は大きな空洞と化していたはずだ。小さく漏れた声は空しく、石畳が規則正しく崩れる音にかきけされる。
 その崩れ落ちた先――下には魔物達の姿。これなら戦力の分散、または大きなタイムロスとなっただろう。それだけは避けなければならなかった。
 考えと行動が直結したようにロアは素早く魔力で風を集め、それをジョニ達にぶつけるように投げつける。
 もちろん、彼の行動に唖然としたのはジョニー達である。通路に投げ出されたジョニーは大きく開いた穴を覗き込み、
「なに、しているのさ!」
「ここは私が引き受ける、君達は先に行くのだ」
 無様に落ちることなくロアは浮遊を保ちつつ下へ降り立つ。魔物の数はソフィー達が引き受けた分よりも少なく感じたが、かわりに一体の戦力をあげたのだろう。
「そんな無茶な、幾らなんでも一人じゃ多すぎるよ。オレも……」
「気持ちだけは素直に受け取っておく。むしろシムメール達に多く戦力を残したい。それに私はすぐに君達を追える、浮遊の術を持つのは私だけだからね。……いいから行け!」
 戸惑うジョニー達に珍しく声を張り上げ、先に行くように強く促す。彼らの足が少しでも動いたのを確認するとロアは改めて数多くの魔物達と対峙する。
 一体どこに勝つ計算でもしたのか、彼にしては無謀なことをしたといってもいい。しかし今ここで多少の無理は承知の上だと覚悟を決めており、ジョニー達がシムメール達を倒すなら構わないと思っていた。
「でも一人でやるのは無謀じゃないかしら?」
「……先に行った筈だけど、姉さん」
 ロアは振り向かずに、荒々しく剣を振るう。
「何となく心配になったの。それに私は後方援護ができるから……役にたつわよ?」
 そう言いのける彼女はもう先に行く気などないようだ。
「わかったよ……でも正直助かる。背中、姉さんに預けるよ」
 やはりアンの顔を見ないままロアは剣を振るう。
 正しく言うなれば、彼女に背中を預けるのならその背を何度も振り向く必要はないからだった。


 やっと来たのかと、シムメールは重い腰を上げた。彼の手にはやはりワイングラスが握られており、今の今までワインを嗜んでいたところだ。

「来たのですね……しかし随分、数が減ったようで」
「お前達のせいだろう! バース達がボク達に先に行けって……」
「ジョニー、落ち着くのだ。今は二人だけかもしれぬが、これから皆が来るだろう。皆は追うと約束したのだ」
「どうだか。案外あっさり倒されちまっていな」
 シムメールの隣に立っていたグヴェンは口に入れていた棒を捨てる。飴の棒であろう、彼もシムメール同様に好物を嗜んでいたところだった。
「皆がやられるわけないだろ! むしろ後悔するのはお前達だ」
「人間のくせに舐めたクチ、聞きやがって……シムメール、少し相手してやろうぜ」
「構わないですよ? 私達に本当に敵うのか……自分の目で確かめてみるのもいいのかもしれません」
 シムメールは口でいうほど、乗る気ではないようだ。どこか気だるそうにジョニー達を見つめ、手にしたままのグラスをテーブルに置く。
「本当にやる気があるのか? 何故ここに我らが来たのかわかっておるのだろう?」
「私達が貴女達の両親を殺した敵だからでしょう? そして同時に貴女達の命も狙っている」
 そしてとシムメールは言葉を続け、
「私は貴女達のような混ざった血が嫌いなのでね……全くもって愚かなことだ。神と魔王が恋をするなど、馬鹿馬鹿しい」
「それをお前達が言う権利なんかないだろう! 自分こそ魔族と手を組んでいるくせに」
「利害の一致だからですよ。元より、貴女達のような『もどき』が出たところで前までもっていた清らかな考えだと捨てたのですけどね」
「一度、黒く染まれば浸透するのは早いってことだ」
「案外、魔族というのも悪くない。私達の野望を果たすためなら多少のことも目を瞑れるということですよ」
 ぞわっとケイは気持ち悪いに近い気配を感じ、咄嗟に飛ぶ。すると彼女がいた場所から鋭い剣が飛び出し、少しでも反応が遅ければ彼女は串刺しとなっていた。
「おや、勘がいいようで……何せ私は接近戦ができるタイプではないのでね。主に後方支援のほうが得意なのですよ」
 グヴェンがシムメールの言葉を同時に、普通に駆け出した、その筈だった。
「ケイ、右!」
 明らかに駆け出しただけの速さとは思えない程の距離までグヴェンはケイに詰め寄っていた。グヴェンの拳撃がケイの体を僅かに掠り、体重の軽いケイはその風圧だけでも飛ばされ、手に持つ鎌で地面へと着地する。
「意外にいいセンスしてるじゃねぇか、流石魔王ということか?」
「父上のように倒されるわけにはいかぬ。両親の敵、悪いが討たせてもらうぞ」
「敵討ちだぁ? そんなもんで倒れされちゃ敵わねぇよ、俺達はお前の親父には飽き飽きしてたんだ。軟弱な奴で、ロクに戦争も起こさない、そんなのを魔王だなんて誰が認める? 俺達、魔族は血の海でしか生きられない、刃向かう者には死を、そして永遠の支配を!」
「間違っておる。皆が血に飢えた魔物と思わぬことだな、むしろ血に飢えた魔物など、知能の劣る存在といえよう。戦うことしか知らぬ蛮人など興味ない」
「蛮人……それもそうでしょう、だからこそ私は魔王も必要ないし、魔王の血を持つ穢れた神もいらないのですよ。そう、戦うという手法自体がもはや愚かだと思いませんか? だからこそ私は戦わずして、この世を欲しくなったのですよ」
「シムメール、俺のお楽しみも残してくれる話忘れるなよ?」
「もちろん、覚えていますよ。……何故敵は刃向かうのかわかりますか? それはまだ自分達にも勝てるという要素があると思うから、なら刃向かわないためにはその牙を毟り取るか、その牙を向く前に絶対的な力を見せればいい。非常に原始的な話ですけど、それが一番単純でいい方法なのですよ」
「一体、何が言いたいのさ。いちいち回りくどい」
「こういう性分なので。私は神の右腕として参謀としていましたが、それに伴うだけの知識はあるのですよ。つまり完全に刃を落とすだけの術を持っているのです」
 シムメールが指を鳴らすと、彼を中心に今まで何もなかった石畳から白い文字が浮かび上がってくる。その距離はジョニー達がいる場所を全てつつむほどの大きさでもあった。
「何ももう見せることはねぇんじゃないのか? 脅しは雑魚のすることだぜ?」
「いいのですよ、これくらい派手でも。これが何であったとしても、私の描いた魔法から逃れることはできない――そうここが貴方達の墓場なのですよ。他の仲間が来たところでこの事実には変わりはないのですけど」
「何を言うか。これで我らが恐怖におののくとでも言うのか? まさか、むしろ更に引けぬと奮い立たせるわ」
 グヴェンはちらっと床を見つめる。何もここまで派手に手を見せるシムメールの行動に違和感を覚えていた。今まで彼と行動を重ねてきたが、この男は非常に陰湿で見せびらかすよりも隠し通すほうが本質のように見えた。
 それを何故、見せるのかが不思議で仕方ない。
「では私は私の仕事をしましょう。グヴェン、この円陣がある限り、貴方の力は普段よりも倍以上になるでしょう」
「……じゃあこれってただのサポートの為だけか」
「そうですよ? 一体何を期待したのですか。加速から筋力の増倍まで全てこれ一つなのですから、少々派手になるのは仕方ないものです」
 さも当然のようにシムメールは答え、更にグヴェンは彼の心中を察することができなかった。魔術を得意としない、グヴェンにはこの円陣が何であるのかさっぱりわからずシムメールに聞いても場合によっては騙すだろう。
「まぁいいさ。強くなるっていうならそれで十分」
 元より利害が一致したという理由で共にいたはずだ。その関係性に信頼などを求めることすら無理なのだ。自分がやりたいようにやる、それが二人のルールであったのかもしれない。


 アルバート達の周りには倒された魔物達が山をなし、その中立つものはアルバート達四人しかいなかった。
「結構時間がかかったが、今から行けば問題ないな。急ぐぞ、幾らなんでも二人だけでは心配だ」
 四人は一歩踏み出し、二歩目を踏み出すところでリナの体が揺らめいた。
「リナ、どうした。おい、返事をしろ!」
「……んなところで、発作なんて……本当に面倒な体よね」
「お前はよく戦った、むしろ今まで起きなかったほうが不思議なくらいだ」
「あまり私を、虚弱体質にしないで……欲しいわ。でも正直な話、これ以上は無理かもしれない」
「それでいい、無理をするな。悪い、二人だけで先に行ってくれ。俺はリナを放っては行けない」
「わかってる、ここからはオレ達に任せて。四人だけでも……」
「わー! 待って、待ってよ!」
「ソフィー、ロア! 何でこんなところに……」
「後で合流すると言っただろう。と言っても、私とソフィーだけなのだけれども」
「タッドちゃん達が先に行かせてくれたの、もう魔物とかは平気になってきた時にね。ロアちゃんもそうなんだって」
「だからきっと他も遅れてくるとは思うが、私達は先に行かせてもらったということだ」
「そういうことか……なら行け。見る限り、まだ戦えるほどの力と体力はあるようだからな」
 アルバート達は静かに頷き、スイフリーとリナが見送る中、シムメール達と交戦中のジョニー達の元へと向かう。
 どれだけの戦局を迎えているのか、それが気がかりであった。ケイの力を信じていても、相手は二人でどこかの雑魚とは違う。別にジョニーの力をあてにしていないと、そこまで言う気はないのだが彼には荷が重過ぎるようにも思えた。
 彼は普通の人間だ。普通の人間としては十分の働きをしている、それを皆は心の奥で悟っていた。
「……ケイっ! ジョニー」
「み、皆……」
「魔王が揃いましたか、ご苦労様ですグヴェン」
 ほぼ互角か、若干ケイがおされる形で戦局を繰り広げてられていたのだろう。ケイの体には決定的な怪我はないものの、無傷ではない。
「ごめん……ボクじゃ本当、足手まといに」
「いいのだ、ジョニー。あれは普段よりも遥かに強くなっておる、あのシムメールの補助がなければここまでは」
「ケイ、でもここからは6人だぜ。今からでも巻き返せる!」
「それはどうでしょうか? 別に12人が来てもいいのですよ、それで勝てるかどうかも怪しいので」
「ソフィー達はそんな脅し、怖くないもん! ソフィー達は絶対に負けないってそう信じてる」
「信じてるでも何でも言ってろ、俺達はもっと堅実なのさ。だろう、シムメール」
 そうですよと、シムメールはくすりと微笑む。彼らの真下に書かれた文字は先程よりも光を放っているようにも見える。
「貴女達の穢れた血は嫌いですけど、戦いに挑む姿勢は嫌いじゃないですね。だから私達も本気で平伏してさしあげるまで」
 シムメールの隣にグヴェンが立つ。
「貴方はこれをグヴェンの強化や、私が身を守るためにはったものだけだと考えのようですけど、もしそれ以外の意味を成した円陣だとしたら、これは一体何の魔法なのでしょうかね」
 彼の含んだ笑いにロアは地面に書かれた文字を見る。全体を見ることは不可能であったが、一部分なら確認することができる。
「補助だけじゃない……非常に細かいが呪文を混ぜたな? しかもこんな古めかしい文字を使うなんて」
「貴方がこの中では頭脳担当ということですか」
「別に、ただ書物を読むのが好きなだけだ。それよりこの文字にこの呪文……まさか」
「恐らくご名答ですよ。私の理論が正しいなら私達は今からこの世で一番の存在となる。それこそ神だと魔王だの関係ない新しい存在に!」
「どういうことだい、ロア。なるべく簡潔に」
「彼は過去の遺物を用いて、自分達を融合させようとしている」
「そ、それって……! そんなの駄目に決まってるじゃない!」
「所謂、合体だけどそれがそんなに駄目だっていうこと?」
「もうオカマちゃんはわかってない! 弱い子が合体するとかじゃないんだよ? 相手は凄く強いし、何といっても反発する種族だもん。下手したらしようとした瞬間に」
「ドカン……ってことだよなぁ、多分。本当、いきなり世界の半分くらい消えるじゃないかよ」
 やっとこのことの意味に気付いたジョニーは、何故周りの空気が一気に鋭くなったかを知った。
「でもだから上手くいったといっても私達に勝算はない」
「どうしてそう言い切れるのさ」
「はっきり言うと完全に融合したら化け物の完成だ。逆に私達は魔王といえ、昔に比べて力が落ちている。今ここに神がいても五割、または三割の勝算だよ」
「すまぬ、わらわの失態だ」
「いやいいんだ。あんな文字を読めるのは、かなりのもの好きだから」
 彼らは喋りながらも、二人の融合を防ごうと攻撃を仕掛けているのだが既にシムメールが用意した呪文に阻まれ二人に近づくことができない。
「用意は何段も重ねてこそですよ。今までは貴方達に華を持たせただけ、さぁ絶望するがいい」
「融合は気にいらねぇけど、好きなことができるっていうならそれもそれでいいかもな。あの弱い元魔王の元で沢山甘えるといいぜ」
「させない、そんなこと……こんなところでオレ達が負けてたまるか」
「弱いものはそうやって好きなだけ吼えるがいい、勝利の美酒代わりに頂きますよ」
 バースは下唇を噛む。確かにこれではただの遠吠えであり、彼女は全くといっていいほど融合を続ける二人の傍に寄ることができなかった。まるで地面に叩きつけられるような重さを感じ、よく見ると足が石畳に食い込んでいる。
 他の者も、バース同様にどうにもできない自分に憤りを感じていた。その中ジョニーは一人、混乱する頭を押さえることに必死だった。
 ただわかることはこのままいけば恐らく自分は皆と共に死ぬということだけだ。
 悪知恵で通り抜けられるものなら通り抜けたいと、ジョニーは何度も心の中で叫んだ。しかし、その悪知恵すらも浮かんでこない。普段の自分の勢いはどうしたのだろう、ソフィーから『オカマちゃん』と言われるほどの自分はどこへいったのだろう。
 小さく縮み、これでは自分の中で一番嫌う姿になっていると彼は思った。
 旅に出た目的を考えてみても、最初は女になる道だった。それから仲間を探す旅になった。
 自分はそこで大きく変わったと思っていたが、いざとなると怖がり皆がどうにかしているとどこか甘えている自分が現れてしまう。ジョニーは無意識に仲間達を見て、どうにかしてくれるのだろうと思い込んでいた。
 彼らはジョニーと視線が合うと、平気だという思いを返してくれる。それに彼は甘えていた。
 自分はただの人間で、彼らは魔王だからと。魔王を恨み、刃を向けたリナに対し彼らは自分の仲間だとジョニーはずっと叫び続けた。あの時は自分と彼らは同じだと思っていたはずだ。でもそれは所詮は口先だけで、本当はそう思っていない自分が僅かに存在していることに今、気付いてしまった。
 いつから自分で考えることをやめてしまったのだろう、いつからケイ達の力を頼るようになったのだろう。
 何もできないと決めつけた日は一体、いつからだろう。
「……ボクにだって……ボクにだって」
 例え、大きなことでなくてもいい。ほんの僅かな、戦局を少しだけでも変えるきっかけでも構わないから欲しい。
「ボクだって諦めない。力はないけど、でもまだやってやる……!」
 本当に仲間だと胸をはって言える自分と出会うために。
 地面に潰された状態でもジョニーはもがくように体を動かす。しかし気持ちとは裏腹に片腕が少し伸ばせる程度で、指は空しく宙を切る。
 目の前で二人の体が一つに解け合い、シムメールとグヴェンであったものから白い羽が生える。その天使のような羽が黒く染まり、赤く染まり、また白い羽に戻ると羽がばさっと地面に落ちる。
 残ったのは羽をつけていた骨だけで、白い羽は舞い、残された骨の赤々しい色が異形さをあらわす
 胸が苦しいとジョニーは胸に手を当てる。このままで圧迫死すると死を悟ったとき、彼の胸元にある時計が落ちる。

 それは亡き魔王から貰った時計で、彼が自分の命をかけて作ったものであった。その時計はこの重力の中、割れることなく平然としておりジョニーが手を伸ばしても不思議と重さを感じない。
 ジョニーは考えることなく、その時計についている螺子を回す。
「一度だけ、時を止めるって……だったら、今しか……」
 融合体の動きが止まる。その時計に反応するように、だが抵抗するようにぎちぎちと肉が引きちぎれる音を立てながら融合体はもがいた。
「体の自由がきく……。それは親父の時計? そうかそれなら叩ける!」
「しかし向こうの力が強すぎる。早く仕留めないとまずい」
「だったら無理やりでも叩くまで。今までの分、一気に返させてもらうから」
「ジョニー、お主は無理をすることはないぞ!」
「へ、平気……。ボクは皆とは違う。でも、これはボクがやらないと……ボクの役目なんだ……」

「……ならその時計、しっかりと持っているのだ」
 ジョニーは時計を握り締めながらケイ達の戦いを見ていた。ジョニーがその時計を落とし、割らない限りケイ達にも勝算がある。
 皆、ジョニーが狙われていることはわかっており、自分の身を盾にしてでも守り、その中でも確実に融合体を傷つけていた。その特攻といえる戦いにジョニーは目を逸らすことなく、見つめた。
 やはり自分は同じように戦えないと思いつつ、しかし自分には自分の戦いがあると融合体を睨みつけ今にも割れそうな時計を胸に押さえつけた。
『ワ、私……タチの邪魔を……するナァ……!』
「お前達のやることは根本的に間違ってるってどうしてわかんねぇんだよ! 俺には護るものがあるんだ、その世界の為にもこんなところで負けられるかよ」
『ふざけルナ……俺達にカテルものはそ、そ、そんザイしな……』
「するんだ、今ここに。……最後の情けだ、グヴェン。そのまま大人しく消えるがいい」
 アルバートの剣撃とロアの剣が融合体を二つに切り、
「今のソフィー達には勝てないんだよ? 昔とは違うから」
「……既にお前達が間違っていたんだ。最初から……そう両親を手にかけたその日から」
 ソフィーとバースの魔法が更に体を消滅させる。
「今こう思うと、お主達が一番哀れなのかも知れぬな。……楽にするがよい」
 ケイの鎌が残った二つの首をはねた。


「……行くぞ、先程の戦いでもろくなった。崩れるぞ」
 ジョニーの胸に押さえ込んでいた時計が割れ、砂でできたかのように風に流され消える。先程までいたシムメールとグヴェンは異形の姿のまま朽ち果て、二人の顔らしきものに岩が降り注ぐ。
「早くしたほうがいい。皆、辛いかもしれないが駆け抜けるしかない」
 寂しい死体を残し、ジョニー達はそこを後にする。
 地属性のソフィーが先導をし、それに続く形で皆は走りぬける。
「アルバート、平気なのかい」
「ん? あぁ、平気。平気、これくらい後でどうにかするって」
 先程の戦いで主に前線に立ち、壁役としていたアルバートとロアの傷が皆の中では一番酷かった。元からその位置の二人であったが、ここまで酷く傷ついたのは初めてかもしれない。
「……あ、そんな。何でこんなところに」
 思わず悲痛そうに呟くソフィーの先には人の背をゆうに超える岩がそびえたっていた。
「ここを抜けたら出口なのに……!」
「これをどうにかすればいいんだね?」
「ロアちゃん? あ、アルバート?」
「ソフィーの魔力だって底を尽きてる。ここは無理やりでもやるしかねぇだろ。ロア……いけるか?」
「いけるかじゃない、やるんだ」
 二人は剣を構える。しかしアルバートは足を、ロアは腕をやられており、力を入れようとすると傷口から血が滲み出していた。
「いいか、一点に集中させるんだ。……いくぞ」
 一息おき、二人の剣が岩の中心を捉える。その剣風に目を瞑るが、それも一瞬だけでやはり傷ついた彼らでは最後の一押しが足らない。
「だ、駄目か……」
「諦めんな!」
 岩の向こうに声が聞こえたかと思うと、その岩が綺麗に崩されていく。その先には武器を構えたスイフリーとジャックが立っており、
「待たせたな、ここからは心配することはない」
「よく頑張ったな。すっかり全部やらせちまったぜ」
「二人とも……じゃあ他の皆は先に?」
「そうだ、いいから着いて来い。落ちるぞ」
 二人の手をかり、六人が城から出た直後に背後では城が崩れ、二人の力添えがなければあの城と運命を共にしていたところだろう。
「皆さん、お疲れ様です。すっかり貴方達に任せる形になって……」
「いや構わぬ。あの二人……最初から間違っていた」
「でしょうね。きっと両親の秘密を知ってから二人は歪んだ。特にシムメールは大きく」
「私達はシムメールとの交流がありました。その時のシムメールは非常に心穏やかで、私達を殺すなどは思えないほどの好青年でした」
「でもそれが歪んでしまった。すっかり変わったシムメールは野心を持つグヴェンと共に動きだしたのか」
「全ては自分達のために。母や父を殺し、自分達がとってかわる世を……。そう思うと、神や魔王は面倒なものだな」
「今の私達には魔王も神もきっと関係ないだろう。もう私達は個々の自我を手に入れてしまった。だからもう魔王にもなれない、いやなりたくない」
 言葉をなくし、夕焼けに染まる茜空を見上げた。
「でもボクは君達のこと、間違ってるとは思わない。ボクはさ、今まで魔王とか神とか知らない世界で生きていたんだ。今更、そんなのがいてどうするっていうんだい。むしろボクにはそれが君達の自由を奪っているようにも見えるんだ。ねぇ……君達はこれからどうするんだい?」
 決戦前夜に問われたことを改めて、ジョニーがケイ達にそう静かに問いかけた。
 もちろん、ジョニーは答えなど求めてない。これは彼らの話であり、これからの自分を見つけようとする彼らを見守ることが今、自分できることだと既に理解していた。





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