二人はこの様子についていけず、ラファエルをじっと見ていると彼ははっと振り向き
「あぁ、何も言わずすいませんでした……つい」
「ううん大丈夫。それよりその子は?」
「この子ですか? この子は……」
 ラファエルは白い小猫を優しく抱きしめたまま立ち上がると
「私に癒しの力があると教えてくれた子なんです。それはまだ私がこの場に来て日が浅い頃でした。あの頃は本当に自分の力が恐ろしかった。毎晩、夢を見る度に私は剣を使い、魔力を使い、魔物を血に染めていました。私には『殺める』ことしかできないのだと、そう思っていたのです。ですがある晩の……そうあれは三日月の綺麗な夜でした」
 猫は大人しくラファエルの腕の中でおり、時折甘えた声をだして体をすり寄せている。
「怪我をしたこの子に出会い、私はこの子の看病をしたわけですがどうにもよくならなく一時、諦めたこともありました。でもどうしてもこの子を助けたい、幼い子の命を散らすことなんてできなかった。私は強く祈りました、そうしたら……」
 そうかとジョニーは小さく呟く。彼には『癒し』の呪文があり、この話の流れから察するにラファエルは記憶をなくして初めて本来もっていた癒しの呪文を使ったこととなる。

「えぇ、私には誰かを癒す力を持っていた。そう私に教えてくれたのは何よりもこの子でした。そして癒しの力が使えて私は嬉しかった。ただ殺めるだけの存在ではなかったと、癒すこともできたのだと……。でも私が何かを殺めたことは変わりません、そしてこれから何年たったとしてもこの事実は変わらない……」
「…………あ、あのさ! その子、その子の名前は? ほら、さっきからずっと『この子』って呼んでるからさ」
 ラファエルは少し申し訳ない表情を浮かべ、
「まことに恥ずかしい話なのですが、まだ名を決めてないのです」
「……はい?」
「どうも私にはいい名をつけてあげることができないのか、いまだに『この子』なんです。あ、なら私の代わりにいい名をつけてはいただけませんか? きっと貴方達ならいい名をつけていただけると思うのですが……」
「いい名ねぇ……」
 ジョニーは一瞬、『バース』とでもつけようかと思ったが今隣にいるバースが許す筈がない。バースは体の調子が悪いせいか名前を考える余裕もなさそうだ。ジョニーはふとバースを見続け、
「ルイ!」
「え?」
「そうだ、『ルイ』は? いい名前だと思わないかい?」
「ちょっと、どうしてその名前にするのさ……」
「いいじゃないか、だってもう使わないでしょ? ボクはいいと思うけどなぁ、ルイって。ねぇ、ルイ?」
 ジョニーは猫にそう問いかけると、猫いやルイは名前が気に入ったのか嬉しそうに鳴く。
「ほら本人が決まってるならしょうがないよね?」
「……変な気分。オレが呼ばれてる感じ」
 ラファエルは話の流れにはついていけなかったが、ひとまず名前が決まってひと段落ついたのか「先を急ぎましょう」と二人を北の一室に案内した。


「何かわからないことや足りないものがありましたら申し付けてください」
「あっ、うん何だか色々してもらっちゃって」
「構いませんよ、あなた方は大切な客人ですから。それより気分のほうはいかがですか? 何か薬も……」
 ラファエルは心配そうにバースを覗き込む。
「大丈夫、さっきの場所よりここのほうが『平気』だから」
 つまり『聖』の力を強く感じないので、バースの調子は少し取り戻しつつあるということだ。
「院長は何故このような場所を選んだのか……。本来ならもっと近くの部屋をお通しするように言われるはずですのに」
 そういいながら窓を開ける。だが建っている場所が悪いのか日差しの入りがやや悪い。決して陰湿というわけではないのだが他に比べると多少は暗いらしい。
「近くの部屋ですとここよりももっと清らかな力を感じる事ができるらしいですよ。私は素人ですから具体的なことはわかりませんが、徳のある方だと場所に立っているだけでどれだけ場が清められているかわかるそうです」
 ならこの部屋は自分、バースにとって都合がいいではないかと心の中で言う。もしこれで近くの部屋に案内されたらバースは更に体調を悪くしていただろう。それが運よく北の一室に案内された。
 これは偶然だろうか。
 ジョニーがふと考えこむ様子をラファエルは機嫌を悪くしたのではないと感じ取り、
「申し訳ございません、余計なことを……」
「違う、違うって! ボク達は別に何とも思ってないから、ほらボク達は旅人だから別に凄く神聖な部屋じゃなくてもいいからさ……」
「旅人ですか、なら随分と色々な場所へ行ったのでしょうね」
「……君もだよ」
 聞こえないように呟いたつもりだったが、ラファエルはそれを聞き逃さず
「もう今の私にはできませんよ。拙いながらも祈りを捧げ、困っている人がいれば手を差し伸べる、慎ましやかな暮らしが今の私なのです。きっとそれは他人から見れば退屈な生活かもしれません、それでも私は自らそう望んだ。この小さな教会で生きていく、それが今私にできることです……」
 彼の傍らにはルイがおり、ルイは本当にラファエルによく懐いていた。それだけラファエルがルイを可愛がっていたということだろう。

 それだけ穏やかだった。剣を捨てた代償に彼は安息した日々を送っている。それを自分達のわがままで無理やり剣を持たせていいのか、ジョニーは再び大きく揺らいだ。
 記憶を取り戻すことが必ずしもいいとはいえない。
 このまま生きて再び会えたことを喜ぶべきではないのかと。 ラファエルが去った後、ジョニーはその問いを何度ぶつけてみても納得のいく答えがでなかった。
「バース、さっき慰めてもらって何なんだけどボクやっぱり間違ってたのかな? 本当は記憶を取り戻して欲しいんだ、でもあの顔を見てたらそれってロア……ラファエルにとって幸せかなって。顔を見る限り、今の生活に満足してるから。それをボクが元に戻って欲しいからって無理やり記憶を戻させようとするのって傲慢かな?」
「……でもジョニーは記憶が戻って欲しいんでしょ?」
「そりゃ……! でもこれ以上苦しめていいなんて思わない、ボクの言い分も正しいなら彼の言い分も正しいんだ。新しい道を歩き始めてることを悪いだなんて言えないよ……」

「そう」
 バースは静かにそういうと、もうジョニーを追求することはしなかった。
「明日の朝、旅立とう。それでいいんだ、きっと……。記憶を戻すってこんなに大変なんだね」
 最後の一言は自分に言ったのか、それともジョニー自身に言ったのかバースにはそれを図ることができなかった。


 その日の夜、ラファエルは院長の手伝いで庭に来ていた。
 自分の腕には白い刀剣らしきものが二本。だがそれは鞘がなく刀剣というより杖のようにも思える。しかし作りなどは刀剣だ。でも実際の刃の部分にある境界線がまったくないのだ。
「別に休んでいても構わなかったのに」
「私にも院長のお手伝いを少しでもさせて下さい。それにしてもこの剣、随分変わっていますね」
 剣を振るうことは嫌がっていたが、それでも今まで使っていた経験上持つ姿が様になっている。
「そうなのですか? 私は剣には詳しくないので……。それにこれは先日頂いたものなんです。どうやらこの剣は使う者の意思によって刃が現れるそうです」
 それならこの刃と柄の境界線がわからないのにも納得がいく。
「私には到底使えませんね、というより私には剣を握ることも振るうことすらやめてしまった」
 きっと念じれば刃を覆う白い部分が変わるのであろう。そう想像するが、今のラファエルにとってはそんなことは必要ないことだった。もう剣を握る必要のない男に剣を握るわけを考えても仕方ないのだ。
「それでこの剣をどう致しましょうか?」
「今から聖水で清めようと思いまして……。聖水に清めることによってこの剣本来の強さがでると聞いたので一応と思いまして」
 まぁここでは剣を使うことなんてないですけどと、院長は笑みを浮かべながら話を締めくくった。
「でもそれが庭と何の関係が?」
 ラファエルは庭を見渡すが、どこか変わったようなものはない。ラファエルが愛情を持って育て上げた花壇の花々と、月を水面に映し出している噴水、それ以外には何もなかった。
「知りませんでしたか? あの噴水から出ている水は実は聖水ですよ」
「……あれはそんなに清らかなものでしたか。そうとも知らずつい綺麗だとつい飲んで……」
「あらそうでしたの? でもいつも冷たくて美味しいですわ、実は私もこっそり飲んでいるときがありますの」
「院長も?」
 ラファエルはやや驚くが、つい院長の笑みにつられて微笑む。
「実際、人には害はないと言いますからね。聖水の力が発動するのは悪しき心を持つ魔の存在だと伺っております」
「ですから聖水は魔を祓う力として度々、聖水をわけて欲しいと訪ねる方もいらっしゃいますわ」
 剣を受け取り、院長は噴水の底に剣を浸す。なにかわかった様子はないのだが、心なしか剣が輝いたように見える。
「ラファエル、今日の貴方はいつもと違うように見えます。一体何を怯えているんですか? あの二人の言ったことが怖いのですか?」
「院長は何故私の心をそう簡単に見抜くのですか……。実際のところよくわからないのです。ただあの方々の寂しい目を見た時、申し訳ない気持ちで溢れそうになります。それは私が『ロア』だからだと思うのですが、私は『ロア』のように剣はもてない。魔物を斬ることはできないのです」
 夢の中で魔物を斬る夢。その夢を見る度ラファエルの心は追い込まれ、罪深い存在ではないかと自分を責める日もあった。
 その悲痛さが静かに院長に伝わる。
「……剣は殺めるだけがすべてではありません。剣は持つ人間によって殺める剣にも、守る剣にもなると思います。貴方はきっと殺める剣ではなく守る剣を持っていたのだと信じています。だからあの方々は貴方にまた会いにきたのですわ」
「……院長はお強いお方だ。だから皆から神の子といわれるのですね。皆が言いますよ、次の法王は貴方だと。いえ、実際はそうではないのですか? この頃郵便物の中に大聖堂からの書簡が混ざっていますから」
「私はただ人が安寧に暮らせればそれでよいのです。人の苦しみを少しでも和らげれば……だからラファエル、貴方の苦しみも……」
「ニャー」
 「えっ」と足元を見ると部屋を出る前に大人しくいるようにと言いつけたはずのルイがいる。
「おーい、待って待ってよっ!」
「あら、どうしたのです?」
 どうやらルイはまた抜け出し、それを見つけたジョニーとバースはルイを追ってきたのだという。

「夜は危ないから部屋で待つようにと言ったのに」
「ルイはラファエルのことが好きなんだよ。それより二人は何でこんな所に?」
「今、そこの噴水で剣を清めていたのです」
「噴水で剣?」
 ジョニーは意味がわからず、聞き返す。するとラファエル噴水には聖水が溢れ出ていることをジョニーに説明し、彼はやっと意味を飲みこむことができた。
「だってさ、バース」
 バースはルイを撫でようとしゃがみ込もうとしていたが、ジョニーに呼ばれ慌てて立ち上がる。ルイのことを見ていたせいか聖水のくだりを聞いていなかったようだ。
「ルイが気になりますか?」
「べ、別にそういうわけじゃなくてそのただ……」
 ちらりと視線をルイに向けると、ルイは見られたということで可愛らしく鳴く。
「ご安心下さい。ルイは大人しい子だから決して引っ掻いたりしませんよ」
「それはわかっ……ちょっと待って。そこ、お前隠れても無駄だ。早く出てきなよ」
 バースは目を細め、一本の木を凝視する。
「よく見抜いたと褒めようか」
 ガサリと木の葉が揺れ、そこから一人の男がゆっくり地面に降り立った。人の姿をしているがその背には黒いまるでコウモリのような羽が生えている。
「お前、魔物か?」
「まぁそのようなモノか。別に俺のことなどどうでもいいだろう、どうせここでお前と……」
 バースを見ていた男の視線が左にうつり、ラファエルを見る。
「お前は死ぬのだから」
 鋭い爪が月の光できらりと反射した。ジョニーは咄嗟に判断を下し、戦闘に巻き込んではいけないとラファエルと院長そしてルイに逃げるように指示を出す。
 バースはややだるそうながらも戦えないことはないと拳を構える。
「バース、無理しないでね」
「わかってるよ」
 そしてラファエルは目の当たりにした魔物の姿におののき、そこから一歩も動けずにいた。
「ラファエル、私達がここにいては足手まといです。大人しく逃げましょう」
「院長、何故こんなところに魔物が! ここは聖なる力が常に働いている教会のはずです、なら魔物は近寄れないはずでは……」
「その力を持ってしても魔物を追い払う力がなかったのかもしれません。今はとにかくあのお二人に任せましょう。ラファエル?」
「あれは……私を殺しに来たと言ってました。もしかして今まで殺め続けた私を罰しに」
 魔物とジョニー達が戦っている中、ラファエルはなにやら諦めの表情を浮かべたまま呟いていた。
「私はいつか過去を知る者に会うと同時に、いつか私を怨む者が復讐しにやってくるのではないかと思っていました」
「しっかりして下さい! あれは貴方への復讐者ではありません」
 院長は声をあげ、ルイはそれに不安になりながらも一生懸命ラファエルに体を擦り合わせ、ルイなりに元気づけようとする。
「くっ……」
「バース! ボクが相手になるって言ってるだろっ」 
 バースは『聖』の影響で、あまり動けず攻撃よりも防御に専念する形となっている。ジョニーは少しでも負担を減らそうと魔物に向うが、魔物が翼を巧く使い飛び続けるので安易にとらえることができない。
「じゃあ命を狙う理由は? 命を狙われる何かが私にはあったはずなのです」
「なら貴方が死ねばあの二人はどうなるのですか? あの二人を御覧なさい、傷ついても決して諦めずに私達……貴方を守ろうとしている。それがわかりませんか」
「わからないはずなんて……ない。でも……」
 今まで過去を振り返ろうとしなかったというと嘘になる。だが過去を思い出そうとすると、それは悪夢として蘇り彼を苦しめた。
 それは今まで自分が命を殺めた存在だからと答えを出していた。そしてそれは悪人として捉え、自分は悪人である可能性が生まれた。しかしそうすると彼の仲間だと言っていたジョニーとバースも悪人になってしまう。
 だがそれは違うと断言できた。あの二人は悪人ではない、でもそこでまた彼は壁にぶつかる。
 なら自分は一体何者なのだと。
「ちょっと飛んでるなんて卑怯じゃないか?」
「お前らは地面を這い蹲る虫だからな、虫は虫らしく潰されてろ」
 二人が傷を負いながら戦う姿をラファエルは見続けていた。それは意図的ではなく、無意識であったのが視線を外すことができない。決して視線を逸らすなと誰かが言うように。
「だがいい加減邪魔だな、これで消えろ!」
「いけない!」
 本能的に危険だとラファエルは悟った。そして近くにあった石を掴むなり、魔物に向けて投げつける。魔物の手に集まりつつあった魔力の塊は、ラファエルが投げた石が当たることによって魔力の塊は揺らぎ、消滅してしまった。

「き、貴様……覚醒すらしていない人間の分際で」
「こ、この地より去れ! ここは魔物がいていい場ではない!」
 啖呵をきった割にはラファエルの手は震えていた。だがもう退けないと彼の中の何かが告げるのだ。「駄目だ、早く逃げるんだ! 今の君じゃ……」
「いいだろう、お前を先に殺してやる」
 傷ついたジョニー達を越え、魔物がラファエルの前に立ちふさがる。ラファエルは次の行動に移さなければならないと頭がそう判断しても体がいうことをききはしない。恐怖という名の感情が体を縛りつけ、ラファエルの体を支配する。
 もうこれで死ぬのだとそう感じ取っていた。
 魔物の腕が伸びる瞬間を見た、だがそれと同時に目の前に小さい影が飛んでいくのも見えた。
「……畜生めが」
 ぼきりと聞きたくない音がラファエルの耳に届く。
 魔物は舌打ちをしながら自分の腕に絡みついている物体を振り払う。その物体はどさりとラファエルの膝に落ち、ラファエルの顔を見上げると彼の指をちょろちょろと舐める。まるでいつも甘えてくるように。
「る……い。ルイ、ルイ!」
「よくもルイを……」
 バースが怒りで炎を出しているのがわかる。ジョニーも落胆から怒りの表情に変わりゆく様が見える。

「ルイ、駄目だ。まだ駄目なんだ、本当は君にあげたいものがあるんだ……」
 今夜、仕事を終え部屋に戻ったらあげようと思っていたものがあった。きっと喜ぶに違いない、そう思ってラファエルが調達していた品で、ラファエルも早くルイに見せたくて仕方なかった。なのにルイは今その命の灯火が消えようとしている。

「にゃぁ……」
 ルイの鳴き声は小さく、回復をかけようと呪文を唱えようとしても口が思うように動かず、回復呪文を唱えることができない。
 バースやジョニーが再び魔物に立ち向かい、劣勢を極める瞬間を見た。院長が慌てて近寄り、自分に何かを言っているような気がした。
 この場にいるはずなのに何故か自分だけ違う次元にいる感覚を覚えた。まるでこの戦いは違う場所で起こっていることで自分にはまったく関係のない……。
 違う、これは自分を巻き込んだ戦いだ。なのに自分がこうも取り残されるのは何故だろうか。
 足りない何かがあった。それを埋めない限り、今の自分にはルイもジョニー達も助けられない。

「……困るんだ、それでは。このままでは」
 殺める剣しかないと勝手に決めつけ、守る剣を否定した。もし、自分に『守る剣』があるのならそれを振るいたい。
『何を怯えているのか』
 それは
『誰かを殺めることではなく、守れないこと。過去に一度失った悲しさを仲間にさせたくない』


 優しい風がルイを包み、ラファエルは視線をルイに落とした。
「もう大丈夫だよ、君は院長のもとへ行きなさい」
 もぞりとルイがラファエルの腕から顔を出し、またラファエルの指を舐めた。そのルイの鳴き声は先程大怪我して弱ったとは思えないほど元気だ。ルイは言いつけ通りラファエルの腕から離れ地面に降りた瞬間、ラファエルは噴水に向って駆け出した。
 噴水には浸し続けている剣がある。今は魔力で剣を生み出すよりも噴水から取り出すほうが攻撃に移れる速度が違った。
「……お前、なにをしている?」
 魔物は劣勢なジョニー達に背を向け、余裕と言わんばかりにラファエルに注意の目をむける。
「さぁね、知りたければ来ればいいだろう」
 あからさまな挑発に魔物は愉快そうな顔を浮かべると、ジョニー達を無視しラファエルを追った。背後に魔物の気配を感じ、ラファエルは更にスピードをあげ噴水まで距離を縮める。念ずることによって刀剣を現すのなら今のラファエルには使いこなせるはずだ。だが聖水に浸された剣を自分が持つ事ができようか。
 悪しき心を持つ魔の存在である自分が。いやとラファエルは考えを改め、今の自分ならきっと握れると強く念じた。そしてそのまま聖水に腕を入れる。
 痛みは……ない。
「後ろがガラ空きだ」
 声と同時にラファエルは剣を後ろに振るった。聖水の水しぶきが飛び、ラファエルの頬にかかるがやはり痛みや抵抗感はない。白い刀剣が先程とは違う、やや青みを帯びた剣になっており魔物の腹を斬る。
「大事な仲間を傷つけたことをここで報いるがいい」
 魔物の喉元に剣をあて、立つ剣士の姿をジョニー達は知っている。
「ロア……」
「遅くなってすまない、今まで君達には無理をさせたね。さぁお前には私の問いに答えてもらう、何故、命を狙った? あれは明らかに『私達』を狙っていたな」
「知らん、俺は何も知らん!」
 魔物が大きく翼を広げ、宙高く舞い上がる。上から何か仕掛けてくると瞬時にロアは察し、剣を構えなおす。
「憐れな……今、楽にしよう。風よ、かの者に断罪を与えよ」
 剣に風が徐々にまとうなか、魔物はロア目掛けて急降下していく。
「終わりにしてくれる!」
「罪を償え、……風斬!」
 風が魔物を十字に切り裂き、魔物は地面に落ち沈黙した。


「記憶、取り戻したんだね。そうだこれを君に返すね」
「ん? これは私のカフスか。ずっと持っててくれたんだね」
「まぁね、ちゃんと返さないといけないからさ……ロア、おかえり」
 ジョニーがロアに声をかけたのはこんな言葉だった。言葉は少ないが一言一言にジョニーの気持ちがこもっており、ロアはそれを理解していた。
 そしてジョニーの「おかえり」という言葉が心に染み渡るのがよくわかる。
「ただいま、二人とも」
 柔らかい笑みを浮かべる。昔、何度か見たことのある笑みでそれがロアだということを感じる。
「本当によかったですね、記憶が戻って。前よりも生き生きしたように見えますわ」
「私が路頭に迷わずここまで来れたのは院長のおかげです。ここでの生活は私にとって大事な経験となります、そしてこのご恩も忘れは致しません」
「まぁ、そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。私はただ貴方と一緒に生活しただけですから」
「いえ、私は院長のほかここにいる他の修道士の方々に色々と教わりました。院長、一つだけお聞きしたいことがあります。もしかしてバースが『聖』を苦手とすることを見抜いて、あの北の一室に案内したのではありませんか? そして私も元は『聖』を苦手とすることを見抜いていたのでは……」
 バースは驚きの表情でロアを見る。ロアはじっと院長を見ており、院長はそういわれてもまったく動揺した表情はあらわれない。
「元の貴方は鋭い人なんですね。えぇ、初めて見た時から貴方方には『魔』の力があると感じ取りました。だから貴方をここで住まわせる時に問題が起こるかもしれないと思いました」
「でも何故かなかった。これは推測ですが私が『魔』の存在として自覚していなく、ラファエルという『人間』として自覚していたせいで魔の力が表にでることはなかったと思っています」
「今は元に戻りながらも抵抗がないのは、きっとこの『聖』でも生活が思ったより馴染んだせいだと私は思いますわ。でもバースさんは違う、だから北の一室にご案内したのです」
「貴方は凄い方だ、そこまで見抜いていらっしゃったとは……」
「私は特別大きな事はしていませんわ、ただ困っている方に手を差し伸べただけ。それよりも貴方の癒しの力のほうが凄いと私は思いますわ」
 すっかりロアの腕の中で安心していたルイはぴくっと反応し、つぶらな瞳をロアにむける。
「思えば私にきっかけをくれたのは君だったね、ありがとうルイ」
「ニャー」
 でもとロアは言葉を繋げ、
「私達はもうここを出て行かなくてはいけない。だから君とはここでお別れをしないといけないんだ」

 ロアの言葉を理解したのかルイは離れたくないと懸命に体を寄せる。柔らかい毛がロアの腕をくすぐるが連れて行くことはできない。
「危険なんだよ、きっと魔物との戦いは避けられない。だから君にはここで院長と一緒にいて欲しいんだ。私は君を忘れたりはしないよ、必ずまた君に会いに行くから」
 ルイはその言葉を真剣に聞き、最初は嫌がっていたが段々わかってきたのか渋々嫌がる行動を止めた。でもその分寂しいとロアに甘え続ける。
「ごめんね。だから私のかわりと言ったら何だが受け取って欲しいものがあるんだ。バース、ちょっとルイを抱いてもらってもいいかな?」
「え、オレ? いいの……抱いても」
「勿論、むしろルイを触りたかったんじゃないのかい?」
 「別にそんなこと一言も……」といいながらもバースはやや顔をほころばせてたどたどしい手つきながらもルイを腕に抱く。ロアはそんな様子を見ながら懐から
「ちょっと首に触るよ」
 と、鈴のついたリボンをルイの首につける。
「どうかな? 買い物に行った時に買ったんだが……」
 この時、一際大きくルイが鳴きぺろりとロアの指を舐めた。
「くすぐったいよ。あ、ほらバース。首の下あたりを撫でてごらん、喜ぶから」
 ルイを抱きながらもどう接したらいいかわからないバースにロアは助け舟を出す。その言葉に従ってルイを撫でてみるとちりんと鈴が鳴り、今度はバースの指を舐めた。
「あっ、今見た? 舐めたよ、オレの指……」
「そうだね、可愛かったね」
「うん、こんなに小さいし白いし」
「ルイもそうだけど今言ったのは君なんだけどね」
 バースがルイを抱いたまま固まり、
「な、何言ってるんだよ! こんな場所で!」
「思ったことを言ったつもりだけどね。ほらその証拠に見てみなさい」
 ジョニーに視線を合わせると彼はバースと猫の珍しい組み合わせに身悶え、「バースと猫、バースと猫……」と意味不明な言葉を呟いている。院長はただ微笑ましい風景だと見守るのみ。
「ほら言ってもおかしくない台詞だと思わないかい?」
 ロアの口調は明らかにからかいまじりでバースがぎっと睨むと「ごめんごめん」とあっさり謝る。バースはそんな仲間を見ながら今後どうなるのかと少しだけ不安になった。
「本当にこれから他の奴等見つけられるわけ?」
「それは大丈夫だよ、微かだが場所の見当はつけている。不思議だよ、今までこんなことを感じたことはなかったんだが。きっとその場に誰かがいるのだと思う」
 次は誰に会うのか想像はつかなかったがきっと一筋縄ではいかないとそう思った。ロアはバースからルイを受け取ると院長に抱かせ

「それでは院長、行ってまいります」
「えぇ、どうか気をつけて。神もきっと貴方の旅路を祈っておりますわ」
「神ですか……そうだといいですね。そしてこの刀剣も大事に致します」
 魔物と戦ったとき使った刀剣を院長から譲りうけて、今は彼の手中にある。最初は断ろうと思っていたがこの教会には剣は必要ないと院長に言われ、道具というものは使われてこそ意味があるとそこまで言われてしまった。ここまで言われると流石のロアも断る事ができず、剣を受け取ることにしたのだが不思議とこの剣はロアの手によく馴染んだ。
 腰にさして歩かねばならないと思ってもいたのだが、その剣は戦いが終わると共に消えどうやら以前魔法で生み出す剣とさほど使い方はかわらないようだった。
「いってらっしゃい。皆様に神のご加護がありますように」
 三人は旅立った。院長とルイが見送るなか、そして神のご加護を受けながら。


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