王は言葉をなくし、女王は小さく呟く。
 水晶には六人の姿が映し出され、二人がいる謁見の間へ向かいつつあった。
「陛下、いかがなさいますか?」
「いかがも何も彼らは恩人。阻む理由などあるまい」
 直に来るであろう六人の顔を思い浮かべる。出会った時は気さくな旅人と見ていたが、それが王女の身代わりとしてたてた少女の仲間であろうとは想像もしなかった。
 だがそう告げられた時、両陛下は自分の罪を告白できると心の奥で安堵していた。身代わりをたてることに心を痛め、いつか自分達の過ちを正してくれる者が現れるのではないかと期待をしていたからだ。
 扉は開かれ、六人が姿を現す。その中でケイの姿が印象強く、凛々しいと感じるケイと明らかにエリザベスとは違う少女なのだと女王は改めて察する。
「……貴女には初めましてが正しいのでしょう」
「いかにも。しかしわらわは、両陛下と過ごした日々を忘れてはおりませぬ」
 ケイは目の前にいる両陛下に礼儀正しく挨拶をする。
「記憶を失い、生きていく術を忘れたわらわを助け、今まで育ててくださったことお礼申し上げる」
 彼女の脳裏に、王女エリザベスとして生活した日々を思い出される。両陛下は彼女に与えうるだけの愛情を降り注ぎ、王女でいたときは身体共に不自由することはなかった。
「それが娘の影武者として貴女を育てたと知っていても?」
「勿論。例え王女の代わりといっても両陛下の愛を感じることができた。本当ならその感謝をきちんとあらわしたいのだが、我らはもう行かねばならぬ。……両陛下、民に真実を知らせるときが来たのではないだろうか?」
 実際、あの侵略行為を止めるときにジョニー達は多くのものに姿を見られ、ケイの姿を見る度に王女と呟くものや、王女とあまりにも違う雰囲気に戸惑いを覚える者達もいた。
 隣国の兵士達は何があったのかわからず、自分達が行なった行為に大いに驚いたという。魔物が化けていた参謀は無事、隣国で発見され、今は病院に運ばれたらしい。
「民を想う気持ちはわかる。しかし本当に民を想うなら、真実を明かす勇気も必要であろう。いなくなることを認めるのは辛い、だが認めねばならぬ時もある……」
 そう語るケイの脳裏は以前、ジョニーに対し自分達が行なったことが浮かんでいた。静かに頷く両陛下を見ると、ケイは再度頭を下げ「それでは……母上、父上」と小さく呟き、ジョニー達と共に城を後にした。
 というのも、ケイがあまりにも王女に似ており、このまま城に留まれば民の混乱を招くとケイが言ったからだ。故になるべく城から離れようと彼らは足早で草原を抜け、街が丘から見える位置までに来ていた。


「んー、風も気持ちいぃー。早くあそこで休もうよっ」
 ソフィーが嬉しそうに話す中、ジョニーは横目でケイの姿を見た。
 急ぐ余り、あまり会話をすることができなかったがここまで来ると皆の歩調も穏やかになり、自然と会話をする回数も増えていく。
「……ケイだけってわけじゃないけど、でもこうして皆と一緒にまた移動しているんだね」
 ジョニーの言葉に五人は小さく頷く。六人で旅をするのが当たり前となっていた日常が崩れた瞬間、互いに傷つきもう二度と会えないに違いないと思っていた。
 しかし、今六人はこうして暖かい日を浴びながら歩いている。
「ずっと会いたかったよ。いなくなってからずっと君達と……」
「すまなかった、あの時のことは何度振り返ってもお主に悪いことをしたと思ってる」
「別にケイ達を責めてないよ! もういいんだ、もう皆が一緒にいるからボクはそれだけいいよ。それでこれからどうしようか?」
「そーいえば考えてなかったなぁ。だって六人揃うのが目的だしな」
 アルバートは周りを見渡す。皆もアルバートと同意見なのか、同じような表情を浮かべている。
「えっとねぇ、ソフィーはアルバートとラブラブだったらもうそれでいいなぁ」
「確かに目的はないね。今だってただ街に向かっているというだけだからね」
「……ジョニー、お主はこれからどうしたい?」
「ボク?」
「我らは別にこうしたいといったものはない。むしろ今まで我らがお主を振り回しておっただろう? だから今度はお主のしたいことを申せ。わらわはそれについてゆく」
「いいんじゃない、それで。オレも特に行きたいところないし」
「ボクのしたいこと……」
 最初、旅に出た目的は女の体を手に入れ、有名女優になることだった。それからケイに出会い、何故か魔王倒し代わり、更にそこから仲間に会いたいという目的にまで変わった。
 だが彼の目的である『仲間に会いたい』ということは達成され、ジョニーは特に何も考えていなかったのだ。
「何かこのままでいいかなって。皆と大陸を渡り歩いて、楽しんで笑って遊んで」
「諸国漫遊か。君が言うなら異存はないよ。それに実は各地を渡り歩きたいとは思っていたから」
「やっぱね! 絶対ロアはそんなタイプだと思ってたよ。どうせ知識の蓄えがしたいとか思ってるんでしょ?」
「……おや、簡単に見抜かれたかな?」
「もう! 二人ばっかで話し進めちゃダメなんだからー! ソフィーだって色んなところのお菓子食べたいもん!」
「なら俺はやっぱ男らしく、腕のいい剣士に会ってみたいな!」
「さすがアルバート! そうやってカッコよく戦うアルバートが何よりも素敵……。それにオカマちゃんは、運がよければ今後の旅でケイちゃんの微笑む姿が見れるし★」
「ちょっ! 何……言って!」
「いやぁ、あのジョニーは見物だったぜ。俺とソフィーのラブラブさに敵わねぇけど、結構ときめき感じてたんだろ?」
「だよねっ? アルバート★」
 アルバートとソフィーは共に「ねー」と言いながらジョニーをからかっている。
「そういえば、そうだったね……。やっぱケイが気になるんだ?」
「バースまで! ボクはその……。ちょっとロア、助けて!」
 だがロアは静かに笑みを浮かべるのみでジョニーを助ける気は毛頭なさそうだ。結局、ジョニーは誰にも助けてもらえず、心拍数はどんどんあがっていく。勿論、彼らの会話はケイも聞いておりジョニーはケイに繕えばいいのか焦り出した。
 そのケイはジョニーに背を向けており、彼女の顔を見ることはできない。
「け、ケイ……。ほら、皆が変にからかって遊んでるだけだし……その……」
「素直に認めちまえよ」
「アルバートっ! 君はボクを虐めたいのかい!」
「まっさかー。応援してやってんじゃねーかよ」
「だからってその応援は違ってる!」
「でもケイちゃんもビックリしちゃった?」
 いまだに皆に背を向けたままのケイに、ソフィーは後ろから飛びつく。
「でもケイちゃんもちゃんと言わなきゃ! そんなに静かに背を向けてたら恥ずかしいようにしか見えないよっ?」
 ひょいっとケイの顔を覗きこみ、ソフィーはケイの様子がおかしいことに気付く。
「ケイちゃん? 何か息使い荒くない? それに顔もちょっと赤い気がするよ……」
「い、や……なんでも、ない……」
 ケイは否定するが、彼女が手に持つ鎌は震え、尋常ではないことがおこっていることは間違いない。
「何でもないものか! こんなに顔が赤いじゃないか! 早くケイを医者に」
「ジョニー、その……必要は」
 鎌がケイの手から滑り落ち、彼女の体は近くに立つジョニーにもたれかかった。
「ケイ、ケイ! やっぱり熱があるじゃないか。皆、早くケイを連れて行こう」
 ジョニーはケイの体を抱え、極力彼女を動かないように街まで駆けていった。


 宿に着くなり、早速ケイは医者に看てもらうことになった。医者が言うには過労による発熱ということで大したことはないらしい。
 ジョニー達はその診断にほっと胸を撫で下ろし、息をつく。ケイの看病はジョニーが自ら買って出て、アルバート達はジョニーの気持ちをくもうと静かに部屋に戻っていく。
 こうしてジョニーは暫くケイの様子を見ており、彼女の瞳がゆっくり開くと小さく声を漏らした。
「ケイ、起きた?」
「……ジョニーか、ずっといたのか?」
 病気になること自体、彼女の記憶では殆どないに等しく、看病を受けていると自然と心が脆くなったように思えた。
「まぁね、気分は?」
「いや大丈夫だ。それより世話をかけたな。体調管理くらいできていると思っていたのだが」
「誰にだって不調になる時くらいあるよ。少しは休まないと疲れちゃうって」
「……お主は、お主はあれから一体どうしていたのだ?」
 ジョニーは一瞬言われた意味が理解できなかったが、ケイの言葉を悟るとやや言葉に詰まった。だが彼女はジョニーの気持ちが知りたいのだろうと思い、ジョニーはいなくなったときの自分を思い出すようにゆっくり話し出す。
「魔王になったケイ達と戦わなきゃいけないって思ったとき、どうすればいいのかボクにはわからなかった。魔王は強いし、もしかしたらボク負けちゃうのかなって。でも魔王になって君達はボクのことを心配してくれた。あの時、本当に嬉しかった……ボクって結構身勝手だし、オカマだし……うわっ!」
 自分で『オカマ』と認めてしまいジョニーは声をあげる。今まで人からオカマと言われたことはあっても決して認めようとはしなかった。ましてやケイに向かって自分はオカマだと言う機会はないと思っていた。
「わらわはお主が何であっても責める気などないぞ? おかまとやらはお主の個性なのだろう?」
「個性って言うと凄く困るけど……まぁボク? みたいな感じ。で、そんなボクだから仲間意識って薄いと思ってたんだよ。旅に出た時は自分で何でもできるって、ほんと傲慢だった。でもそれは違ってて、皆がいなくなった後なんて年甲斐にもなく大泣き。だからケイ達って凄く大きかったよ……」
「傲慢なのは我らとて同じ。しかしお主と出会って、我らは少しずつ変わっていった。それが妙に心地よく、我らはそれにずっと甘えていた。……お主には感謝している。一言で言えぬほど」
「お、お礼とか言われると困るって。ほら、病人は大人しくこれでも食べて寝てなきゃ!」
 サイドテーブルに置かれた林檎をケイに差し出す。渡された林檎は兎の形に可愛く切られており、ケイはその形を見た瞬間、わずかに首を傾げる。
「これは一体なんだ?」
「林檎を兎の形に切ったものだけど。知らない?」
「わらわはこのような形で食したことはない。これはソフィーが作ったものか?」
「……ボクです」
「なぬっ!」
「そっ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか! 妹相手に作ったことがあるからできるんだってば。だって熱出したときにコレを作ると喜ぶからだからケイも……って」
 ケイは作られた兎の形を崩す点で林檎兎を食べるのをやや躊躇ったが、ジョニーは早く口に入れて欲しいという目で彼女を見ており、ケイはゆっくり口に運ぶ。
 林檎の甘酸っぱさと甘さがケイの口内に広がり、顔を綻ばせる。
「気にいったみたいだね……。まだあるから好きなだけ食べてね」
 二人の会話が行なわれている部屋のドアは閉ざされており、そのドアの前に立つ『ある者』はケイを心配し、部屋に入ろうとしていたのだがこの様子では入るにも入れない。手に持つ見舞いも渡すのが難しく、二人の仲を邪魔はできないとその者は見舞いを抱えたままきびすを返し自室へと戻っていった。


 ジョニーが用意した林檎や、仲間の看護によってケイは数日後にはすっかりいつもの状態に戻っていた。ケイを含めた六人は改めて街を探索し、そこで汽車に大きな関心を示す。汽車という存在を知ってはいたが、実物を見るのは六人とも初めてであり、汽車に乗りたいという希望が自然と生まれた。
 乗り物に弱いケイですら乗りたいと自ら言い出し、こうして乗ることを決めたのだ。
「汽車に乗るには切符がいるだろう? 私が買って来るから皆は好きにしてていいよ」
「いや、わらわも行こう。流石にロア一人に任せるわけにもいかぬ。では皆の者、行ってくるぞ」
 そう二人は切符売り場へと歩み出す。
 ケイは以前乗った馬車との違いを一つずつあげていき、ロアはそれに本で知った汽車の知識を付け足していく。
「汽車とは面白いものだな。あれで遠い場所まで行くのか、便利なものだ。しかし費用は平気か?」
「今まで少しずつ蓄えはしてきたから、汽車に乗るくらいの代金はある筈だよ」
 切符売り場に着くと、様々な人達が縦横無尽に通り抜けていく。ロアは料金表を見て、六人分の代金があることを確かめる。 ふと隣に立つクリーム色の髪をした少女が懐から小銭袋を出し、ロアと同じように所持金を見ようと紐を解いたときだった。
「きゃっ」
 少女の横を通る男の荷物が当たり、手にした袋を地面に落としてしまう。少女は地面に座り込み、男は少女にぶつかったことなど知らぬ素振りで通り抜けようとした。
「セイラ! ちょっとそこのあんた謝りなさいよ!」
 少女の隣に立つ、女性が男に向かって叫ぶ。だが男は大して悪びれた様子を見せようとしない。
「女性に当たって何も言わないのは、些か礼儀にかけていないかい?」
 この男の態度に女性だけではなく、ロアも不愉快だと感じ、横から口を挟む。
「お主、大丈夫か? 拾うのを手伝おう」
 ケイは男をロアに任せ、倒されたセイラに寄り、散らばった小銭を拾い出す。
「うっせぇ! んだよ、うっとうしい奴等だな」
「ちょっとそれが人を倒して言う台詞!?」
「……リナ、私は平気です。それにそこの男性の方ももう」
「お嬢さんはもういいって言ってるじゃねーか。たかがぶつかった程度だろう? どんくさく突っ立ってるから悪い」
「頭きた……。そんなこと言われて黙ってる私じゃないわよ!」
「争いは駄目です、リナ!」
「案ずるな」
 ケイは集めきった小銭をセイラの手に渡す。ケイは自分が手を出さずともこの場をうまく収めることができるだろうと思っていたからだ。
 今までリナの隣に立つロアは、笑み浮かべ男の腕を強く掴みだす。男の顔が歪み、ロアを睨みつけようとするが腕の痛さからそれがままならない。
「できることなら手荒な真似はしたくない。ただこれ以上、失礼なことを言い続けると……この腕、どうなるかわかるね?」
 ギリギリと骨が軋み、男は声にならぬ声をあげ何度も首を縦に振る。男の『答え』に納得のいったロアは掴んでいた手を離し、男は拘束が解かれた瞬間すぐさまロア達を見ぬまま走り抜けていく。男の足はふらついており、角を曲がったらすぐに何かにぶつかった音が聞こえた。
「君、大丈夫だったかい? 怪我は?」
「えぇ、大丈夫です。それよりも御迷惑かけました」
 セイラは立ち上がり、頭を下げる。一方、リナはこの流れにやや関心を示し、
「貴方って優男みたいな風貌なのに強いのね。というより神父様なのに」
「いや私は別に神父ではないよ。…………まぁ強い風貌には見えないことは認めるが」
「でもセイラの魔法であんな奴、こてんぱんにすればよかったのに」
「リナ、できることなら街中で魔法は使いたくありません。それよりも切符を早く買ってしまいましょう。この揉め事で随分と時間を取ってしまいました、貴方方も買いに来たのでは? お時間取らせて申し訳ありません」
 再び、丁寧に謝罪するセイラにケイは気にするでないと述べた。


 ケイとロアが切符売り場へ行ってしまうと、残された四人も好きに時間を潰すために辺りを散策することになった。
 ふとアルバートは何かを思いついたようにジョニーを掴み、ちょっと行ってくるとソフィーとバースにそういい残し行ってしまった。ソフィーはいきなり自分の元から離れたアルバートに少し寂しさを覚えたが、近くにある売店に目奪われバースの服を引っ張っていた。
 売店に並ぶ菓子はソフィーの寂しさを紛らわせるには十分であり、ソフィーは顔を輝かせ甘い菓子を手に取る。一方、甘いものを好まないバースにとっては興味ないことでもあり、バースはソフィーからやや離れると一人、柱に身をもたれさせ瞳を閉じていた。
「えっと……やっぱりチョコと飴よね。汽車から見える風景をアルバートと見ながら甘いお菓子を食べるの!」
 色とりどりのチョコが入ったパックを見つけ、ソフィーはそれに手を伸ばす。だが彼女と反対の位置から同じようにチョコにむかって手が伸び、それぞれ伸びた手はチョコを前にしとまる。伸ばされた手はソフィーよりもまだ幼い手で、顔を見るとまだ十代前半の少年であった。
「それ、オレが買おうとしたんだけど……」
「ソフィーだって買おうとしたんだよ? でもこれ一つしかないね」
「……ならいいよ、やる。オレ、別の買うから」
 少年は呟き、隣にあったチョコを手に取る。狙っていたチョコに比べるとそれは魅力の感じぬただのチョコであり、ソフィーはその少年を横目で見た。
 一つに束ねられた髪が風で揺れ、ややつりあがり気味の瞳は手にしたチョコを見つめている。
「ねぇ、ならソフィーと半分こしようか?」
「なに言ってんだよ」
「だって欲しいんだよね? なら半分こしよっ! これいっぱいあるし、それにこっちのほうが美味しそうだもん」
「べ、別にオレはこれだって……」
「お姉ちゃんがそう言ってるの! 子供は素直に甘えればいいーの!」
「オレは子供なんかじゃねぇよ!」
「なに、菓子選びでもめてるんだ? 悪いなピンクの嬢ちゃん、見ての通りこいつは子供だからよ」
 背後から大男と呼べる、体の逞しい茶髪の男がソフィーと少年の上からひょっこり顔を出す。怖そうな顔だが、男は至ってにこやかである。
「うるさい! ジャックには関係ないだろ!」
「タッド……少しはその騒ぎ立てる癖、やめろよな? 店で騒いだら店の親父に失礼だろ、菓子は決めたか? 早くしねぇと汽車に乗り遅れるぞ」
 タッドと呼ばれた少年はぼそりとソフィーの提案を話し出す。
「いいじゃねぇのかそれで。もしかして嬢ちゃん達はこの後の汽車に乗るんじゃねぇのか?」
「うん、そだよ。ソフィー達はその汽車に乗るの」
「なら尚更都合がいいな。俺等も同じ汽車だからチョコを半分にしても問題ないだろ? タッド、折角だ。ピンクの嬢ちゃんに甘えな」
「……なんだよ、向こうの肩持ってさ。わかったよ、半分でも何でもすればいいだろ」
 そっぽをむき出すタッドにジャックは
「見ての通り、ガキで素直じゃない奴だからな。本当は半分にしてもらえて嬉しいんだぜ」
「ジャック! 余計なこと言うな!」
「おー、怖っ。それで嬢ちゃんは一人で汽車に乗るつもりか?」
「ううん、他に五人いるよ。今は近くに一人……バースちゃん!」
 柱にもたれたまま目を閉じていたバースは、ゆっくり目をあける。ジャックとタッドのことを知らぬバースはいきなり見慣れぬ男達がいて、「誰、あのでかいのと小さいの」と思わず口を零した。


「ちょっといきなり何だい? 勝手にこんなところまで連れ込んできてさ」
「まぁーな。ほれ、ここには俺とジョニーしかいないだろ? つまり男同士ってことだ。もうストレートに聞くぜ。……ケイとどこまでいったんだ?」
「! あ、アルバート!?」
 ジョニーの声は裏返り、彼は咳き込む。アルバートはそんな様子を楽しむように見ていたが、やがてジョニーの首に腕を通し引き寄せる。
「ここは恋話といこうぜ! やっぱジョニーも男なんだよなぁ、オカマとか言いながら男らしいことしてるじゃねぇかよ」
「どうしてそういう話になるんだい! それは推測じゃないか」
「照れるなって。俺とソフィーのラブラブっぷりに羨ましくなったんだろ? やっぱ俺達の愛は周りも幸せにするんだなぁ」
「何勝手に話しを進めているんだい! ボクはバース一筋! それに暑苦しい!」
 ジョニーはアルバートの腕を力いっぱい振り払う。だがその時、背後にごつっという鈍い音とジョニーの肘に響く振動に二人は背後を恐る恐る振り返る。
「……! ちょっと君、大丈夫! まさか後ろに人がいるなんて知らなくて」
「おい、頭大丈夫か!」
 ジョニーの肘鉄をくらった男は何も答えない。水色の髪が男の前髪を隠し、彼の表情を読み取ることは一切できなかった。二人が慌てふためくなか、突如現れた一人の女が小さく男の頭をこつく。
 赤光りした黒髪と妖艶さを漂わせる女の雰囲気に二人は一瞬、見惚れかけたが今は男の怪我を気遣うほうが先だ。
「スイフリー、平気なら平気と言ったらどう? お二人さんが困ってるわよ。ごめんなさいね、普段からあまり喋らないのよ」
「……俺は平気だ、気にするな」
 ぼそっとスイフリーと呼ばれた男はジョニー達に向かって呟き、ジョニーはいきなり喋り出したことに小さく肩を震わせた。
「アン、それよりリナ達はどうした。まだ切符を買えてないのか」
「切符? もしかして君達もこの汽車に乗るのかい?」
 ジョニーは問いかけ、アンと呼ばれた女はそうだと小さく答える。
「へぇ奇遇だな。ぶつかった相手が同じやつに乗るなんてさ。俺達も切符を買ってくる仲間を待ってるんだぜ。だからそうそろ……ソフィー! ……ん? 誰だあれ」
 アルバートはソフィーとバースの姿を見つけるが、その隣に見慣れぬ二人の影に疑問符を浮かべる。
「ジャックにタッドじゃない。あの二人はあたし達の連れよ、それにしても何で一緒にいるのかしら」
 アンは首を傾げ、ソフィー達がジョニー達に合流し、事の成り行きを話すとこんな偶然があるのかとジョニーは驚いた。だがこれから数分後にはケイやリナ達が皆の前に現れ、流石にそれには苦笑をせざるをおえなかった。
「素敵な出会いですこと。ねぇスイフリー?」
 スイフリーは何も答えず、ただ自分の仲間と楽しげに話すケイ達をじっと見つめるのみだった。


 こうして汽車はジョニー達を乗せ、西へと走り出す。
 ソフィーは買ってきた菓子など忘れて、窓から見える風景が変わるたび声をあげ、隣に座るアルバートの腕を何度も引く。タッドはそのソフィーの様子を見続けては、ジャックにからかわれ近くにあった果物を投げつけていた。

「ほんとあそこは子供ね。……でも一番の驚きはセイラが男をナンパすることかしら?」
「アン! からかうのはやめてください、ただ助けてもらっただけです」
「そういうことにしといてあげるわ。それより教会にお世話になってたんですって? なら貴方は神を信じているのかしら? それともあたしみたいな見た目が軽そうな女が言うには変な質問かしらね」
「いや、人は姿だけがすべてじゃないよ。それで神は……必ずいると思うよ」
 魔王であるケイ達は過去に神と激しい戦いをしたことから神がただの想像上の存在ではなく、実際にいることは嫌というほど知っていた。だがそのようなことを人間であるアン達の前でいうことはできない。ロアの思いに察したのか、隣に座るバースも特に何も言おうとはしない。
「貴方って優しいだけじゃなくて信仰深いのね、神もきっと喜ぶわ」
「……ところでどこまで行くんだっけ? オレ達はすぐに降りるけどさ」
「私達は終点まで行くつもりです、なるべく遠いところまで行こうと思ってますから」
「そうなんだ、まぁ短いけど宜しく」
 一方、ジョニー達の座る席では他の席に比べて、やや盛り上がりに欠けているようであった。というのはケイが汽車に酔い、ジョニーの問いかけにも答えられぬままずっと外を見つけているばかりで、スイフリーも自分からまったく話そうとしない。
 必然とジョニーはリナと話すことになり、
「ねぇリナ達はどうして旅をしてるんだい? 僕達は諸国漫遊なんだけど、リナ達もそうかなって」
「私達? 違うわよ、両親を殺した魔物を倒すために旅をしてるのって言ってもそれは私だけでスイフリー達は手伝ってくれてるのよ」
 顔色一つかえず、むしろごく普通に言うリナに皆が驚いた顔で彼女を見た。
「えっとなんだか立ち入りすぎてごめん」
「いいの、気にしないで頂戴。でも教会でお世話になった人を前にして言う話じゃないわね、教会って殺生は禁止されてそうだし」
「教会に世話になったか……何度聞いても非常に面白い話だな」
「スイフリー、聞いていたの?」
「魔性の存在が教会に厄介になるということ自体、滑稽だと思うがどうだろう?」
 スイフリーは何かを悟った上で、問いかけている。ジョニーとリナにはよくわからないが、ケイ達……特にロアはスイフリーのいうことを完全に理解できている。
「おい、スイフリー。ちっと冗談がきつくねぇか?」
「ジャック、お前は随分と鈍いみたいだな。……いやもしかして気付いていなかったのか? てっきり油断させるのだと思っていたが」
「ジョニー、退くぞ」
 ケイがジョニーの服を掴むが、スイフリーは逃がさないと彼女の喉元に向けて手を伸ばす。
「なに、ここでオレ達とやるの? そんなことしたら他の人間巻き込むよ?」
 スイフリーの手がケイに届くより前にバースの火が遮り、スイフリーは手を引っ込める。

「巻き込む? ここは最終車両で俺達を除く他者は誰もいない」
「それを計算した上で言ったなら、策士に違いないね」
 車両は先程の他愛のない会話をしていたことを忘れるほどの静けさに包まれた。
「スイフリー、いきなり意味わかんないわよ! ちゃんとわかるように説明して!」
「そうだよケイ! 一体なんでこんなことに……」
「ジョニー、あやつらは神。我らと同じように五つにわかれているが、最早間違いないであろう」
「リナ、奴等は魔物の頂点である魔王だ」
 ジョニーとリナは同時に互いを見た。
「魔王……魔王がいなければ魔物も生まれなかったし、家族も殺されなかった……!」
 リナの声は怒りに震え、腰にさす武器を抜く。
「私は決して魔物を、魔王を許さない。両親の痛み、身をもって知りなさい!」
「……神の名において、今ここで魔王の魂を消滅させる。……覚悟するんだな」
 武器を取り出したスイフリー達に、ケイ達も距離をとり構えた。


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