入ってきた乗客は一体、何があったのかよくわからない顔でジョニー達を見ていた。互いに「多分、気のせいだよね」と囁きあいジョニー達を気にしていたが、セイラが微笑みを浮かべながら乗客に何もないことを説明するとセイラの神々しい雰囲気に乗客もやっと安堵の表情を見せる。
 乗客の様子にリナ達も同じように安堵したようだ。微かに表情を緩ませている。
 緊迫した空気を終わらせるかのように、列車全体に汽笛の音とアナウンスが響き渡る。
『――御乗車ありがとうございました。乗り換えのお客様は――』
 今まで戦いに集中していたせいか、ジョニー達は直にこの列車が次の停車駅に止まることに気付かなかった。汽笛が一際大きく鳴り響き、そこでやっと外の変化に気付いたのだった。
「今しかない、ここから退くぞ」
 ケイが呟き、第三者の介入により隙を作ったリナ達からゆっくり距離をとっていく。
「……いけない! 待ちなさい、絶対に逃がさない!」
 それに気付いたリナは手を伸ばし、ジョニーの服を掴もうとするが彼女の指はわずかなところで空をきり、ジョニー達はスピードをあげ、溢れかえる人混みの中、汽車から飛び出す。
「おい! それぞれ散って後で合流しようぜ!」
 アルバートはそれぞれ五人に向かってそう叫び、五人がアルバートを見た瞬間彼は唇だけを動かし『街外れ』と付け加える。アルバートの背しか見えないリナ達にはアルバートの声は聞こえていても、街外れに集合するとまではわからない。
 降りた駅のプラットホームには人々がごった返しており、どうやら栄えた駅のようだ。
「待ちなさい、魔王!」
「そう素直に待てるわけないじゃないか!」
 ジョニーは街中を駆けながら、ケイの姿を自然と目で捜すのだが彼女の姿はなくそれどころか皆の姿もない。
「……うわ、もうバラバラになってる!」
「そこの人間! 待てって言ってんだろっ!」
 神達の中で一番小柄なタッドが人混みによる束縛をさほど受けることなく、得意のスピードを活かしジョニーとの距離をじわじわと縮めていた。一方ジョニーは人にぶつかる度にスピードが落ち、このままだといつタッドに追いつかれてもおかしくない状況だ。
「もらった……!」
「こっちだ、ジョニー!」
 突然、左から聞こえる声にジョニーは左を向くがすぐに腕を掴まれ勢いよく引かれる。
「ろ、ロア!? いつの間に……」
「今は逃げるのが先だ」
 二人は小道へと駆け込み、タッドはわざわざ人気のない道へ行ったジョニー達を見て笑みを浮かべる。
「サンキュ! これでやりやすいぜ」
 人間さえいなければ多少は自由に戦えるとタッドはナイフを懐から取り出す。
 小道に入り、ひたすら駆け抜けるがやや行った辺りでそこは行き止まりとなっており、他の道を探そうとするが左右どちらにも道はなく、道の下は小さな崖になっている。
 小さいと言いつつも落ちたら怪我は絶対する高さであり、タッドは逃げ道を失くした二人にむけ
「鬼ごっこはこれで終わりだ! 一人だけだけど魔王は魔王、ここで倒す!」
「……逃げ道がないと言いたいのかい? まさか、道はまだあるよ」
 ジョニーは嫌な予感が脳裏をよぎったが、その予感は現実となりロアはジョニーの腕を再び掴む。
「大丈夫、うまくコンロトールするから」
「ちょ……ほ、他の……」
 ジョニーの制止を聞かず、ロアはジョニーを引き連れたまま崖に向かって駆け出し、そのまま崖から二人の体は落ちていった。
「お、落ちるぅぅっ!」
 耳につく風の音を忘れるほど、ジョニーはひたすら叫ぶ。
「大丈夫だ」
 急に落下する速度が遅くなり、そのまま二人は無事地面へ降り立つ。勿論、ジョニー達は傷一つ負っていない。
「ほら言っただろう? 風の力を使っただけだよ」
「……し、知らない間に随分、大胆になったものだね……」
「こうでもしないと撒けそうにないから」
 上を仰ぐとタッドはその場で地団駄を踏んでいる様子が見えた。
「早く行こう。きっとタッドの魔力ではうまく風をコントロールしてこの高さを降りてくるのは無理なんだろう」
 ロアはジョニーの腕を掴む手を離し、二人はアルバートが指定した街外れまで再び走り始める。
「ねぇ! ちゃんと説明してくれるよね。神って一体なに? やっぱり昔は対峙してたんだよね?」
 暫く二人は走り続け、背後にリナ達の気配を完全に感じなくなると歩きへと歩調をかえる。
「神はまだ私達が魔王として魔物を従えていた頃、戦っていた存在だよ。これはスイフリーが言っていたが、神は悪の魂を持つ私達を消滅させ、今度は善の魂を持たせ生まれ変わらせる。そのために神は私達の命を狙っていた。昔も……そして」
「今度も……」
「あぁ。これからも私達を消滅させようと何度も戦いを挑んでくるだろう」
 ロアの台詞にジョニーは言葉をなくす。彼の口調は当然と言った口調で、初めて神に出会った時の衝撃から随分と冷静になっているようだった。
「でも今なら彼らの言い分もわからなくはないんだ。確かに私達は多くの人間を殺した、その罪は例え私達が心を入れ替えても消えることはない」
 自然とロアの表情が陰り、ジョニーはケイ達の過去を知るにはあまりにも遠い場所にいるのだと思った。ジョニーにとって魔王も神も遥か遠い存在であり、双方の戦いについて自分が介入すること自体、生まれて32年間考えたこともなかった。
「だから彼らに倒されるのも一つの道なのかもしれない」
「ロア!」
「でも……」とロアはジョニーの顔を見る。
「私達はそれを選ばない。もう二度と君を一人にはさせない」
 ふっとロアは笑みを浮かべ
「……にしてもこの台詞、ただの殺し文句にしか聞こえないね。それならバースかケイに言ってもらいたかっただろう?」
「なっ、何、ふざけたこと言ってるのさ!」
「違うのかい? てっきりケイにそういって欲しいのだと思っていたんだが……きっとケイも同じことを言うだろうね。皆、君のことを仲間だと思ってる。むしろ私達にとってはもっと特別なのかもしれない、だから今度は私達が君を守る番だよ」
 『でも……』と言葉を繋げるジョニーにロアは、
「いいんだよ、それだけのことを君からしてもらったんだ私達は。ならそれを今度は私達が返さないといけない。……あ、見てご覧。あそこにケイがいるよ」
「え!? どこどこ?」
 ジョニーは慌てて見渡すがケイの姿など見えない。
「……嘘だよ。ほらやっぱりケイに会いたいんだね」
「君は年下のくせに年上をからかうのかい!?」
「別にその気はないよ……ほら何となく言いたくなっただけかな?」
 微笑むロアの背後には微かに黒いオーラが見え隠れする。
「ジョニー、ロア。一体、お主達は何をしているのだ?」
 ジョニーの背後から声をかけられるが、今はロアと話すことを先決とし
「今はロアと大事な話をするんだから静かにしててっ」
「そうか? なら邪魔して悪かったな」
「そうそ……ってケイ!? に、ソフィー……」
「ちょっと! なにそのオマケみたいな言い方!? ソフィーのことオマケになんかしないでよぉ!」
 ソフィーはオマケ扱いされたことに腹をたて、頬を膨らませながら腕を組んでいた。だがアルバートとバースの姿が見えない。
「後は二人だな……道に迷っていないことを祈ろう」


「あっれー、街外れだよなぁ。ここじゃなかったか?」
 アルバートの口調は呑気だ。
「お前、自分で言っておいて迷子になったわけ……」
「じゃあバースはわかるのか? 正しい道」
「……適当に歩けばいいんじゃないの」
 どうやらバースも道がわからないのか、アルバートの問いに答えず勝手に歩き始める。
「待てって! 何でそう不機嫌なんだよ……やっぱバースも道なんて」
「煩い! あんま余計なことばっかり言うと殴るよ?」
「もう殴ってるだろうがぁ! いちちち、なにも殴るこたぁねぇのに……」
 アルバートは殴られた頬を摩りながら、バースの後に続く。
「愛しのソフィー、今頃一体なにを……あぁ! まさか魔物に襲われてるんじゃないだろうか! あぁ! もしかしたらこの陽気でお昼寝をしているかも……」
「……お前、正直言って馬鹿だろ? そんなくだらないこと言ってる暇があったらさっさとケイ達を捜して欲しいんだけど」
「なーに、任しとけって。俺の視力はいいんだぜ? 遠いところだってくっきりクリアに……おいバース、あれ!」
 アルバートはすでに腰にさした武器を抜き、走り出していた。彼が向かう先には数匹の魔物とその魔物に囲まれる少年が一人。
「や、やだ……こないで……」
 少年のクリーム色の髪が風で揺れる。前髪はやや揃っており、温和そうな少年の表情は今魔物による恐怖の表情にすり替わっていた。
「そこの魔物! このアルバート様が倒してやる! まとめてかかってこい!」
 魔物はアルバートの声にちらりと視線を向ける。
「……お前、やっぱり煩い」
 アルバートの背後でバースの声がしたかと思うとバースは彼を土台にし、魔物達の中へ降り立つ。
「とりあえずさっさと消えなよ、うざいから」
 やや眉をあげ、バースは魔物の鳩尾に拳を入れる。本来なら炎で燃やすところだが小さい少年の前で魔物を燃やすことに躊躇し、格闘のみで魔物を蹴散らしていく。
「坊主! そのまま大人しくしてるんだぞ!」
 腰が抜けて動けないのか、少年はアルバートの声に小さく首を縦に振った。
「俺だって決めるときは決めるぜ! 必殺アルバート・スペ……」
 『シャル』と言う前にアルバートの剣は手から離れ、魔物の背に刺さっていた。
「あ……ま、まぁすべてを味方にする、それこそ勇者だよな!」
「勇者? 馬鹿の間違いだろ、馬鹿の」
 少年はふと目の前に立つ二人の人物を見上げた。魔物はあっという間に二人の手によって倒され、そのうちの一人は自分のことを『勇者』だと言っていた。
 ――男たるもの、強くなければならない。
 そう教えてくれたのは一体どこの誰だろうか。小さい頃に読み聞かせてくれた絵本の中のワンフレーズなのかもしれない。
 少年はその絵本に出てくる勇者が好きであった。
 金髪碧眼の剣の使い手、皆が必ずついてくる心の強さをもった勇者。それが少年の憧れであり、自分も同じようになりたいと思っている人物像であった。
 この憧れは強く、自分の環境が平凡であればあるほど憧れは強く脚色されやすくなる。
「大丈夫か、坊主。まぁこの俺がずばっと倒してやったからよ!」
「何がずばっとだよ。オレの存在忘れてない?」
「ゆ、ゆ……勇者様!」
「は?」
「だって今、自分で勇者って言ったよね? なら金髪のお兄ちゃんは勇者様なの? それで銀髪のお兄ちゃんは勇者様の親友なの?」
 バースはわけがわからず、再度『は?』と聞き返し、アルバートは勇者という言葉に高揚感でも覚えたのか少年向けて、本人が一番カッコいいと思っている視線を送る。
「よくぞ言った! 俺は誰がどう見ても立派な勇者さ」
「寝言は寝て言いなよ。何をどう解釈したらお前が勇者になるのさ! それにお前、ほとんど魔物倒してないだろ!」
「まぁまぁ深い事は気にすんなって。この坊主が無事ならそれでいいじゃねーか。なっ」
 少年は目の前で繰り広げられる掛け合いをじっと見つめていた。アルバートの金髪が日の光を受け、きらきらと輝き、その輝きが少年には王冠にでも見えたのだろう。
「やっぱ勇者様なんだね! 僕、初めて見た! わぁー、本当に勇者様って金髪なんだね! それに勇者様の親友は銀髪のお兄ちゃんなんだ!」
 少年の目は期待に満ちた表情で、バースはその無垢な少年を前に勇者などこの世に存在しないと大人の事情を話す勇気がもてなかった。
「坊主も勇者が好きか。なら俺達は今日から友達だな!」
「本当!? 僕、勇者様のお友達になれるの? わぁい、嬉しいなぁ」
「アルバート、オレ達の目的忘れてない? 早くジョニー達に合流するんだろ?」
「おっと忘れてた……早くソフィーと……」
 ぴくっとアルバートの鼻が動き、何かを匂いを感じたのか鼻が更に小さく震える。
「この甘い感じ、例えるなら……そう世界でひとつだけの美しい花! おぅ、ソフィー!」
 突然叫び出したアルバートにバースは、ついに限界がきたのかと心の中で思ったが、彼の目線の先に見えるピンクの髪をした少女が映っており、アルバートの視力の良さだけは褒められるものだと呟く。
「ソフィー……!」
 ピンクの人物が体を揺らす。その人物もアルバートの叫びに
「アルバート……!」
 二人が駆け出したのはほぼ同時である。
「ハニー! 俺のハニー!」
「ソフィーのダーリン! 会いたかった……!」
 二人はそっと手を重ね、互いにいい笑みを浮かべながらくるくると回り始め、バースは久々に二人に蹴りを入れたい衝動を覚える。
「バース! あぁ、アタイのバース!」
 いざ、蹴りを入れようとしたバースだがそのバースの腰目掛けてジョニーが薔薇を散らしながら走ってくる。当然の話だが、本当に薔薇を散らしているわけではなくジョニーの想像の中での話しだ。
「うわぁ……あのオレンジの人達も勇者様のお友達?」
 少年はジョニーの奇行にまったく怯みもせず、むしろ気にせず隣に立つバースに話しかける。バースに向かおうとするジョニーは道中、アルバートとソフィーのいちゃつきに邪魔されそのまま乱戦に雪崩込むが少年は一向に驚いた表情など見せない。
 また始まったと、ジョニーの後ろを歩いていたケイとロアは同時に溜息をつき、バースはやっと常識派が現れたと感謝する。
「ねぇ銀髪のお兄ちゃん。勇者様達っていつも楽しそうなんだね」
「……コレが楽しく見えるんだ」
「え? だって勇者様の傍にはいつも笑いが絶えないんだよね、いいなぁ……やっぱり勇者様って凄いなぁ」
「ねぇ、しつこいようだけど本当にアレが勇者様に見えたの?」
「うん! 金髪のお兄ちゃんは勇者様だよ! あ、そうだ。さっきは助けてくれてありがとう!」
 アルバートが勇者だと本気で信じ、尚且つ笑顔を浮かべる少年にバースは静かに息をはき、『どういたしまして』と小さく呟いた。


 無事、全員揃ったジョニー一行は少年の言葉に甘え少年の住む村へと足を運んでいた。というのも少年がアルバートに懐いて離れようとしなかったからである。アルバートも自分を慕う少年を実の弟のようだと可愛がり、無理やり少年とアルバートを引き離す必要はないと珍しくバースがアルバートの味方をし、今現在に至る。
「よーし、まずお前! 名前はなんていうんだ?」
「リドルだよ!」
 少年……リドルは草に上に正座をし、アルバートの言葉を一字一句聞き逃さないように体をやや前に乗り出していた。この場にはアルバートとリドルしかいないのだが、アルバートより勇者について話を聞くリドルの姿は本当に弟のように見えた。
「そうか、じゃあリドル! まず勇者ってモンには必要な要素がある!」
「必要な要素!?」
 自然とリドルの気持ちも高まる。
「そう、まずは愛! 何があっても守り抜きたいと思える相手、愛するハニーが必要なんだ!」
 力説アルバートの背景には花を背負ったソフィーが『アルバート』と彼を呼び、アルバートはそのソフィーにですら愛しさを感じていた。
「……愛する、はにぃ?」
「そう、ハニーだ! ……ところでリドルは好きな子とかいるか?」
 リドルは静かに首を振り、アルバートは「そっか、じゃあ早めに作れよ」と言葉を繋げた。
「あと一つ、勇者に必要なものがある。……勇気だ、どんな強敵にも立ち向かおうとする勇気、皆を守ろうとする勇気だ!」
「勇気……! お兄ちゃん、やっぱり本物の勇者様なんだね。すっごぉい……」
 目を輝かせ見るリドルにアルバートはすっかり勇者気取りになり決めポーズを何度もリドルの前で披露する。

「僕も……僕もお兄ちゃんみたいになりたいなぁ。でも僕、全然強くないから悪い奴等と戦えないよ」
「それはしょうがないぜ、リドルはまだ子供だからな。でも日々鍛錬して大きくなったら立派に勇者になれるぜ」
 リドルの頭を撫でるアルバートの手は、リドルにとって大きな手で暖かいものだった。その心地よさに少しはにかみながら
「僕、頑張るね! いつかお兄ちゃんと一緒に悪い奴等を倒すんだ」
「あぁ、そうだな。それまでは俺がリドルを守ってやるからよ」
「うん!」

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