さくり、さくり。
 ジョニーは乾いた土と草を踏みながら一人、川へと向かっていた。
 飲み水調達の為なのだが、そのジョニーの足取りはいつもに比べるとはるかに重い。というのもリドルの一件でアルバートの様子に多少の変化が訪れたからだった。
 リドルを失った悲しみを顔にあらわすことはないのだが、彼を取り巻く空気がどこか重い。それにつられるように皆の士気が少しずつであったが落ち始めている。
 そのことにジョニーは肌で薄々と感じているのだが皆がジョニーを気遣い、普段通りに振舞うので、ジョニーも正直どう接していいのか困っていた。
 それはきっと触れてはいけない傷跡と考えるべきなのだろう。
 彼らは旅人であり、魔王だ。
 これはジョニー自身も言える話だが、旅をするうえでいくつのも魔物の命を葬ってきた。
 あくまでもそれは自分達が生きるためであり、正当防衛と考えてもおかしくない。
 やらなければこちらがやられる。
 ふとジョニーは考えてみた。
 ケイ達、彼ら魔王は過去の戦いで神と戦い、人間達を多く殺したという。それは魔王にとって生きるための手段なのか、ただの享楽なのかと……。
 つい先程、出てかける時も何やら過去を思い馳せ、静かに表情を暗くさせる仲間を見た。それは過去の過ちを自分なりに後悔として受け止めているのだろうとジョニーは思った。
 仮に彼らが殺戮を繰り返した魔王であっても、今の彼らは違う。
 人の命が終えることを嘆き悲しむことができる存在だと……。
「……はぁ、重い」
 川の水は心地よいほど冷たく、桶ですくうのだがそれが予想よりも重かった。
「もしかして一人で行くの、間違いだったりして」
 ちゃぷりと桶の中の水は踊り、微かにジョニーの服を濡らしたが今はそのようなことを気にしている場合ではない。
 皆が待つ場へ向かわないといけない。
 できるだけいつも通りの自分で。
 それがきっと皆にとってよいに違いない。今は無理やり問いただすこともせず、いつか彼らから話すときがあればその時に聞けばいいのだと。
「あ……中腰は体に……うぅ、ボクの腰が……」
 そんなことを言いながら皆のもとへ戻ったらきっと笑みを浮かべて持つのを手伝ってくれるだろう。そんな小さい芝居じみたことをやりながらジョニーは来た道を戻りつつあった。
 後はこの坂を上れば皆の待つ場所は近い。
 ジョニーは水を零さないように慎重に歩みながら確実に坂を登りきる。
「はぁ、疲れた」
「…………。待っていた」
 やや長い間の後、坂の頂上で待つ青年……神の一人であるスイフリーがジョニーに声をかける。スイフリーの近くには見慣れた顔が並び、ジョニーは手にした桶を思わず下に落としてしまう。
 からりと桶が転がり、中の水も地面にどんどん吸い込まれている。それでもジョニーは一向に気にせず、目の前に立つスイフリーをじっと見つめた。
「どうしてこんなところに……!」
「あれから捜すのに苦労した。……前はあそこでは逃がしたが今度は逃がさない」
「ちょっと! まさか六人が束になってボクに襲い掛かる気?」
「いいえ、それは違います。私達は魔王と戦う前より一度、貴方と話がしたかったのです」
 セイラが一歩、ジョニーへ歩み寄る。
「私達の敵は『魔王』であって人間である貴方を巻き込むつもりはありません」
「そうそう、これでも俺達は神だからな。きちんと人間は戦いに巻き込まないようにって考えてるんだよ」
 木にもたれかかるジャックはニカっと笑みを浮かべながら言い切る。本当に戦う意思がないのかジャックもセイラ達も武器を構え出すといったような行動はしない。ただタッドとリナはまだ整理ができていないのかやや訝しげな表情でジョニーを見ていた。
「だからどうして魔王と一緒に行動しているか聞きたいのよ。もし脅されてたり、無理やりだったらあたし達が絶対に助け出すから」
「違う! ボクはケイ達と好きで一緒にいるんだ! 別に脅迫されたわけでもなんでもない、だから君達に助けてもらう必要なんてないよ」
「どうして? 貴方、私と同じ人間でしょう? ならどうしてあんな魔王と一緒に行動なんてできるのよ! 貴方は魔王の餌食にあってないからそんな綺麗事が言えるんだわ……」
「……確かにボクは魔王によって家族は殺されてないよ。でもね、ボクはケイ達を憎むことはできない。君達は昔の魔王しか見ていないから素直に憎めるのかもしれないけど、ボクは君達と違って違う一面を見たから。……誰かの死に嘆く彼らを見たらとても」
「は? あの魔王が死に嘆く? そんなバカな」
 ジョニーの言った言葉が信じられずタッドは続けて、嘘に決まっていると言葉を否定した。それにはリナが小さく頷き、スイフリー達残りの四人は行動では現さなかったものの、その言葉を信じているようには見えなかった。
「今の彼らは他者の死を嘆くことができる。ボクはそれを見たんだ」
「ありえない話だな」
 スイフリーは必死に話すジョニーをたった一言で一蹴し、
「魔王は命などただの石ころとしか考えないような奴だ。多くの者が血にまみれ倒れても奴は顔色一つ変えない。……悪いことは言わない、別に共に行動しろと無理強いする気はない。だがこれ以上魔王の傍に置いておくはできない」
「それはボクが人間で君達が神だから?」
「そうだ。だから人間は守る」
「そうです、私達は人間を守りたい。だから魔王の元にいる貴方を心配してるのです」
「でもボクはこのままでいいと思ってる」
「今はそうかもしれない。だか今度はわからないだろう。だからこちらに……」

 結構だ! とジョニーが強く声を張り上げようとした瞬間、「ジョニー!」と呼ぶ仲間の声にジョニーは言葉に叫ぼうとした言葉をのむ。
「……ケイ! それに皆も」
「お主が遅いからとやってきたら、このような場でまた神に出会うとは……」
「お前達を消滅させるためにいるのだからな、嫌でも会うだろう」
「ねぇ、なにオカマちゃんに話してたの?」
「別にお前なんかに関係あるか! だろ、セイラ?」
「……私達はただ彼を、人間を今すぐに貴方達から離れるように忠告をしたのです。魔王と人間は共にいることはできない、貴方達は過去と同じように人間を傷つけるかもしれませんから」
「つまり俺達がジョニーになんかするって言いたいのかよ!」
「その可能性もあるってあたし達は言ってるのよ」
「私達が彼を傷つけることはない、そしてこれ以上誰かを傷つけるようなことは……」
「そんな綺麗事、魔王の口から言って欲しくないわ! 私の両親を殺しておいてそんなことよく言えたわね」
 リナの言葉はケイ達五人にとって非常に痛烈な言葉であった。彼女の言うことには何ら偽りはない。つまり彼女のいうことは正しく、ケイ達魔王は直接、手は下さなくとも間接的には殺してしまったこととなる。
「ほら何も返せない。つまり認めてるってことでしょう? ……今度こそ敵をとらせてもらうわ!」
「やはり我らにはこの道しか残されていないのか……?」
 リナはナイフを構え、ジョニーはその彼女の前に立ちふさがる。
「やめるんだリナ。君の憎いっていうのも悲しいっていうのもわからなくはない、でもこんなことは絶対に間違ってるよ!」
「うるさい! いいからそこをどきなさい、私はこの刃で必ず魔王を倒すって決めてるの邪魔しないで!」
「そんなことして両親は本当に喜ぶのかい!?」
 リナの顔が一瞬かげるが、その表情はすぐに消え怒りの表情へと変わっていく。
「……わかったような口を……きかないで!」
 叫びと共にナイフがジョニーの頬を掠め、復讐の色に染めるリナの瞳に自分の姿が映った。


 ジャックはやれやれと木から離れ、近くに立つアルバートの元へ向かう。その手にはすでに斧が握られ、口調はややだるさを出していたが戦う意思はあるらしい。
「やっぱり俺達はこうして何度も衝突しないといけないってわけだな。そう思わねぇか金髪の兄ちゃん?」
「俺は……今の俺は……」
「おいおい、戦う前からそんなんじゃこの先どうなっても知らねぇぞ?」
 ジャックの斧がアルバートの前に振り下ろし、彼は両手で剣を支えながらその斧を受け止める。受け止めた瞬間に重力とジャックの力を直に感じ、アルバートは小さく呻いたがそれ以上斧が動くことなく二人の体が小さく震えるのみだ。
「いいねぇ、このまま俺と力勝負といこうぜ。純粋にどっちのほうが力があるかっていうわかりやすい戦いだろ?」
「このでかぶつが……」
「そいつは褒め言葉で受け止めてもいいか? 別に大きいって言われてさほど悪い気はしないぜ兄ちゃん」
 ソフィーはアルバートの助けに入ろうと呪文を唱えるが、彼女の前を横切る光に詠唱を止められる。
「……ソフィーの邪魔をするの?」
「えぇ、貴女の相手は私がします。同じ魔術師として決着をつけましょう」
 大人しく清らかな印象を見せるセイラの瞳が今は敵を前にし、戦乙女のような厳しさが加わる。
「女の子なのになんで戦うの? それにもうソフィー達はあんなことしないよ!」
「戦いに女性も男性も関係ありません。私達の役目は魔王の魂を消滅させること、貴方達がこの世にいる限り私達の戦いは終わりません」
 気が付けば皆は列車で戦った時と同様にそれぞれが対峙するという形をとっている。
「まさか女には手をあげないとかそんなことは言わないでしょうね? ……それで甘く見られるのは嬉しくないわね」
 アンは対峙するロアを前にそう言い放ち、同時に素早く抜かれた銃で彼の左足を狙う。一応、ロアは剣だけは出していたものの特に彼女に向かう様子はなく、放たれた弾を避けるのみだった。
「別に甘く見ているわけではない。ただ君達と争いたくないんだ」
「まぁ素敵なことを言うのね。貴方達がしたことを忘れたわけじゃないでしょ?」
「……過去に私達が犯したことは償わなければならないと思う。だが今ここで償いとして、大人しく消滅させられるわけにはいかない。私達が再び消えて、また彼を悲しませるようなことはしたくない。それに彼は私達に大事なことを教えてくれた、人としての感情を」
「魔王が人間を大事に思い、人としての感情を得るなんて……。確かに前ほどの邪悪さは貴方達から感じない。それでもあたし達は戦わないといけないの。例えどれだけ貴方に戦う意思がなくてもね」
 こうしてロアがアンに話を持ちかけたようにケイもタッドに何度も話を持ちかけるが、タッドはアンとは違いまったく聞く耳を持たなかった。ケイが話しを始めようと口を開くとタッドはお構いなしにナイフを投げ、何度もケイにはナイフの雨が降り注いだ。
 タッドは魔王が改心したことをまったく信じておらず、神は正義で魔王は悪という極端な考えが無意識ながらにタッドの中にあったのかもしれない。ケイはタッドと会話するのは無理だろうと静かに溜息をつき、防衛戦にならざるを得なかった。
 一方、神の中心核であるスイフリーはバースを相手に本気で戦っていた。
「……そんな弱い火で一体なにをする気だ?」
 バースの炎を容易く水で蹴散らし、見る限りスイフリーはバースに比べて相当余裕であるという印象を受ける。逆にバースは自分の属性である炎が容易くやられ、あまりいい気はしないようだ。
「火のお前が水である俺に敵うわけないだろう? 身の程を知るといい」


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