彼には一度キレると口調が変わるという特徴を持っているのか、ジョニーの口調は「ボク」から「アタイ」に変わっていた。しかも目つきも変貌しており、野盗を見つめる瞳は夜叉のようであった。
「ブ男ごときが何言ってんのよ……。このアタイが気持ち悪いって?」
「な、な……」
 先程、カエルとクマを追い払った鞭をもう一度取り出す。
 勿論目の前にいるこの男を、しばき倒す為に。
 沸点をあっさり振り切ったジョニーには、野盗のうろたえなどまったく見えていない。ただ思うことは一つであり、
 この自分の傷つけられた名誉を挽回することである。一方、さらわれた女達は、野盗と同様にジョニーの変貌に怯え、身体を寄せ合い少しでも安息を得ようとしていた。
 とにかく終るなら早く終って欲しいと。できるならこれが夢であればいいのにと……。
「覚悟できてんでしょうねぇ……。本当の美しさをアタイが見せてあげる」
 オホホホホと笑うジョニー。
「……や、やめろ……嫌だ。くんな……」
「問答無用」
 ギロリとジョニーは野盗を睨みつけ、この時野盗は本気でジョニーを連れて帰ってきたことを後悔した。そして同時に
『もう二度としません!』
 そう思ったのは間違いないであろう。


「あははは〜ん。るるる〜」
 ジョニーは自分に心酔していた。無事、自分の名誉を取り戻しジョニーは上機嫌のまま
鼻歌を歌っている。
 はっきり言うと気持ち悪い。
「ふふふ〜ん。まぁ、ボクにかかればこんなの当然。うふふ、また一段と美しくなっちゃった」
 美しさと野盗退治はまったく関係ないと、本来なら言うべきであろうが賢い娘達はそんな事は言わない。
 まず、どんな形にせよジョニーは命の恩人であり、その恩人に向かって失礼なことは言えないからだ。
 と、これはあくまで建前であり本音はそんな事を言って、再びジョニーを本気で怒らせでもしたら、一回見ただけでもトラウマになりそうなオカマのジョニーが、今度こそトラウマとして娘達に残るせいであろう。
 自分の命は惜しい。
 そう思うとここは何も言わずに素直に礼を述べたほうが利口なのだ。
 ジョニーは自分がそんな風に思われていることなど微塵にも感じず、
「ボクは村のご老人に頼まれて助けにきたのだからね」
 と、ここでジョニーは村の娘達を今初めてじっくり見た。
 目的は女の調査であり、別やましいことは何一つない。
 純粋に女の服装や化粧、物腰の調査がジョニーの目的であるので、野盗のように好きにしてしまうという考えは持っていないからだ。
 一通り見渡し、特に見習うべき娘がいないと解ると
「さぁ早く村に戻るといい。きっとご両親が心配しているよ」
 女を見るという目的の次は、村から巻き上げた金品を手に入れること。その為には娘達が邪魔であり、
ジョニーは持ち前の気転のよさ否、嘘で娘達をアジトから追い出そうと試みる。試みると言っても、流石に一度ではうまくいかないだろうとジョニーは踏んでいたのだが、娘達は思ったより聞き分けがよく、何も言わず素直に出て行くのでジョニーとしては大変有難かった。
 ただ娘からの立場から言うなら、彼に逆らうことは不可能であると思っていたし、それに野盗でも一連の恐怖から早く自分の住む家に帰りたかったからなのであるが……。
「ふふふふふ……遂にきたよ。きたよお金ちゃんが……。別にボクは娘達がどうなってもいいんだけどねぇ〜。やっぱここはお金の為に少しでも頑張らないといけないし。……ってこれかな?」
 麻の袋を手に取り、中を覗くとそこには金色のコインや宝石。
 あまり多いとは言えないが、それでも今のジョニーにとってこの金品は非常に有難く
その金品をご丁寧に村に返そうなどという紳士的な男でもなかった。
 貰えるものは貰う。利用できるものなら利用する。
 これがジョニーの方針であり、この方針に基づくならこの金品は当然自分のものとなる。
 村が金に困ろうがなんだろうが知った話ではなく、ようは自分が本当の女になれるかどうかにかかっているのである。
「ボクってやっぱりお金大好き。やっぱり何事もお金よねぇ」
 ジョニーの頭の中はこれをどう楽に増やすかでいっぱいになっており、目の前に倒れる野盗のことなどとっくのとうに忘れていたのだ。
 この野盗を憐れだと思うものはなく、フクロウの鳴く声だけがこの閑静なアジトに響くだけであった。


 金の亡者と化したジョニーの次の行動など手に取るように解る。その答えは彼の持つ地図が示しており、この村から少し先に行ったところに町があるのだがどうやらここにはカジノがあるという。カジノといっても規模は小さく、町にあるやや小さい賭場というほうが正しいのかもしれない。でも今求められるのは規模の大きさ、小ささではなくどこまで手持ちの金を増やせるかどうかであった。
「このボクの運の強さを見せてあげるよ……うふふふ……」
 静かに笑うジョニーは周りから見たら不気味としか言いようがなく、遠巻きでジョニーを見つめていた。
 それは珍獣を見るようであり、ジョニーとしてはそんな些細な視線を気にする人間ではなかった。
 逆にもっと美しい自分を見て欲しい、そしてその美しさを讃えなさいと考えている。
 非常におめでたい性格をしている。
「幸運の女神様がボクにはついているのさ! 勿論、美の神様はいつでもボクと一緒だけどね!!」
 この台詞に一体何の意味があったのかどうかは知らないが、とにかくジョニーは儲けた。面白いくらいに儲け、自分は一夜にして大金持ちになれるのではないかと思ったほどであった。
 しかしそれは俗に言うビギナーズラックであり、人生そう簡単にいくはずもない。調子にのって次々とつぎ込んだ金は消えてゆき、それでも往生際悪くチャレンジし続けるジョニーに幸運の女神様とやらは笑いもしなくなった。
 そして手元の金が数枚というところでジョニーはやっと正気に戻り、トイレに駆け込んで考えにふけっていた。
「……おかしい。何故だ、何故もうこれしかない? 確か数十分前はこの数倍はあったはずなのに!! ボクのお金は!? 手術代は!?」
 頭の中で描いていた女になった自分の姿は見事に消え去り、真面目にこつこつお金を貯めるということに向かないジョニーは途方に暮れ、ぼんやり天井を見た。
 蛍光灯が眩しく顔をしかめ、同時に芳香剤のラベンダーがきつすぎるせいか洋服に匂いが染み付きそうだなと関係のないことを思っている。
 ふと良い考えが思いついたのか、やや口の端をあげ
「……イカサマ……今のボクに残された手はこれしかあるまい……」
 愚の骨頂とは今のジョニーの事を言うのであろう。金が貯まらないといえ、イカサマをするのは道徳的にも許されることではない。しかしそんな道徳などという言葉は水洗トイレに流したのか、彼は高笑いをした後、勢いよくトイレの扉を開けた。


「オーマイガッ!!」
 当たり前の話だがイカサマなど、うまくいく筈はない。
 イカサマに失敗したジョニーはカジノから逃げ出そうと再びトイレにこもり、体を器用に捻じ曲げると
トイレの小窓から薄暗い路地に降り立った。
 恐らく自分の体が柔らかい事を本気で感謝したのは今が初めてであろう。
 これでカジノ側に捕まったらジョニーの運命は一つしかあるまい。
 警察署につきだされて罪を償うか、カジノで強制的に労働を命じられるか、どちらにせよロクな運命ではない。
「……ボクの行動のすべてはボクだけのものさ。このままこんな場で終らせる女じゃないからね」
 ジョニーは心の中でカジノに別れを告げ、歩きだそうと一歩踏み出した瞬間によからぬ気配を感じ、本能的に後ろを振り向いた。

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