「それにしてもロアの仕事って一体何なんだ?」
 アルバートが尋ねる。思えばロアはただ仕事だからとそう言ったきり、皆の前から姿を消していたのだ。
 あの戦いの後、皆が同じ家に暮らす中、ロアは以前自分を面倒見てくれた院長への恩が返したいと、よく院長のもとへ通っていた。
 どうやら『仕事』はそこかららしいのだがロアはあまり語ることなく、飛び出すように出て行ったので不思議がっていたのだ。
「……すまない、仕事に関してはちょっと言えないんだ。あまり外に漏らしたらいけないことだからさ、今回はね」
「ちぇ、ならもし俺達が力になれるかもって時になれないじゃないかよ」
「その気持ちだけは嬉しく貰っておくよ」
「ロア、どうなの? 院長のもとへ行ってみて」
「最初はやはり自分みたいな者が本当に受け入れてもらえるのかというのはあったよ。でも院長は何も変わらず、私を一人のロアとして扱ってくれた。だから仕事は凄く遣り甲斐があるんだ」
 穏やかに語るロアは本当に今の仕事に充実感を覚えており、最初にやったことを順にあげろといわれても事細かにあげることができただろう。
「でもこんな長期で違う場所にいるってことは、今やってる仕事は大変ってことなんだろ?」
「そうなるかな、今までの中では確かに大変な分類に入るけどでも私の力が役に立つのならそれでいいんだ。何せ、旅慣れてる者じゃないと無理だからね。それより君達こそ、どうするんだい? 確か武者修行のとかで来たんだろう?」
「それこそ、強そうな奴の情報を手に入れて……道場破りとか」
「なにそれ」
 バースはアルバートの口調に愉快そうに笑った。アルバートの告白からバースは一体、どう彼に告げればいいのか困っていた。
 というのもこれを恋愛感情として捉えるのかどうなのか、未だに彼女の中で迷いがあったからである。ただ言えることは、自分はアルバートのことを好いているということと、彼が自分の中に入ってくることを疎ましく感じなくなったことだ。
 ふとロアとアルバートを比べてみる。
 そうなると、二人に対する感情が若干違うことはわかる。ロアの場合は頼りになる兄さんというのがあっており、アルバートに同じ尺度を当てはめることはできなかった。
「でもどちらにせよ、今日はもう宿を取ったほうがいいと思うな。船旅は疲れただろう? それにまだ知らない大陸なんだ、少しどんな場所が知るために探索する時間もあるといいしね」
 ロアの提案に二人は頷き、港を後にして町へと下る。
 町へ降りると、やはり他大陸であることを感じさせられる光景が広がっていた。建物や人の服装が違っており、服装に至ってはケイが好みそうな服が多いという感じだろうか。
「やはり文化が違うとここまで服装や建物も違うものだね」
「……巫女さんとかいそうだよなぁ」
 嬉しそうに呟くアルバートの足をバースが強く踏む。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ、馬鹿じゃないの?」
「二人とも喧嘩はよしなさい。ほら、あれだよ。宿は」
「あ、でも俺、ちょっと行く場所あるんだった」
 アルバートの腰には今まであるべきはずの武器がない。というのも、彼はこの大陸で武器を手に入れようと思っていたからだ。
「だからちょっくら行ってくる。それで……ロア、付き合ってくれよ」
「私が? 一体、何をさせる気なんだ……」
「その……試し斬り? だって一度使ってみないと自分の手に馴染むかわからないし、それに剣を受けてくれるのはロアしかいないだろ!」
 アルバートは至極当然と言わんばかりで、その様子にロアは静かに溜息をつき、バースは興味がないように宿を見ている。
「じゃあオレは先に休んでる。ここ暑いし」
「そうしているといいよ、私達もあとで合流するから」
 こうしてバースは一人、宿へと向かい、二人は再び街中に消えていった。その時、アルバートは宿に帰ってきたらバースの部屋に赴いて、今日街であった出来事を土産話にしようと思った。
 必ずバースが宿屋で待っていると信じていたから。
 しかし数時間後、二人が帰ってきてもそこにバースはいなかった。しかし宿に一歩踏み入れた瞬間、何かがあったことだけは二人にも理解できた。
 盗賊が入ったのか、一階の食堂は滅茶苦茶で若女将が力なく、しなだれていた。その表情は絶望であり、ロアが優しい口調で尋ねてみると涙を堪えながら、
『アイツが、アイツが帰ってきた』
 と憎しみに近い声で返ってくる。まだ二人にはよくわからなかった、ただ女将はバースがどこへ行ったのかは理解しており二人は場所だけ聞くと、宿を出て行く。
 目指すは、女将が教えてくれたとある屋敷。
 どうやらそこにバースがいるようで、同時にそこには女将が忌み嫌う存在がいるということだ。
 二人はいきなりの出来事に、何があったのか本当は詳しく女将から聞きたかった。しかし今はバースの救出を第一としたため、事情を聞くことなく街を駆けている。
 昼間はあんなに騒がしかった通りが、ひっそりとまるで息を殺すように静まり返っている。
「なぁロア、その女将さんが言ってたこと覚えてるよな。『アイツ』って奴」
「そのアイツが一体何者かは知らない。だが、こんな勝手なこと許せるわけがない。まぁ予想からしてあまりいい行いをしてきたというわけではなさそうだ」
 アルバートは背に掲げる大剣を抜き、右手で強く握る。今日、用意した武器で自分の手によく馴染んだ。
「……俺、何してんだろうな」
 ぼそりとアルバートは呟く。
 その呟きをロアは聞かない振りをしたまま、前方にそびえる大きな門を強く睨んだ。


「全くあの馬鹿にも困る限りだよな」
 一体、この屋敷を守る必要がどこにあるのだろうか。
「あれが帰ってこなければ、俺達もサボれたっていうのにさ」
 共に番をする男が呟く。彼らの主である男が帰ってきたのはつい先ほど。何やら見慣れぬ娘を抱えての帰宅だった。
「それにあの悪い癖も健在のようで」
 悪い癖にかかる意味は、主が連れてきた娘をさす。
「でも結構な美人さんだよな、少しは俺達もおこぼれに頂戴したいもんだ」
「冗談でもやめとけって。俺らまであの馬鹿の仲間に見られる。折角、街の人達は俺達を普通に見てくれるんだ」
「じゃあいっそのこと謀反でも起こすか?」
「……できたら苦労しねぇんだよ」
 今まで冗談交じりだった男の口調が、重々しくたった一言呟く。
「俺達はあいつに人質をとられてるようなもんだ。だから何もできねぇ、周りはあいつの横暴を見てみぬ振りして、一見普通の街に見えても本当はこんな有様だ」
「妖精が治める国とは言うけど、やっぱ他種族なんかアテにできない。どうせあいつらだって自分のことしか考えてなくて、俺たち人間のことなんかどうでもいいとか思ってるんだ」
 この大陸には妖精と人間が住んでいる。
 しかしこの二つの種族の中は今、落ちるところまできていた。というのも、人間側から見て妖精のしていることがよく理解できず、妖精は自分達を道具扱いしているのではないかという不信があがったのだ。
 妖精は滅多に人間の前に姿を現さず、実際に人間のほうが多く住んでいるだろう。だが治めるのが得体の知れない『妖精王』という妖精の長では信頼ができないというのだ。
 つい最近、人間達はついにこのままではいけないと立ち上がり、妖精の城を呼ばれる場所に戦いを挑んだ。
「あの城であったクーデターじゃ、王様の首は取れなかったんだろ?」
「らしいな、何か人間側が負けたらしいぜ。でも噂によると王の一人息子がそのクーデターで行方不明とか」
「もし俺達に見つかったら面倒だろうな。今は妖精に対して不信を抱くようになってるからよ、なんていってもその息子の顔知らないと意味ねぇけどな」
 はははと男は笑い、そのまま地面へと崩れていく。
「お、どう……」
 隣に立っていた男も同じように倒れる。
「……無用心っていうか何ていうか」
 闇からそっとアルバートが出てくる。男達の背後に回り、昏倒させたのは彼である。
「でもこの国がそんな事態になってるって聞いてないぞ。ロアは知ってたのか?」
「……私だってここにいて日が浅いからね、噂程度さ。それより急ごう、奥はすぐそこだ」
 屋敷の警護は恐ろしいくらい手薄であった。というのも、警護をする者達にその意思がなく、難なく二人は奥まで進むことができた。
 最初は慎重に廊下を歩いていたが、ここまでくるとその心配は必要なく、二人は駆け出すように最後の扉を力いっぱいにあけた。
「お前、何者だっ!」
 部屋にいた男が叫ぶ。年は五十代であろうか、体はガマ蛙と表現したほうが一番わかりやすいだろう。丸く肥えた体には油なのか汗なのか、雫が滴り落ち、その雫が下に組み敷く者の涙と混ざった。
「……嘘だ」
 アルバートは目の前の光景、全てを否定したかった。
 その部屋は恐ろしく簡素で、一対の布団と灯り以外には何もなかった。ただ彼が否定したかったのは部屋の簡素さではなく、中にいる人物であった。
「なんで、なんで……」
 男に乱されたのだろう。つい数時間前まではきちんと着ていた服がぐちゃぐちゃに乱れ、昔隠していた胸元が今では誰の目にも見えるように、月の光を浴びて映えていた。だがその者の目は死んだようにじっと天井を見ている。
 頬は涙に濡れたあとがあり、何度も暴れたのか男の腕には引っ掛かれた跡まで残っている。
「儂の邪魔をするのは許せぬ輩だな」
 男が半身を起こし、にやりと歪んだ笑みを浮かべたとき、アルバートの拳が男の眉間に入り、男は簡単に部屋の端まで吹っ飛んでいた。
「お前、死にたいんだよな」
 アルバートの声は無機質で、冷たい眼差しを男に向けている。
「……アルバート、君はバースを連れて逃げろ。ここは私が対処する」
「何言ってんだよ。バースがこんな目にあったっていうのにコレをそのままにしろっていうのかよ」
「バースを想うなら尚更だ。彼女をいつまでもこんな可哀相な姿のままにできない」
「俺が我慢できないんだ!」
 アルバートはロアに対峙し、ロアは表情ひとつ変えずアルバートを見つめる。
「ならお前は好きにアレでも切り刻めばいい。だがその姿を彼女に見せる気か? 彼女の心は脆くなっている、そのでもお前があれを怒りに任せて潰すところを見せたいというなら……」
「悪かった……熱くなりすぎた」
 アルバートはバースの元へ駆け寄り、服を正すと彼女を優しく抱える。彼女は二人が来たというのに反応一つせず、起こりかけた過ちへの恐怖で意識を誰かに向けるということができなくなっていた。
「じゃあまた後でな」
 男はアルバートに殴られたダメージが大きいせいか、アルバート達が去った後でも痛みで床を転がっている。
「わ、儂の……たの、し」
「楽しみか、随分なことだな。これでは神もさぞかしお嘆きになっていることでしょうね」
 皮肉もいいところだとロアは心の中で苦笑しつつ、双剣を構える。
「……貴様、十字架を背負ってるくせに人殺しか?」
「残念だったね、私の背負っている十字架はそんな綺麗なものじゃないんだ。それに殺しはしない、ただもうこんなことできないようにするだけだ」
 ロアはにこりと微笑む。だがその笑みは作られたものであり、彼は躊躇うことなく男の体に剣を降ろした。


 扉がゆっくりと開かれ、帰ってきたのかとアルバートは訪問者を迎えた。

「灯り、つけないのかい?」
「そんな気になれなくてよ」
 闇夜でよく見えないが、アルバートの腕にはあの男と同じように引っ掛かれた跡が残っていた。
「バースはどうしている?」
「今、落ち着いたところだ。……俺、信じらんねぇよ。目、覚ました瞬間、俺のことわかってなくて、ずっと怖がって逃げようとするんだぜ!」
 若干、涙ぐむ声でアルバートは腕の傷に強く触れる。
「ずっと『助けて、来るな』って叫び続けてさ! 何度、俺だからもう大丈夫だって言っても、全然わかってくれなくて……。今は疲れて寝てるけど、もし目を覚まして同じように拒んだら……! 俺がもしここを修行場所に選ばなかったら! もし俺があの時、ロアだけじゃなくて三人で行こうって提案してたら!」
 バースの姿はアルバートにも強い衝撃を与え、今にも壊れそうに見えた。
 ロアはこの中で一番、冷静を装っていたが、彼の内面もアルバート同様に荒れていた。彼もやはり同じように、三人で散策に出るべきだったと後悔していた。ロアにもバースを大事に思う気持ちはあり、自分の不甲斐なさが許せないと拳を握り締める。
 一体、何を彼女がここまでにさせたのか、それがやけに引っ掛かっている。確かに彼女が体験したことは未遂とはいえ、恐ろしい出来事だったに違いない。
 女とは理不尽なものだ。
 一部の身勝手な男の慰み者となってしまうのだから。
 ロアは前にバースと二人で旅をしてきたことがある、その時から彼女は『彼』としていた。その理由を聞くことなく、ロアは別れ、再びジョニー達を交えて出会った。
「……今、考えることじゃないな。……アルバート、君も休んだほうがいい。酷く顔色が悪いよ」
「いや、起きてる。何か眠れる気分じゃないんだ」
「アルバート、もしバースがさっきの記憶を無くしたまま、つまりこの大陸に来た時の彼女に戻ったらどうする?」
「意味がわからねぇよ」
 ロアは窓から月を眺めており、背を見るアルバートにはロアの表情は読めない。
「もし私の手に記憶を操作するものがあるとして、それを私が使おうと判断したら君は……」
 ゆっくり振りむき、
「反対するかい?」
「そ、そんな都合のいいもんがあるか……」
 彼の様子に思わず戸惑い、アルバートは視線を逸らす。だがロアはそのアルバートの答えにゆっくりと首を振ると、懐から小さな香を取り出す。
「名はそのまま忘却香と言って、この香を嗅いだものはつい最近起こった出来事への記憶を無くす。つまり、今の私達には一番都合のいい道具なんだ」
「ロア……何でそんなもん持ってるんだよ……。そりゃ、嬉しいけどさ、都合よ過ぎだろ。お前、この大陸で何してんだ?」
「都合がいいのは私も同感だ。でもこれはただの偶然。これは今回の仕事の際、もしもの時として貰ったものさ。……まさかこんな場所で使うとはね」
 手に香を乗せると、アルバートの前にそっと出す。
「どうする? これを使うのかい?」
 つまり覚悟を決める気はあるのかと、問いかけられていた。いくら彼女のためとはいえ、記憶を消す行為には多少の躊躇いがあった。
 このロアの提案はその消す覚悟を問いかけるものと、互いに言えぬ秘密を持つ共犯者になるかという問いかけもあった。
「……俺は、バースが笑ってる姿が好きだ。本当は、そんなもんで左右しちゃいけねぇんだと思う。でも今のバースにはこれが一番だっていうなら俺は使うぜ」
「わかったよ、アルバート。なら互いに今夜のことは守り抜こう。いつか彼女が自分自身で解決できる日を信じて、それまでは二人で」


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