ただ彼女はひたむきに前に進んでいるように見えた。
 しかしその頑張りが自分に取っては、悲しさを紛らわすようにしか見えなかった。


 翌日、ロア達は旅たちを迎えたのだが彼の心にはあることが気になっていた。
 それは昨夜のシャロンとのことである。
 自分と似た人間がいたことですら驚きであったが、それだけでなくその似た人間は娘を守って死んだという。
 彼はよっぽど彼女や、妻を愛していたのだろう。
 仮に自分も、同じことがあったらとしたら身を挺して守ったはずだ。
 だが彼女の姿を見て、思ったのは『悲しい』である。
 何といえない感情に襲われた。
 可哀相という言葉で片付けるにはシャロンに対して失礼である。だが他にいい言葉が思いつかないのだ。
 これは一体、何だというのだろうか。
 シャロンの頑張りは、誰が見ても認めざるを得ない。
 しかしその頑張りに対し、何か報われたことがあったのだろうか。彼女は外の世界へ行ってみたいと言っていた。
 ロアが思ったのはこのまま、彼女は一人で頑張り続けたらどうなるのかということであった。
「あの……少し、送って行ってもいいですか?」
 それは控えめに言った言葉。
「ん? 俺達は全然平気だけど、でもいいのか?」
「はい、いいんです。ちゃんと最後までお見送りがしたくて……」
 誰もシャロンの言うことを咎める者はいなかった。ロア達はお世話になったことを述べ、シャロンの案内の元、家を出て行く。
「確か、ずっと勉強をしていたと聞くが」
「えぇ。少しでも上達すればいいなと思っているんですけど、全然。書物を読んでも難しい字が多いんです」
「うへぇ、シャロンってすげぇ勉強家なのな!」
「……トラにはできないね」
「ちょ! 随分、言ってくれるじゃーん! でも否定はしねぇ」
「学校に通うとかは思わなかったのか?」
「実家だと学校に通えないぐらい遠くて……だから家のお手伝いもできないから」
「でも勉強をしたいんだよね?」
 周りがただ、彼女の真面目さに対し驚きを隠せない中、ロアだけが言葉を続ける。それは彼女の真面目さに関心を示したという様子ではなく、気になることがあり問いを投げかけたというところだろう。
「本音を言うなら……でも私は勉強のほかにももっと母さん達のために家事も頑張らないと……! まだまだやることが多いんですよ」
「でも君は言ったね、世界がみたいのだと。私は……」
 それはロアが一晩考えて思ったことであった。
「シャロン、君がよければなのだが……私達と共に行く気はないかい?」
「おい、ロア! いきなり何言ってるんだよ」
 アルバートが声を張り上げるように、隣にいたトラ達も同じような顔でロアを見ている。いきなり彼が言い出した提案の真意を探ることはできない。
「どうしてですか……ロアさん」
「言っていただろう、外の世界へ行きたいと。君はいつまで……」
 ロアは一拍、置く。彼が感じていたことは恐らく間違いではない、しかしそれを口にするにはこの目の前にいる女の子には酷かもしれない。
 しかしこのままではきっと彼女は後悔してしまう。
 それだけがロアの中にあった。
「シャロン……自分をもう責めなくていいんだよ」
 しゃがみこみ、シャロンの目線にあわせる。ゆっくり彼女の手を取り、ロアは優しい口調で静かに述べた。
「頑張りは見ていてよくわかる。でもそれは、自分に責任を強く感じているからだね? 本当に楽しんで勉強をすすんでやっているかい?」
「……そんなこと……」
「私はただ似ているだけの男だから、推測でしか言えない。でももし私に娘がいたとして、娘の幸せを願うなら……」
 ロアは思いを馳せてみた。もし自分ならどうするのかと思ったとき、不思議と一つの答えしか行き着かなかった。
「いつまでも笑っていて欲しい、自分が死んだことをいつまでも重みにはなっていたくない。彼は……すすんで守れて幸せだと思う、大事な娘を思えば、父親として本望だと」
 シャロンの肩が小さく震えている。
 何も言わずに静かに胸元に引き寄せると小さく嗚咽がもれ、背中を撫でながら、
「だから一緒に行こう、シャロン。君の道は君だけのものだ」


 変わった、人も街も思いも。
 バースは一人そんなことをぼんやりと思っていた。
 アルバート、彼は昔に比べたら人の痛みを知ることができる青年へと成長していた。彼が盲目的にソフィーを愛していたこと、それから自分を愛してくれたこと。最後に自分の背を押してくれた仲間。
 トラ、彼に関してはまだ謎な部分が大きすぎる。第一印象としては、最悪だと言っていい。あの軽さはどこからくるのか、一度くらい本気で叩きのめしたいと思っていても、いい具合に逃げられる。だが、普段はちゃらんぽらんな彼に抱くのは、彼そのものの謎。
 戦いのときにいつも思うのは、なぜ全ての属性を使えるかということであった。自分は火であり、火と同時に違う属性を扱うことはできない。それが遥か昔に皆を恐怖させた魔王であっても。いや、記憶の中で全属性を使えたのは完全体の魔王か神くらいだろう。
 だからトラにたいして、注意深く見ているが、あの軽さでそれが薄れていく
 そもそも記憶がないというのも不思議な話である。まだトラが記憶を取り戻す様子はなく、彼自身、記憶のことなどどうでもいいように見える。
 シャロン、彼女はつい最近一緒に旅をすることになった女の子である。彼女は父親が自分を庇って死んだことに対し、負い目があり自分は自立しなければならないという観念に囚われていたように見えた。それを救ったのは父親と同じ顔をしたロアである。彼はシャロンの中にあるものを見抜いたのだろう。あの時、優しく抱き締めたときの彼の顔は魔王という存在を忘れてしまうほど人間らしく、父性に溢れていた。
 ロア、彼もアルバートと同様に大きく変わったのかもしれない。そもそも自分が全く彼の思いに気付くことができなかったということもあるが、ロアは長い間ずっと苦労し続けていた。
 それに自分は気付けずに、彼が抱く愛情を友情と勘違いし、今まで生活してきた。
 しかし随分とロアは人間に近づいているような気がした。以前のシャロンの時、思ったことだがときおり彼が見せる表情の柔らかさに驚くときがある。
 そう思うと、まだ自分はさほど変わっていないのだろうか。
「お、ラッキーチャンス」
 背後からトラの手が伸びかけ、
「いてぇっ!」
「バースに手を出さないように」
「うわぁぁ、ロアが本気で手はたいたっ!」
「バース、大丈夫かい?」
 隣で微笑むロア。
「あ……うん。ありがとう……」
「何か考えていたけど、何か気になることでもあったのかな?」
「……そんな大したことじゃないよ、だから気にしないで」
 ただ『変化』について黙々と考えていたという気にはならなかった。
「でも疲れたなら言うんだよ? 街まではあと少しだからね」
 ロアは再び先頭を歩く。彼の隣にはシャロンが立っており、彼女を連れて行くと決めた以上、ロアは献身的にシャロンの面倒を見ていた。まるで父親と娘のような位置合いで、シャロンは父親のようにロアを慕っている。
 聞けば、昨日も難しい本を読んでもらったらしくシャロンの読書量は増えていっている。
 嫉妬深いバースも流石にシャロン相手に妬く気はないようで、この二人を微笑ましく見ている。
「ちぇー、せっかく触れると思ったのによぉ」
「トラ、今までみたいに楽に済むとは思えないけど……オレだって、捕まえたらぶっ飛ばすよ?」
「とか言いながら、一度も捕まえられなかったくせにー」
「だから今度は! って言ってるだろ! こんなときに限って本当にすばしっこいんだからさ……」
 トラを横目に見ていたバースも、正面を向く。彼女の背にはアルバート、シャロン、ロアの背が目に入る。
「でもシャロンのお母さんが許してくれてよかったよなぁ」
「本当に……だから凄くロアさん達には感謝しているんです」
「俺のことは気立てのいい兄貴だと思ってくれよなっ!」
「はい、アルバートさん」
「自分で気立てがいいって……」
「いいだろー、それくらい言ってもさっ!」
 二人の会話を見て、シャロンは思わず笑ってしまう。まだ日の浅い自分に対し、少しでも馴染めるようにしているが嬉しく思えた。
「ん、シャロン。こっち来い」
 アルバートに手を引かれ、彼の元へ引き寄せられる。何故と問う前にアルバート達を含む、四人は武器を手にしている。
「え、え……? 敵」
「離れるなよ、シャロン。俺達がいればまったく怖くないからな」
 怖がっていることを見透かすように、アルバートが笑顔を浮かべながら言い切る。
 これが旅慣れしている者との差なのだと、シャロンは感じざるにはいられなかった。

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