まだ完治していないロアの体を気遣って、歩く速度を落としながら進んでいく。先頭はトラが行き、普段の彼ならおふざけの一つなり、バースを茶化しながら歩くのだが、今の彼はそれを一切することなく黙々と歩いている。
 トラは何かを思い出したのではないのだろうか。
 そうロアはそのトラの背を見ながら、考えていた。戦闘でうやむやになった答えはいまだに言っていない。
 自分の目的を言うことはある意味、危険であった。
自分の役目はトラを守ること。
 魔物の多さからいっても、妖精城あたりはまだ危険だと言ってもいいだろう。しかも自分が負傷をし、いざという時にトラを守る盾になることができない。
 彼が言葉を濁すには、トラの反応を恐れていたというのが一番であった。記憶が戻ることには何も言うことはない、しかし話によると彼と父親で妖精王は喧嘩がたえないと聞く。
 大人しく、父親の元へ行ってくれるとは思えなかった。
 しかしその彼が自ら、城に近いエルフの村へ行くと提案したとき、ロアはこの機会はもうないのではないかと思っていた。
「……なぁトラ、ホントにこんなところにあるのかよ」
 後に続くアルバートがトラの背に投げかける。
「エルフは人との交流とか全然しねぇーもん。結界をはって、見えないようにしてるんだって」
 何でそんなことを知ってるんだかと、トラは自傷気味に笑う。彼の記憶がそう告げていた、エルフとはそういう種族であり人間との交流を望まないと。
 なら何故、自分はそんなことを知っていて、エルフと交流を持とうと思っているのか。
 トラは腕を伸ばし、指先で小さく空気を切る。彼の中にある記憶が確かならこのへんである。
 指にぱちりと痛みが伝わり、自分の中の記憶は思いのほか正確であることを知った。
「えっ……あれ、木々が……」
 目の前に見えていた木々が水のように波立ち、見えていた木々が消えたかわりに前方には見慣れぬ門が構えていた。
「オレって超すげぇ。……そんでもってよーやくおでましってか」
 トラが見据える先には若草色の髪をした男が立っている。彼の瞳は閉じられたままなのだが、トラ達の気配には気付いているようであった。既にこうなることを見通したかのように門の前に立っており、心なしかその表情は苦痛で歪んでいる。
「ここはお引取りを。この地はエルフの土地、人が入ることは決して許されない」
「いーじゃんかよ、こっちは怪我人連れてるんだぜ! そんな小さいこと言わずにさ」
「……無茶なことを。貴方様だけならまだしも、他の者は入れることは村の禁忌」
「だぁぁー! そんなみみっちいルールに縛られてどーするんだっていうの!」
「トラ……お前、その人と知り合いなのかよ」
 思わずアルバートが口にする。二人の掛け合いを見る限り、特にトラのほうが知っている人を相手にするような口調である。しかしトラはアルバートの問いに対し、ただ何となく知っているような気がすると答えただけでしっかりと思い出している様子ではない。
「とにかく入れてくれ」
「できません。貴方様ならまだ許されますが……」
 貴方様と、バースは不思議そうに首を傾げる。もちろんアルバート達もそうなのだが、ロアだけはこのエルフと思われる男の発言を静かに聞いている。
「なんか話がややこしくなってきたなぁ……やっぱオレって、ココとなんか関係あるみたいなんだな」
 逆に首を傾げたのはエルフの男であった。先ほど、自分とトラの会話が妙に噛合ってないと感じており、台詞の節々がどこかおかしい。
 何度も話しているはずなのに、まるで顔だけは初めてみたような――
「……彼は自分の記憶を無くしています。だから、貴方が彼に対して違和感を覚えるのは当然かと」
 エルフの疑問に答えたのはロアであった。
「まさか……いや、この様子から見たらそう考えるのが妥当」
「あのさ」
 トラがロアと男の間に入る。彼の非常には疲れと苛立ちが見えており、いつまでもこのままでいくわけにはいかないという自覚はあるらしい。
「お前ら一体、何隠してるわけ? いいから全部吐けっていうの。このままじゃ埒、あかねぇんだよ。とりあえずオレのダチを休ませろ、いいな?」


 終始、エルフの男は不服そうな表情を浮かべていた。
 というのも、今まで破られることのなかった規律がトラの一声で破ることになってしまったからである。彼を含め、他のエルフ達もアルバート達が村に入ることを快く思っていなかった。
 しかしトラの顔を見るや否や、一歩後ずさり、彼がそう言ったとなれば内心はよく思っていなくとも、彼の命令に対しそむくことができなかった。
 実際、トラの地位はエルフを黙らせるほどの力を持っていた。
「で、アンタは一体何者? 見るからに偉そうな奴だけど、その見た目通り偉い人でいいわけ?」
「私は、この村を治める長。ゆえに貴方様がおっしゃる意味で考えるなら違いありません」
「それでロアはオレ達に何隠してたのさ」
 ロアの隣に座るバースは口調を荒げることはしなかったものの、彼女の言い方には間違いなく棘が含まれている。
「まず私の仕事を話す前に、今この大陸がどのような状況に陥っているかを説明する必要がある」
 それが一体、仕事に何の関係があるのだと言いそうになったが、それより前にロアが次の言葉を紡いでいた。
「現在、大陸内で妖精王と人間との争いが起こっている。今まで妖精族の長である妖精王がこの大陸を自由に支配しているという人間側の不満が爆発したんだ」
「それって本当の話なのかよ? もしそうなら相当、酷い奴じゃねぇかよ」
「妖精王はそのようなお方ではない、人間は大きな勘違いをしている。妖精王ほど、この大陸を大事に想う方はいらっしゃらない」
「私も彼と同意見だ。しかし妖精王の思いは人間側には届かず、人間側は数ヶ月にも渡って、攻撃を仕掛けている」
「今までこの大陸を旅してたけど、そんな様子なんて」
「妖精とエルフは、私達と交流を持とうとしないんです。私もこの大陸にずっと住んでいますけど、実際にエルフに会ったことも初めてで、本の中でしか見たことがないんです」
 シャロンの口調は落ち着いてはいたが、実際に生まれて初めてエルフを見て驚いているのだろう。彼女の口調の端々が微かに震えている。
「でもそれだけじゃあ全く説明になってないぜ。結局、ロアの仕事って何なんだ」
「ちゃんと説明するからそう急かさないでくれ。私の仕事……詳しくは機密に関わるから言えないが、私の任務は妖精王の息子であるトラディアス王子を守り、妖精王のもとへ届けること」
 ゆっくり視線をトラに合わせる。まさかと、トラは小さく唇を動かしていたが、
「……我らエルフは妖精王の補佐を主とする。つまりトラディアス様とは幼少の頃から仕えている」
 トラはふと軽い眩暈を覚える。自分が人でないということだけでも彼を揺さぶるには大きく、その上自分は妖精王の息子だという。
 誰かが、その存在を否定することを待っていた。しかしロアもエルフも、貴方は正真正銘の王子だと言い切られたとき、トラの意識はゆっくり暗転した。


 その暗転から気付いたのは数時間たった後だ。ベッドから起き上がると、隣にロアが座っており、どうやら彼の目が覚めるのを待っていたらしい。
「どうだい、気分は」
「……すげぇ微妙。でも全部思い出した」
 ロアから手渡された水を取ると、それを一気に飲み干す。胃の中に何も入れてなかったのか、冷たい水の感触が伝わってくる。
「アルさん達、驚いてただろ。オレが天下の王子様だって」
「あぁ、君の正体のときもそうだが、倒れたときも驚いていたよ」
 ロアは数時間前のことを思い出すように話し出す。トラが倒れたとき、どうしたらいいのか慌てる彼らを見ながら、ロアは冷静になろうと頭を稼動させていた。記憶を思い出す瞬間を何度か想定して、旅をしていたせいか不思議と彼は落ち着いていた。恐らく、目を覚ましたとき、彼は全てを思い出す。そう思ったのは丁度、その時だ。
 それからアルバート達の様々な問いかけにロアは答え続けた。もちろん、自分の知る範囲内での回答しかできなかったが、それでも三人の疑問を解決させるには十分だったらしい。
「まぁ一番驚いたのはオレなんだけどなぁ。それで、ロアは親父に頼まれてオレを守りに来たのかよ」
「私は縁で教会に勤めるものだから、そんな重大なことを直々に言われる筈がない」
「でもそんな別大陸の教会が、何で人の大陸のことに口出すんだよ」
「……困っている人を助ける、これが教会の理念だよ。話を戻して、君を助けるという話までいきついた。しかし、危険が多すぎる。それこそ旅慣れをしている者、腕に自信のある者ではいけなかった」
「そんでロアに白羽の矢が刺さった……と」
 教会側の判断は正しいとトラは思った。短い間、共に旅をしてきたが、彼……彼らの強さは並大抵なものではない。完全に旅慣れをしている、むしろ戦うということ自体、慣れているといってもいい。
 そんな人間が何故、教会に所属しているのか非常に謎であったが、きっと聞いてみたところで先ほどのように笑顔でかわすのが目に見えている。
 ふとロアが一度立ち上がり、椅子に座りなおすかと思えば床に膝をつけ、トラに対し敬いを表す姿を取った。
「改めて申し上げます、トラディアス王子。我々の役目は貴方様をお守りし、無事に妖精王のもとへお連れすること。今まで任務を全うできたと言われれば、自信はありませんがしかしこれ以上王子に傷一つつけるつもりはございません。必ずこの命に代えましても貴方様をお守りいたします」
 王子を前に忠誠を誓う、騎士のようだと思った。今まで仲間として、パーティー内の兄としての位置にいたはずが、一気に距離が遠くなっていく。二人の間には越えられぬ溝があり、その溝をトラはひしひしと感じ取っていた。
 ――気持ち悪い。
「ロアにとってオレって何よ? 旅の期間は短いけどずっとアルさん達と一緒にいたじゃん。それをいきなり貴方様とか言われても困るんだっつーの」
「……そう言うのと思っていたよ」
 下を見るとロアは小さく笑っていて、この男の性格の悪さをトラは呪った。
「お前、ひどくねぇ!?」
「一応、仕事もあるから形式の一つくらいしておかないと、後が悪くてね」
「だぁー、ホンキで言って損した!」
「……でもアルバート達も何一つ変わっていないよ。君のこと、明かしたとき至って普通だった。トラはトラだとね。もちろん私だってそうだ」
「そっかぁ……」
 トラが思わず嬉しそうに呟いた瞬間を見てしまったが、見なかったことにしておく。もし見られたと思ったら、変に拗ねるからだ。
「考えてみたらオレ、親父のこと苦手だったんだよなぁ」
 トラの中にいる妖精王の存在というものは非常に大きいもので、トラはいつも父親の背を見ているような気がした。
「めんどくせぇんだぜ、王子ってもんはさ。オレ、多分記憶無くしたのって城だったと思うんだ、攻撃を受けててそれに巻き込まれてそのまま……。現状からして親父はピンピンしてるみたいだし」
「あくまでも私の役目は君を守ることだよ」
「ちぇっ、優しくねぇ奴」
「自分のことは自分で決めなさい。ましてや家族間に他人は入れこめないよ」
「家族って……ホント言ってくれらぁ」
「まだ夜が明けるには早すぎる、だからゆっくり考えるといいよ。私もこうして休ませてもらえる時間ができたわけだから」
「そーだよ、お前は休め! バースに泣かれても知らないぞ」
 既に泣かれたよと、小さく呟くロアの台詞をトラは聞き逃さなかった。

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