「トラっ!」
 アルバートの声が城内に響き渡る。四人の前でトラは数本の矢の前に倒れる。

「し、心配すんなって……」
 今にも斬りかかりそうなアルバートを止めたのは打たれた張本人。
「これくらい……大した傷じゃ、ないし」
 ゆっくり起き上がり、ニカッと笑う。体に刺さった矢が痛々しく、額には脂汗を浮かべていたが、彼は決して笑みは崩さなかった。
「これってオレ達の、相互理解ができてなかった結果だろ? そう思うと一本くらい受けなきゃなって」
 トラさんと、シャロンが口を開く。
「私達にとって妖精王は、誰にも語られることのない存在でした。あの方のように反発する人は少なくない……そう思います」
 皆がシャロンに視線を向ける。特にクーデターを起こした人間達は彼女の一つ一つを注目し、同じ思想を持っているのかと品定めしているように見えた。
「でもトラさんと一緒にいて、今彼が言うことは誠意がこもっていると思います。彼が私達に歩みを見せるなら、私達、人間だって歩みを……」
「この小娘が!」
 トラに矢を射かけた男が憎しみを込めて叫ぶ。彼の中には話し合うという選択肢は消えていて、自分の意思にあわない者はすべて敵であった。だからシャロンや、つい数分前まで味方であったヴァレラも彼の中では邪魔な存在と化した。
 その彼に従う一部の者が周りに攻撃を仕掛けてくる。矢や剣の雨が降り、シャロンに向けられた攻撃をロアが打ち払う。
「あ、ありがとうございます……」
「シャロンに危害を加えるようなら、ただではおかないよ」
 彼女を旅に連れ出した責任だけでなく、不思議と自分に娘のようにシャロンが見えた。
「もしやりあうなら本気でいくけど?」
 人間相手に遅れを取るバース達ではない。手加減無用と言われれば、この戦いはいとも簡単に終わりを迎えるだろう。
「やりあったら意味がねぇんだよ!」
 矢を抜ききったトラがバースを諭す。彼の衣服には所々、血が滲み、黒く変色していた。
「ここはオレが……妖精が頑張りを見せねぇと。そりゃアルさん達の気持ちは嬉しい。でもこれはけじめなんだよ」
 アルテミスを構え直す。この弓を見たのは彼がまだ子供の頃だった。父親が弓を構え、矢を放った瞬間に見せた光の煌きをトラはよく覚えていた。
 父親が偉大と純粋に思えたのは丁度、その頃であった。それから年を重ねるにつれ、彼は自分に課せられた妖精王の息子という肩書きをよく思わなくなった。自然と父親との会話も減り、何かに逆らうように毎日、遊びほうけていた。
 だからこそ彼は今までアルテミスの存在を忘れかけていた。
――何で忘れちまったんだか……
 矢を天井に向けて放つ。矢から零れる光を、トラを始め、ヴァレラ達も眺めていた。
 皆が攻撃に移ることなく、ただ光を眺めている。その光から何を察したのか、それは人それぞれであり、トラは知る術を持たない。
 だが光を見ている間、彼は昔に置いてきた父親への気持ちを思い出していていた。
「綺麗な……光」
 降り注ぐ光に誰が呟いた。
 武器が静かに床に落ちる中、その様子を隠れた場所から妖精王が守るように見つめていた。


 謁見の間はなんともいえない雰囲気に包まれている。皆が押し黙るように妖精王を見、トラはこの居心地の悪さに逃げたくなってきていた。どうもこの空気だけは好きになれないと、内心思いながらも何を言い出せばいいのかという案もない。
 今彼の身に包んでいるのは旅衣装ではなく、王子としての正装であった。いつまでも血のついた旅衣装に身を包むわけにもいかず、トラは争いが静まるや否や奥へ連れ込まれ、すっかり何事もなかったかのように王子姿として彼らの前に姿を現した。
 アルバートに至っては、最初の目標として強いと思われる妖精王に手合わせと考えていたが、この状況ではとてもではないが言い出せる雰囲気でもなく、彼も戦いたいという意思がなくなっていた。 
「そのいでたちから察するに、教会の者で間違いはないな」
 この沈黙を破ったのは妖精王であった。思えば妖精王が助けを求めたのは教会である。
「願いを叶えてくれたことを感謝する」
「いえ、私など微力に過ぎません。むしろ私のような若輩者にはこの任務こそ至極、ですから礼など……」
「そうはいかぬ。いかなることがあっても、礼は尽くす。そうでないと自分が許せぬのだ」
 いくらロアが言っても妖精王の意思はかわりそうにはなかった。
――妖精王……義に重んずる人となりか。だがその瞳……
 彼の瞳はロアだけでなくアルバートやバースを見透かすかのように、じっと見つめていた。ただの人ではないと感じ取っているのだろうか。
「……何か」
 一体何を感じ取っているのかという含みをこめてロアは問いかけてみる。このロアの発言で妖精王はロア達がただの『人間』ではないと確証を得たらしい。
「いや……大したことではない」
 嘘だ。
 一体、妖精王がどこまで自分達の正体を見抜いたかまではわからないが、それでも大したことがないわけがない。 
「これを」
「勾玉……ですか」
「いかにも。今回、息子を助けてくれた礼だ……」
「…………手放さぬように」
 妖精王は一息つき、ただその一言だけ述べた。それも時間をかけてゆっくりと。
「妖精王、この度はこの件に対し報告書を作らねばならぬため、後で再びお伺いすることになりますが、よろしいでしょうか?」
「ローアっ! その他人みたいな言い方止めろってば」
「トラ……少しは公私を分けさせて欲しいんだが。今、私は『教会の者』として妖精王に謁見しているんだ。『君の友達』ではなく」
「めんどくせーの。オレだったら間違いなくそんなのは気にしない、断言してもいい」
 なっ、アルさん? と、トラから話をふられアルバートも同じようにおうと断言する。この二人は元来から性格が似ている部分が多く、あまり他人行儀な付き合い方は好まないようだ。
「ならば、今日はこの城で休んでいくといい。流石に疲れたであろう」
「よっしゃ! じゃあオレがこの城のこと案内してやるよ。色んなとこあるんだぜー、風呂覗きにもばっちり……」
「トラ! お前、自分の家でもそんな馬鹿なことしてるわけ? お前、ホント最低……」
「あっれー、バース。何怒ってるんだよ」
 思い出したようにトラがニヤニヤとやらしい笑みを浮かべる。
「貰ったぁっ!!」
 むにゅ。
「……はぁ、やっぱり胸はこうもっと大きいほうがいいっていうかさ……まぁこれもこれで需要があるというか」
「た、倒すっ!」
 悲鳴の変わりに飛んできたのはバースの回し蹴り。バースはすっかり懸念していた、まさか父親の前で堂々と胸に手を出すとは思ってみなかったのだ。
「こいつ……どうしてそんな服装のクセにすばしっこいんだよ……!」
「甘いなぁ、オレがこういう時は強いってことをわかってくんないとな」
 バースは苛立ちで我を忘れ、いい具合にトラに翻弄されている。
「シャロン、このことは綺麗さっぱり忘れろよ」
「え、えっと……その……」
 シャロンはトラの行動にどう反応を示していいのかわからずに、おろおろとするばかりだ。アルバートが声をかけなければ、ずっとおろおろしていただろう。
「今日という今日こそは絶対に簀巻きにする!」
「無理じゃねーの? オレのこと、一度も捕まえたことないもんな。アルさん、見てみてー」
 余裕でアルバートに手を振るが、アルバートは笑顔を浮かべたまま、
『トラ、頑張れ』と、口を動かしている。
「え? アルさん、何言ってるのかよくわかんね?」
「……頑張れ、トラっ!」
 トラにはまだアルバートが何故、『頑張れ』というのか理解できなかった。しかしその後、すぐに背後から訪れた腕にトラは固まってしまう。
 首を撫でられはしなかったが、不思議と首筋に冷気を感じる。
「あ、あれ……なんか体が動かない……」
「……トラ、悪戯が過ぎるのはよくないね」
 後ろに立っているせいで、顔は見えないが恐らく彼は笑顔を浮かべているだろう。
 氷の微笑とは今の彼にぴったりだろう。
「さっきは公私を分けるって言ったじゃん!」
「今は『私』だよ、トラ」
「うわっ! 超ずるい!」
「ロア、やっちゃえ! 今すぐ、やっちゃえ!」
 謁見の間で何を叫んでいるのかと、相変わらずな息子の行動に妖精王はこめかみを押さえながら、静かに溜息をついた。

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