強さというとやや間違いがあるが、旅に出たのは嘘ではない。
 一方幼女はジョニーの『強さ』という言葉に反応し、さらに問う。
「ほう、強さか……。ではその強さとは何だ?」
 本来なら強さ云々ではなく、女になる為の努力や資金集めというようなものであり特別誰よりも強くなりたいという願望はなかった。
 あえて強くなりたいのであればそれは演技力ぐらいである。
 むしろ腕力などついたりしたら、女らしくなくなるではないかとジョニーは心の中で言う。
「誰よりも強くなりたい……じゃ駄目かい? ボクは誰よりも強くなりたいんだ、すべてにおいてね」
 ジョニーの言葉に幼女は、彼を逃がさぬように殺気を出し続けながらも頭の中ではこの言葉の真意を探っていた。
 この言葉を信じるべきか否かと。
 はっきり言うなら幼女にとってジョニーは、弱い存在であり真実を言えば別に生きていようがいなかろうが関係なかった。しかし、今は警備する役職としての立場がある。それ故に止めたのだが、もし役職などなければ無視をしていたに違いない。そうはっきりそう言えるほど、幼女にとってジョニーは道に落ちている小石と大差がなかった。
「なら一体、何と戦う? 強さを求めるのであればお主は敵と戦うのであろう?」
「た、戦うって……。えっとそりゃ、強い奴に決まってる。強くなるなら強い奴と戦う。当たり前の話じゃないか」
 嫌だ、嫌だ、誰がそんな危ない橋なんか渡るかと内心そう思っていても、言えるはずのないジョニーは嘘をつき続ける。まるで自分は物語に出てくる主人公のようだとため息をつく。
 物語の主人公は必ずと言っていいほど、誰かと戦い勝利してきた。
 そして最後は必ず幸せになるというストーリーである。
 本当にバカじゃないかと思う。そんな熱心に戦ってどうするというのか?お金がもらえるわけではないし、もしかしたら死ぬかもしれない。
 嘘とはいえ、物語の主人公がいいそうなお決まりのフレーズにジョニーは嫌気がさした。
 暑苦しい嘘をつき続けているせいか、ここから脱出する具体的な方法がまったく浮かばず、この嘘をどこまで真実味を帯びさせるかという作業のほうに熱中するはめとなる。
「もうボクは何であろうがばっさばっさと倒してやるさ。何かいたはずだよね? 魔王だっけ? あれが強いんでしょ?……この際、ドラゴンだろうが神だろうが何でもいいけどさ……」
「面白い事を言う……魔王を倒すか。お主は本当に魔王を倒すというのか?」
「あー、もう魔王でも神でも全部同じだよ! まとめてやるまでさ!」
 恐怖と錯乱のあまり、自分自身何を言っているのか解らなくなってきたジョニーは、高らかに宣言するはめになってしまった。
 よくも魔王や神と言えたものだ。ジョニーにとって魔王とは本の世界の国の悪者で、実際に神と魔王が戦ったという歴史は知っていても『だからどうした』の一言ですますような存在でしかない。魔王が女になるために役にたつというのであれば別であったが、少なくとも魔王と女が結びつくことはない。
 実際に会ったこともない存在にどう印象を抱けばいいのだと逆にジョニーは問いかける。ただの人間が得体の知れない魔王なんか倒せるはずがない。
 魔王を倒すなどという英雄の幻想を見るよりも、今をどう生きるかが大事だろうと大きな声で言ってやりたい。
「その言葉偽りはないな?」
「ないって。もう決めた、ボクは魔王を倒す! これでどうだい?」
 無理に決まってる。武器も持たずに、居場所の知れない魔王の城に飛び込むなど愚か過ぎる。
 幼女はじっとジョニーの目を見つめ、何か思いついたような顔をした後
「……よかろう。その意思は揺るがないようだな。なら今ここでお主を殺すことはしない」
 刺すような殺気が消され、ジョニーは心から安堵したため息をついた。これで命の安全は保障されジョニーはひと仕事を終えたと、達成感を得ていた。
 まだ細かい事を理解するほどの余裕はまだないのだが、とにかく今現在解ることは自分はこの幼女によって殺されるという運命が回避されたことだ。
 しかし、まだ問題は完全解決をしたわけではく
「では行くぞ」
「……はい?」
「どうした? 魔王を倒すのではないのか? なら行くぞとわらわは言ったのだ」
「行くぞ……? ちょっと待ってもらってもいいかなぁー。もしかして、もしかすると君も一緒に行くとか言うんじゃないだろうね!?」
「もしかしてではなく共に行くと言ってる」
 一難さってまた一難。
 これではこの幼女に殺されるのとまったく変わりがない。魔王を倒すというのは嘘であり、真実ではない。だというのにこの幼女はついていくなど言いはじめている。
 このままでは逃げ出せないじゃないかとジョニーは心の中で、『オーマイガッ』と叫び崩れ落ちる。
 幼女はそんな気持ちなど知るわけなく、初めて好意的に
「一体どうした? 何か不思議なことをわらわは言ったか?」
 と首をかしげる。
「そうだよ! 不思議だって! だって君は雇われているんだろ! 仕事はやめたらいけないよ、うん! 
ボクは一人でどうにかするからさ!!」
「もうここでの義理は十分に果たした。それに元々、今夜でこの警護の任を終える気でいたのだ、何の問題はなかろう」
「で、でも……だね……」
「死にたいか?」
 再び放たれた殺気にジョニーの体が震える。
「お主では魔王には勝てぬまい。わらわに勝てぬ時点でな……。それにわらわもお主と同じ目的を持っている」
「同じ……? つまり、魔王を倒すってことかい……」
「その通り。強大な敵を倒すのであれば少しでも人数は多いほうがいいと思うのだが。それはお主にとって悪い話ではないはずだ。わらわがいることで自主的に稽古をし、今よりも遥かに強くなるであろう。稽古はわらわがきちんと面倒をみよう」
 幼女の目は本気であり、ジョニーの頭はフル回転で答えを導き出す。
 断るという答えは一番最初に消去され、どう幼女を受け入れるべきかになっている。
 一番に喜ばれ、そして命を繋ぎとめる最善の答えを。
「……。そうだね、いいよOKだ」
「うむ、決まりだ。では行くぞ……いやそういえばお主、名は何だ?」
 幼女は振り返る。名など知る機会はないと思っていたが、思わぬ展開で名を知ることとなった。
「ボク? ボクはジョニーさ。で、君は?」
「――ケイだ。宜しく頼むぞジョニー」
「あーうん。よろしく……」
 ジョニーはやや躊躇いながら答えた。ケイに不安を抱きながら……。
 そして自分の女への道が一気に遠くなったと悲しくなった。


 二人は……いや人間と魔王は出会った。
 そしてジョニーは事の流れ……嘘によって魔王を倒す旅を始めてしまう。
 ケイという幼女の姿をした魔王と共に。
 ケイの思惑は、この人間をおとりとして利用することだった。魔物は何よりも人間を殺すことを好む。
 それはケイも同様であり、使えないようであれば殺そうと思っていた。
 しかし
『ないって。もう決めた、ボクは魔王を倒す! これでどうだい?』
 この言葉に心が動かされた。
 この人間はあろうことか自分達を倒そうとしている。目の前に立っていると知らずに、魔王を倒す、挙句の果てには神やドラゴンまでをも倒すなどと言い始めた。
――面白い。
 ケイはそう思った。
 だから利用をしてやろうと。この人間を上手く使えば、忌々しい魔物達を一掃できるであろう。
 そしてジョニーがいつか自分達に本気で刃向う時を楽しみとしている。
――弱い者苛めはいささか飽きたからな。少しは手ごたえのある敵となるがいい。
 この手を紅く染める時を楽しみにしながら……だからケイはジョニーと共に行くことを決めた。


「そういえば一つ言い忘れた事があるぞ、ジョニー。今、この世界に魔王は存在しない」
「へぇ〜ってうぞぉ!? そ、そんな……魔王がいないってボクのあの台詞は一体何なんだい!!」
 ケイとの初めての野宿で、彼女はぼそりと言ったことは魔王がこの世にいないということであった。
「落ち着け、まだ話は終っていない。……思ったがお主はあまり世情を知らぬようだな」
「悪い? ボクは山奥の田舎育ちでね、世情には疎いのさ」
 子供のようにぷいっとそっぽを向く。
「そう拗ねるでない……何もわらわはお主を馬鹿にしているのではない。では最初から話を始めるとするか?まず魔王の存在自体は確かに存在している」
「それはボクだって知ってるよ。どの歴史書にも書いてあるんだしね、正直魔王って言ってもボクにはよくわかんないけどね。だってボクみたいな人間に言わせてもらうと魔王や神なんて空想世界の人物に近いくらいだし」
「そうかもしれぬな。魔王や神がそう人間の前に出ることは恐らくなかろう。……話がそれたな、……魔王が存在しないとわらわは言ったな? だが今のこの世界は確かに魔王と呼ばれる者が存在している。それは魔王の名を無断で語る魔物の存在だ」
「魔物が勝手に魔王の名前を語ってるって? よくもまぁ大それたことをするもんだね、とは言っても魔王ならはったりがきくだろうし……いいネームバリューだもんね」
「ねーむばりゅー?」
 ケイは意味が理解できないのか、ネームバリューという言葉を呟く。
「えっと……ようは有名人の名前使えば世界にも影響がでるぞーって事だよ。だって見ず知らずの名前語るより、有名人の名前を語ったほうが得じゃないか」
 いつかボクもそんな有名人に……とひっそり言葉を繋げる。
「……と、とにかく今この世界では複数の《魔王》が存在するんだね? その偽者の魔王ってやつが。でもさ本物の魔王は今どうしてるのさ? 魔王ってつまり王様みたいなもんで、魔物って兵士みたいなもんでしょ? 兵士が勝手に王様の名前使うし、挙句の果てにはプラプラ遊んでる? って王様からしたらかなり腹立つだろうね」
「それはわらわも同じ意見だ。もしかして魔王は何かがあって行動できないのか、どうなのか……」
「なら魔王倒しもできないよねっ★」
「……何を喜んでおる?」
「ちが! そんなことない!!」
 思わず本音がぽろりと出てしまい、慌てて否定する。もし肯定としてとられたら自分の首と胴体が別れを告げていたかもしれないからだ。
「そこでだ。ひとまず我らの目的はその魔王の名を語る者の討伐だと思う」
「何だって! どうして? だって魔王じゃないんだよ?ただの魔物じゃないか」
「理由もなく言ったりはしない。理由だがまず、敵を倒すということはお主が強くなるためには一番良い手だ。そしてこれは仮定ではあるが、魔王直々に動けぬとしてもこの謀反をほっておくことはしないはずであろう。なら魔王側からも偽者達に向けて刺客か何かを送るのではないかと思うのだ。……それを我らは利用する」
「偽者達を餌にするってことだね。海老で鯛を釣るとは言うけど随分大きな釣りだ……」
「悪くはなかろう? では明日から我らは偽者を潰しにかかるぞ」
 結局はこうなるのかとジョニーは肩を落とし、そうですねと答えた。
「ならもう休むぞ。明日は早い」
「うん、わか……ちょっと待って。ねぇ、どうしてケイは魔王を倒したいわけ?」
「何故?そうだな……」
 ケイの脳裏に美しい女の姿が映る。唯一、決着のつかなかった相手である。
 願わくば
「怨んでいるからだ」
 その女を今度こそ殺してやりたい。そう思ったからだ。

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