昨夜のおぞましい事故から一夜明け、ジョニーは改めて自分の気を溜めようとしていた。
「全くもって有り得ないわ……恐ろしい」
 シャロンから困ったような瞳を向けられたとき、無性に空しくそっと袖を濡らしたことは忘却の彼方だ。
「いいえ、駄目よ、ジョニー。アタイには野望が……その為の困難だと思えばあんなこと……あぁっぁぁぁっ!」
 やっぱ無理! と、思わずしゃがみこみそのまま崩れ落ちたかったが、場所柄としてそれはそぐわない。
 今、彼らがいるのはショッピングモールの中心地で、公の場で崩れこんだりしたらそれこそ変人としか見られない。自分を見られるのは好きだが、変という意味で見られることを特別嫌うジョニーは、自分の精神が折れぬように自然に振舞うことで何とかいられた。
「なにブツブツ言ってるのさ」
「放っておいて頂戴。今、アタイは精神集中……をぉっ!」
 突然、叫び声をあげたジョニーに疲れきっていたロアやバース達は驚いた目でジョニーを見る。ロアも昨夜の事件から完全に立ち直っていないのか、どこか目が疲れている。
「な、なにいきなり」
「今、大変なことに気付いたのさ」
 視線の先には女の子の姿。女の子達はある店に用があり、その店だけやけに賑わっている。
 賑わっているという可愛らしい言い方ではない、もはや女達の激戦区という感じだ。
「何だか凄い人だかりですね……そんなに有名なところなのでしょうか」
「あまっーい! 甘いわ、シャロン。女の子なら流行を知るのもまたマナー! あれは最近人気が出てきた有名ブランド……そしてアタイが目をつけたところなのよ!」
「……オレ、何だか嫌な予感がしてきたんだけど」
「あそこにアタイの美が……。今こそ昨日の過ちを払拭するチャンス……!」
 やっぱりという顔でバースが呆れ、ロアはもう好きにしてくれという顔だ。二人にはこれからジョニーが何をするかが完全に読めており、それと同時に今の彼を止めることは不可能だと知っていた。
「ジョニー……さん?」
「今こそ、出陣! そこの小娘達、どきなさい!」
「えっ、ちょっと……あの……」
 暴走するジョニーは決して止めるな、そう二人の顔が物語る。
 ジョニーは女の激戦区に出陣し、
「じゃあ自由時間ってことでいいよね」
「あの、放っておいてもよろしいのでしょうか」
「問題ないよ、あれもいつものことだから。それに特別急いでいるわけでもないからね」
 この旅は特別、何かに追われているということではない。ジョニーが女になるために勾玉を探し出す旅である。
「ついでだからオレ達も少し買い物してきてもいい?」
「なら荷物は持とうか」
 手を差し出すロアの手を小さく叩き、
「だーめ。女の子の買い物に男が口出さないでよ」
 シャロンの肩を掴み、くるりときびすを返す。
「女の子……だけですか?」
「そう、折角なんだから一緒に行こう。ジョニーも勝手なことしてるみたいだし、とりあえずまたここに戻ってくるからさ」
「気をつけるんだよ、迷子にならないように」
「子供扱いするな! ほら、行こうシャロン」
「あ、はいっ。では行ってきます」
 バースがシャロンの手を引き、この場にはロアだけが取り残される。元より個性の強いメンバーだったことは十分理解できている、だからこそ突然自由行動になることは慣れでもあった。
 どちらにせよ暫く戻ってくる様子はなく、自分も好きに店を見て回っても問題はなさそうである。
 一歩を踏み出し、ロアは立ち止まる。
 辺りを見渡すが、特別変わったものは見受けられない。しかし妙な視線を感じたのだ。
 刺すような視線。
「……土地柄か」
 まだ慣れぬ土地で過敏になっていたのかもしれないとロアは結論付けるが、それでも彼の中にある不安は拭えなかった。
 それから時間を潰そうという気になれず、近くで珈琲を買うと適当に腰掛け、ジョニーが出てくるのを待っていた。味はあまりいいとは言えなかったが、彼の中にある不安を少しでも和らげるには丁度よかった。
 何に対して不安を覚えたのはロアには理解できない。ふと最近、問いをかけてもそれに値する答えが出てこないことが増えてきていることに気付く。今までは知らぬことは調べれば出てくるものばかりで、ここまで自分を悩ませることは滅多になかった。
 だがそれが最近にかけて何かと増えてきている。
 日々、感覚は鈍らせぬように努力してきたロアではあったが、それでも彼の中にある何かは拭えない。
 非常に穏やかな時を過ごしていると思っていても、何かが歪んでいる――なんともいえない感覚だけが残る。
 再び不味い珈琲を飲み、ロアが眉をひそめる。
 珈琲の香りに混ざる、きつい香水の香り。
「男一人で珈琲ねぇ……どうせ気付いてないだろうけど、凄い注目浴びてるわよ?」
 視線を上げると、大量の袋を持つジョニーが立っておりロアはジョニーに言われ、初めて周りを見る。
 すると複数の――女性の視線を感じた。
「この色男が。可愛い彼女がいるっていうのに」
「ただ珈琲を飲んでいただけなんだが」
「その自然さに腹がたつのよ。足なんか組んじゃってさ」
「……気がつかなかったよ」
 いつの間に足を組んでいたのだろう。極力、足を組まぬようにと心がけていたはずだ。
「でもロアも足とか組むんだね」
 組んでいた足を戻し、
「それよりこの匂いはなんだい。随分きついと思うんだが」
「あらそうかしら? アタイは結構好きな匂いだけど」
 自分の思うように事が進んだのか、彼の瞳はキラキラと輝いている。
「やっぱり女の楽しみは美を磨くことよね……エステも必要だけど、洋服という着飾るものも十分必要」
「しかしこれは買いすぎだと」
「駄目ね、女の子はいつでも可愛くまたは美人でいたいわけ! 常に自分を磨いてこそよ」
 基本的に二人の感覚が違うせいなのか、ロアにはジョニーの主張が理解できない。
「ところで二人の姿が見えないようだけど……」
「何か買いたいものがあるらしいよ、男は駄目だとはっきり言われてしまってね」
「……ふぅん。下着ね」
 ジョニーの一言にロアの眉が再び小さく動く。
「もう今のアタイは女の勘がフル稼働なんだからね……女の子の買い物はコレに限るわね。でもバースの勝負下着か……」
「そう勝手に決め付けても」
「何言ってるのよ、勝負よ! 勝負! ここぞっていう時の勝負下着、全くもって悔しいけどバースの勝負下着が見れるなんて羨ましいわね」
「別に違うものを買っている可能性もあると思うが」
「なら賭けてみる? アタイの勘に狂いは無いわよ」
「そんな賭けは必要ないと思うが」
「でもどっちにせよ、このまま待つのも飽きるわね」
 隣にジョニーが腰掛ける。
「だがここで待ち合わせだから、今動いたら会えなくなるだろう」
「ロアは何か買わないの? 折角のチャンスなのよ」
「私は別にいいよ、特別欲しいものもないしね」
 欲しいものがないというのも本当だが、一番の理由は買い物をする気になれないというのが本音であった。
「仕事のことばっかり考えてると疲れるよ?」
「別に仕事のことだけではないさ」
「そう? ならいいけど」


 その後、二人は他愛の無い話をしていたが、それでも二人は戻ってこなかった。
「ちょっと遅いわね。かなり盛り上がったのかしら」
「それでも遅い。心配だからちょっと見てくるよ」
「ならボクも行く。二人でやったほうが早いだろうし」
 二人は左右反対に歩き出す。
 ロアはこの時、再び嫌な予感がしていた。ジョニーの言う通り、ただの熱中だけならいい。しかしロアには何故かそうは思えなかった。
 心配しすぎだと自分で思うほど、心配しているというのはわかっていた。
「……やはり拭えない」
 刺すような視線もそうだ。
「路地か……」
 暗い路地。
 そこに二人がいるとは思えなかったが、ロアは呼ばれるように路地に足を踏み入れる。
 女の子がいるにはそぐわず、ロアがいることすらそぐわないような場所である。路地にはロアの足音が響き渡り、周りの家に灯りはついていない。
 ロアの歩調が歩くから、駆けるに変わる。
 それは僅かに感じた殺気。戦いにおける彼の感覚は鈍ってはいなかった。
 どこにその殺気を発しているのか、十分わかる。
 これはバースの殺気だ。
 一本道から右へ曲がり、もう一度右に曲がったとき、そこで何があったのか全てを把握することはできなかったが、少なからずともバース達に危機が迫っていることだけは判断できた。
「ロアさんっ!」
「……ロア、来てくれたんだ」
 バースはシャロンを庇いながらだったのか、頬にうっすらと血が滲んでいる。
「面倒なやつがきたか……折角、お楽しみだっていうのに」
 袋小路になっており、壁際にはシャロンとバースが追い込まれていた。二人とロアを遮るのは一人の男で、服装からこの大陸の人間には間違いがないように思える。
「悪いがここから消えてくれよ、ちょっとこの二人に用があるから」
「この二人に何をする気だ」
「別に大したことじゃない。ちょっとばかり、肥えた豚共の御奉仕に行くだけさ」
「人買いか……それで黙って見ていろというのか」
「はっ……! ここにいたんだ……」
 ジョニーもロアを追って、袋小路にたどり着く。
「……どんどん増えてきやがって。折角の上玉なんだ、このビジネスを見過ごすわけにはいかねぇな」
「ちょっと! いきなりでよくわかんないけど、その二人に何かしたらボクも許さないからね!」
「別に誰かの許しなんかいるわけないだろ。俺は俺が思うことをする……それに一度、薬を使えばどうせ嫌でも黙る。今まで通り、薬一発で肥えた豚共の前で淫乱な生き物になるに決まって……」

「興味がない」
 剣を抜いたのか、魔法を使ったのか、それはわからなかった。しかし、男が崩れたと同じく汚水に混じる鉄の香りで、ロアが何をしたのか――。
「この子達の前で、そんな言葉を使うのはやめてもらうか。正直……虫唾が走る」
 瞳を閉じ、静かに言い切った瞬間、ロアの体は再び動き、倒れた男を掴み盾にするように身構えた。
 硝煙の香りがたちこめ、掴んだ男を放り投げると男が手にしていただろう思われる銃を手に取り、数発、狙われた方向へと撃つ。咄嗟に使った武器はロアの手には馴染めず、手ごたえを感じることは出来なかった。
「……やはり経験の差というものか」
 ロアの瞳には既に一人の男が映っている。サングラスでどのような表情を浮かべているかまでは察することは出来ないが、彼の雰囲気からしてあまりいい心持ちではないらしい。

「別に用があったのはアンタじゃない……だが人を盾にするとは顔に似合わず随分やるじゃないか」
「生きていくうえでの、咄嗟の判断だよ。それにそうでもしないと今頃、撃たれていたからね」
 ロアも男も、互いに今どうするべきかわかっていた。すっかり冷えた空気の中、ロアは再び戦いの感覚が研ぎ澄まされていくことを肌で感じていた。


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