『無い。』
服が無い。
これが彼の第一声である。
ことの始まりはある天気のいいサイバトロン基地でのこと。
長い長い梅雨が終わり、やっと夏がやってきたのだ。今まで干したくても干せない洗濯物が山のように溜り、男だらけのサイバトロン基地は洗えない洗濯物の汗くさい匂いが充満していた。
ここまで汗臭さのきつさに消臭剤を辺りにふきつけ、何とか凌いできたが、
それがついにやっと
洗える!
どれだけ嬉しかっただろうか。あの匂いから開放され、ベッドは太陽の光をいっぱいあびたシーツと
枕でぐっすり眠れる。
基地の母さんと化したラチェットは張り切った。
溜った洗濯物を手製の洗濯機につっこんですぐに洗った。仲間達の服をすべて洗った。外には皆の服
がカーテンのようにヒラヒラと揺れ、ラチェットは大満足した。
そしてとある場で彼は気づいた。
自分の服が無いことに・・・・・
この決定的ミスを犯したのはサイバトロン歴一週間の新参者スタースクリーム。
理由は簡単だ。
着の身着のままでサイバトロン基地にやってきたせいである。あの時は呑気に洋服を持ちながら逃げることなど勿論、不可能であった。仮に出来たとしても命からがら逃げてきたというより、家出が見つかって友達の家に逃げ込んだ青年にしか見えない。
それは情けない。戦士だというのに家出人扱いではあまりにもむごい。
服が一着のままよくここまで生き抜いたものだとスタースクリームは自分自身を褒めた。
夜にこまめに洗い、朝になったら布用の消臭剤をかけ清潔感を出し続けた結果だ。ここまでこまめな性格であるとは第三者は知らないだろう。まさかこんな一人でこまめに洋服を洗っていたと誰が話せようか。無理だ。彼のプライドがそれを許さない。
しかしそんな彼にも、遂に問題がきてしまった。
もう一度言おう、服がない。
彼は本気で焦った。
今はシーツを体に巻きつけることで何とか羞恥心を感じずにはすむが、この姿では部屋から一歩も
出ることができない。
もしこんな姿で出たら変な誤解をうけることに違いない。そして、こんな姿を女の子であるアレクサにでも見られたらどうなるだろう。
嫌われる。真夏の変態男だけは意地でも避けたかった。
では服を貸して貰えるよう頼むか?
一体誰に? 自分の体型の似た男がここにいただろうか? 身長ならいるが、服のサイズは違うだろう。ウエストが緩く、ズボンの丈が短い。
そう思った。なんと嫌な男だ。
「……まずい、いい加減まずいぞ」
部屋にこもり続けるというのにも限度がある。何とかして打開策を見つけなければならなかった。
「今、ここにあるもの……通信機か」
この通信機はデストロンにいたときにメガトロンから支給されたものだ。非常に高度らしく、どこにいても楽々繋がるという優れものらしい。
この通信機で連絡を取り、自室にある服を送って欲しいといえることは可能だろう。
しかし、自分は裏切った身であり敵である。その敵が服がないので送ってくれとは言えない。
というか通信をしたらすぐにきられそうだ。
「やはり誰かに買ってきて貰うか……」
それが妥当案であろうと彼は決断を下した。
その時
通信機から愉快な音が流れる。この音は勿論、メガトロンの趣味だ。何故か、メガトロンはこの曲をいたく気に入り、彼の通信が入ると必ずこの愉快な音なのだ。
「……何故?」
絶対にかかってくるとは思えないような相手からかかってきた。スタースクリームは恐る恐るボタン
を押す。
「はい、もしもし」
「虐められてないか?」
「……はっ?」
いきなり虐められてないかと聞かれるとはまったく予想しなかった。そのおかげでかなり間抜けな声をだすことになる。
「便所おにぎりとか食わされてないだろうな?」
でも電話の相手は至極当たり前のように聞いてくる。
「水かけられたり寒空のなかほおりだされたり」
今は夏です。と言ってやりたかった。それに水はかけられてはいないが服はない。惜しい。
そして、彼は心の中で一つの答えを導き出す。
何かドラマでも見たなと……。
メガトロンはやたらとドラマに影響されやすい性質のようで一度、刑事ドラマにはまったときは犯人役として何故かカツ丼を食わされた思い出がある。
この状況に陥るとまともな判断はできないとすでに心得ていたので真面目な話はしないほうがいいと
決める。
「あ、虐めにはあっていませんが服がなくて着るものがないのです。」
そう言った途端、通信機はプツっと切れた。流石に調子ついてそんなことを言うのではなかったと後悔する。だが、その数分後。
「みかん……箱?」
どうやって転送されたかは謎だがみかん箱がどんと部屋の中央にあった。
ずばり愛媛みかんだ。
どこにこんな箱が存在していたのか謎であったが、それよりもその箱の中身が気になった。
中を覗くとそこにはごちゃごちゃと服が入っていた。お世辞にも綺麗に畳み込んだとは言えない服の山で、慌てて服をいれたという印象のほうが強かった。
しかも本当に量が多い。自分の自室は今頃、台風が通ったあとのように荒れているだろう。
「まるで仕送りのようだな」
都会に上京して心寂しくなってきたときにふと実家から送られてきた食料のようなものか。
この箱には律儀にも手紙が入っており、父親さながらといった感じだ。
「手紙のようだな、文面は……
お元気にしているか? こっちは月だから毎日見る風景が単調で実に面白みがない。地球というのは風景がよく変わるようではないか。どうせなら地球に基地でも作ればよかったと今更ながらに後悔している。正直、向こうで苛めにあっていないかと心配したが何事もないようで安心した。もし苛めにあっているなら素直に言え。すぐに攻撃を仕掛けてやろう。それではまた戦場で会える日を楽しみにしている。……って何か違う気がするんだが……」
確か敵になった筈だがこれでは本当に上京した息子を心配する父親ではないか。相当、家族ドラマに影響されたのか字には一点の曇りもなくきちんと書き込まれている。
「……一応、返事は返したほうが礼儀か?」
彼も悪影響を受けているのは言うまでもなかった。
後書き
これが出来たのがほぼ一年前でそれを加筆修正しながら書いていったのですが、どうやら相当ノリで
書いたようで…。私の中でメガトロンは親バカらしい。(爆)
親ばかメガトロン、息子スタースクリームみたいな感じはとても好きですよ私。でもサンドストームなんか本当に手のかかる駄目息子っぽいなぁ…。
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